2020.09.18 Friday
横浜駅に隣接するアソビルで開催されているバンクシーの全貌を示す展覧会は「バンクシー展 天才か反逆者か」というタイトルがつけられています。路上に描かれたバンクシー作品はすぐ消されてしまうだけに、世界中のコレクターから作品を収集しなければ成り立たなかった展覧会ではないかと思います。一口で言えばバンクシーの世界は、ストリート・ギャングから派生したならず者のアートと言っても過言ではありません。現代の抱える矛盾や問題を挑発的に発信するアートは、常に物議を醸し出し、バンクシー自身も謎に包まれているアーティストという存在を示しています。展覧会に出品された作品はじっくり鑑賞するものではなく、瞬時にプロテストを理解するもので、そうしたあらゆる場面での主張がバンクシーの世界の醍醐味と言えるでしょう。図録から引用します。「メッセージを発信するなかで、彼はサルやネズミ、警官、イギリス王族の人々といったキャラクターを繰り返し使用し、ステンシル(孔版画)の技法を用いてこれらを描いていく。そもそもこの方法を使うようになったのは、すばやく制作でき、警察に見つからないようにとの理由からであった。」という解説がある通り、バンクシーは風刺の効いた一撃をアートを媒体にして行っていました。バンクシーの言葉が図録にありました。「私にとって、グラフィティとは驚きだ。これに対して、ほかのアートは間違いなくどれも一歩遅れている。グラフィティの世界以外でアート活動しているとしたら、それは低いレベルでやっているということだ。ほかのアートは得るべきものが少ないし、意味も力もあまりない。」反抗的な動きをするアーティストは、一昔前から比べれば少なくなっているように思いますが、そんななかで活躍するバンクシーは評価に値すると私は考えています。アートは社会矛盾への発信という役割が確かにありますが、敢えて言えばそれだけではありません。即興的なグラフィック・アートばかりをバンクシーは言葉に取り上げていますが、そこは議論のあるところでしょう。いずれにしても世界的に話題性のあるアーティストがどんな世界観を持っているのか、一見する必要があると思います。
2020.09.17 Thursday
東京港区虎ノ門にある大倉集古館へこの歳になって初めて足を踏み入れました。若い頃から美術館巡りをしているにも関わらず、大倉集古館には行かなかったのが不思議なくらいです。調べてみると大倉集古館は日本で最初の私立美術館で、その独特な東洋的外観は建築家伊東忠太によるものです。内装は空想上の動物たちのレリーフのついた柱などがあって不思議な雰囲気があります。今回の展覧会は1930年にイタリアのローマで開催された日本美術展に出品された日本画の秀作を集めたもので、見応えとしては充分ありました。目を留めた作品としては竹内栖鳳の「蹴合」があります。二羽の軍鶏が戦う闘鶏の一場面を描いたものですが、体毛が逆立ち、目で相手を威嚇している様子は迫力満点でした。「これらの羽毛は、筆の穂にたっぷりと水分を含ませ、その穂先に絵具を吸わせて、筆をねかせて引くと、色彩のグラデーションが生まれる。これは円山・四条派の伝統的な〈付け立て〉と呼ばれる技法だ。」と解説がありました。次に印象に残ったのは河合玉堂の「高嶺の雲」です。一緒に行った家内が、屏風に広がった山脈の遠近感に感動していました。「何と壮大な空間であろうか。左隻に主峰ひとつ描かず、雲海のみで画面をもたせている。それはひとえに、右隻の主峰が力強く峻厳に描かれているからである。」解説の通りで、離れて本作を見ると空間の解釈の凄さがよく分かります。その他並んだ作品はどれも緻密で、表現に深さを感じさせるものばかりで、イタリアで日本画をアピールすることに文化国家の命運をかけていたのではないかと思いました。最後にこの巨匠を取り上げないわけにはいきません。その人は日本美術展代表を務めた横山大観で、当時の写真にはローマ展会場で羽織袴を身に着けて挨拶をしている大観の様子がモノクロ写真に写されていました。横山大観は「夜桜」という大作を出品していました。「大観は日本画の良さをイタリア人に示すため、琳派の要素を強く押し出そうとしたのだろう。~略~制作にあたり、大観は上野公園の桜を写生し、何度かの大幅な書き直しを経て一気呵成に本作を仕上げたという。」確かに「夜桜」を見ると派手な表現が目につき、いかにも外国人好みに合いそうな作風になっています。それでも高水準を保っているところは、さすが大観だなぁと思いました。
2020.09.16 Wednesday
東京新橋にあるパナソニック汐留美術館で開催されている「和巧絶佳」展に行ってきました。「和巧絶佳」とは何か、図録から引用すると「日本の伝統文化の価値を問い直す『和』の美、手わざの極致に挑む『巧』の美、素材の美の可能性を探る『絶佳』を組み合わせた言葉」だそうです。若い世代の12人の工芸家が出品している「和巧絶佳」展は見応えがあって、その精緻な技に思わず惹き込まれました。まず工芸とはどんな分野なのか、これも図録より引用します。「工芸とは、西洋的な意味での美術という領域から除外され、その周縁に位置づけられた種々雑多な造形表現が寄せ集められて形成された、いわば”寄り合い所帯”のようなジャンルということになる。~略~工業生産の規格化と量産化が進み、素材そのものの存在感が希薄な均質化された工業製品に囲まれた環境に慣れきってしまった現代の私たちにとって、手仕事の跡や素材感をそのまま表面にとどめた工芸の存在感は比類ないものといえる。~略~脱工業化社会のなかで手仕事に取り組む工芸家は、物質の表現者として人間の物質への欲望を喚起すると同時に、その代弁者として人間の物質への欲望を問いただすという背反する二つの役割を同時に担うようになったのであり、工芸には、人間の物質への欲望が両義的に映し出されているということができるだろう。」(木田拓也著)工芸は用途のある器を作るという概念が私にはありましたが、工業化時代から脱工業化時代を経て、人には手間暇をかけた手仕事への渇望があり、作品を手元に置いて美を享受したい欲求が、優れた工芸を生み出していることを理解しました。本展でも12人が12人ともその道で追求してきた成果が表れて、どれをとっても信じ難い表現と技巧が印象に残りました。私の好みで言えば、池田晃将氏の螺鈿を駆使した漆作品に度肝を抜かれました。小さいながら建築的な要素もあり、時間を忘れて見入ってしまうほどでした。もうひとつは鉄を使用した坂井直樹氏の作品で、錆と侘が幾何的な構成の中で凛とした佇まいを示していて、白壁に映えて美しいと感じました。まだまだ他の作品を取り上げればキリがなくなるのですが、「和巧絶佳」展ほど実物を見ることに価値がある展覧会はないと言えます。デジタルでは伝えられないものがそこにありました。
2020.09.15 Tuesday
今日は用事があって職場から年休をいただきました。用事はすぐ終わってしまい、残りの時間を横浜や東京の美術館巡りに充てました。ウィークディに展覧会を見に行く機会がなかなかなかったので、今日はラッキーな一日でした。休日であると混雑が予想される話題の展覧会に行くのは今日をおいて他にないと考え、地元横浜で開催している「バンクシー展」に足を運びました。今日は家内が付き合ってくれました。美術館巡りは突如決めたことだったので、「バンクシー展」のネット予約を入場前に行い、昼の時間帯のチケットを取得して会場に飛び込みました。ウォールペインティングから画業を始めたバンクシーは、その主題が社会的な意味を持つが故に世界各地で話題になり、私も一度その世界を見てみたいと思っていたのでした。バンクシーが多面的な表現手段を持っていることに私は驚き、ストリートだけではない魅力に圧倒されました。しかも横浜駅に隣接したアソビルという複合施設での会場作りにも興味が湧きました。「バンクシー展」にはウィークディにも関わらず、多くの人が訪れていました。詳しい感想は後日に回します。アソビル内の飲食店が集まった横丁で昼食を済ませ、東京の渋谷に向かいました。ホテルオークラの別棟にある大倉集古館で開催している「近代日本画の華」はテレビで知りました。1930年にローマで開催された日本美術展から90年が経って、当時の作品を並べた今回の展覧会は、極めて精緻に描かれた力作ばかりで、その表現や技巧に目を見張りました。日本の文化を日本画を通して世界に知らしめる目的があったようで、横山大観が団長を務めていたようでした。この展覧会の詳しい感想も後日にします。その後、時間を見計らいながら新橋に向かいました。汐留にあるパナソニック汐留美術館は過去幾度となく訪れた美術館で、ここでは「和巧絶佳」と称された超絶技巧による工芸展が開催されていました。しかも出品している工芸家が皆若い世代で、今後の日本の工芸界を支えていく有能な人材と認識しました。ここには夏に横浜そごうで個展をやっていた金魚絵師も出品していて、馴染みのある作品がありました。この展覧会の詳しい感想も後日にします。今日は午後から巡り始めた展覧会でしたが、バンクシーから始まり、近代日本画の代表格ばかりが揃った展覧会や、超絶技巧による工芸展を見続けてきて、家内も私も些か疲れました。家内が一日で回る展覧会は2つまでにしたいと言っていました。職場から年休をいただいたことで、つい欲張ってしまった一日でしたが、私には充実した時間でした。
2020.09.14 Monday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第44章「石壁サークル」と第45章「《自然のゆくてをさえぎる》」のまとめを行います。イサム・ノグチが残した代表的な石彫作品がどんな場所で作られたのか、四国を訪れた私が憧れを抱いた石壁サークルが登場してきました。「1969年以降、ノグチは四国に家とアトリエをつくり、一年の半分、通常は秋と春に三か月ずつをそこで過ごした。ノグチは石垣で囲んだ作業場、石壁サークルを建設。輪のなかにはしだいにノグチの彫刻が並びはじめた。そのひとつひとつが静かだが、それでもなお神秘的なエネルギーを放つ。ノグチは自分の最良の作品を手放そうとしなかったので、石壁サークルは仕事場だけでなく一種の野外美術館のようにもなった。~略~ノグチは牟礼の建物群をひとつの美術作品として形づくった。それはノグチがいつも探してきた天国ー目で見て手で触れるもののほとんどが自分自身の選択である場所ーだった。~略~何年もかけて、ノグチは牟礼にギリシャ寺院のたくましい簡素さと完璧なプロポーションを備える二棟の古い倉を加えた。」これは移築による建造物で、現在も室内工房と展示用のギャラリーになって残されています。次章では今もここに展示されている巨大な「エナジーヴォイド」が登場してきます。「石に鑿を打ちこむことで年齢に逆らい、個人的疎外感を回避できた。そのプロセスによって大地とのつながりを感じることができた。ノグチにとっては大地とのつながりが、おそらく人間との絆よりも重要であった。~略~『空』の彫刻は穏やかな一方で、非実存への扉のように見える。おそらく『無』の概念がノグチに明晰と平穏の可能性を提供したのだろう。門に似た彫刻はまた鳥居ー神道の神殿に導く門ーも連想させる。ノグチの門をくぐることは、より霊的な世界の戸口における浄めのフォルムかもしれない。事実、牟礼のノグチ美術館にある高さ12フィートの《エナジー・ヴォイド》は《天国の門》としても知られている。」この大作は嘗て東京都現代美術館で開催された大がかりな「イサム・ノグチ展」にやってきました。牟礼のイサム・ノグチ庭園美術館以外で、この作品を見たのは私は初めてだったと記憶しています。