2020.08.29 Saturday
やっと週末になりました。8月最後の週末は相変わらず気温が高く、工房にずっと篭るのは辛いかなぁと思いました。そこで朝7時に工房に行き、明日の陶彫成形のためにタタラを数枚用意し、2時間程度で工房を後にしました。タタラは陶土を掌で叩いて座布団大の大きさまで伸ばすのです。それをビニールで覆って明日に備えるのですが、一日置くとちょうどいい硬さになります。2時間のタタラつくりはほとんど肉体労働で、忽ち汗が噴き出てきました。今日の作業はここまでにして、午前10時頃に家内と車で自宅を出ました。まず向かったのは東神奈川の邦楽器店で、家内の楽器を修理に出すのに付き合ったのでした。その後は東名高速から圏央道を走り、茅ヶ崎に向かいました。途中で昼食を済ませ、茅ヶ崎海岸の近くにある茅ヶ崎市美術館に到着しました。この美術館で開催中の「國領經郎展」は、砂浜や砂丘を描いた画家の代表作品を網羅している情報を知って、ぜひ見に行こうと決めていました。本来なら既に終わっている企画展でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響で会期が延長されていたのが幸いでした。画家國領經郎の世界は私も知っていましたが、まとまった作品を見たことがなかったので、今回は改めてじっくり作品を拝見させていただきました。これは生誕100年記念となる回顧展で、國領經郎は既に他界されている作家ですが、横浜に生まれた人でもあり、横浜美術館に所蔵作品があって、私にも馴染みはありました。詳しい感想は後日にしたいと思っていますが、明日で展覧会が閉じてしまうので、感想を述べるのは展覧会閉幕後になることをお許し願えればと思います。美術館で鑑賞した後、車でササンビーチがある海岸を望みながらドライブを楽しみました。今夏、海を見るのは初めてでした。現在も遊泳は禁止されていますが、多くの人が海岸にいました。ほんのちょっぴり夏気分を味わって帰宅しました。
2020.08.28 Friday
昨日に引き続き「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)の小節のまとめを行います。本書の本論は初めに第一篇「客観的な形式論理学の諸構造と範囲」があり、その中の第1章として「命題論的分析論としての形式論理学」が掲げられています。そのうちの第16~17節について、何とか読み砕いていますが、毎回のこととは言え、難解な文章とその意味合いに立ち往生してしまい、これをどうまとめてよいやら分からず、今回も気になった箇所の引用で済ませます。命題論に関する諸区別について、区別に該当する明証の違いを考察していて、一つの判断が各主観ごとに異なる仕方で与えられていても、同じ判断として明証的な所与であることが述べられていました。「混乱した思念が《判明になる》ことで初めて《実際に判断され》、そして先ほどはただたんに予想されていたにすぎないあの判断が実際に、しかもそれ自身が与えられているのだ、と言う。~略~意味の側面では、表示される諸形象すなわち諸判断自身が、表示する諸志向が継続して充実される《明証》の中で、したがってそれと同時に根源的な能動性の中で形成される本来の諸判断として成立することもあり、もしくは受動的な読書の場合のように、判断が空虚に表示されることもありうる。」次に判明性と明確性について述べられていました。「ここでは二種類の明証性が区別され、その一つは判断自身がまさに判断として与えられる場合の明証性であり、この場合の判断は判明な判断であり、実際に正確に判断して得られる判断だとされる。二番目は、判断者が自分自身の判断を《通して》希求する事項そのものが与えられる場合の明証性であり、このような判断者こそー論理学がつねに想定しているー認識の希求者である。」次の章では論理学そのものを論じている箇所があったので、引用いたします。「そもそも論理学全体がアプリオリ(先天的概念)な学問であるのと同様、単純な分析論も実際の諸判断を、すなわち或るとき、或る場所で実際に下された諸判断を問題にするのではなく、アプリオリな諸可能性を、すなわち該当するすべての現実を分かりやすい意味で包摂する諸可能性を問題にするのである。」
2020.08.27 Thursday
「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)は本論に入る前に「序論」があり、さらにそれに続く「予備的な諸考察」もありました。本論として初めに第一篇「客観的な形式論理学の諸構造と範囲」があり、第一篇はAとBに分かれ、Aは第一章から第三章、Bは第四章と第五章から成り立っています。ここでは第一章「命題論的分析論としての形式論理学」の第14~15節についてまとめを行います。ここでは形式論理学の次の段階としての整合性(無矛盾性の論理学)について書かれていました。形式論理学の中で判断をどう扱うか、何度か読み返しても私にはまとめることができず、注目した箇所の引用でご勘弁願います。「判断の整合性についての類的な諸真理として、例えば適応する形式の各前提判断の中に、特定の形式の諸判断が(《分析的に》)包摂されていることについての真理として保有していることは、洞察されうる。同様に、別の推論の諸形式は分析的な反対帰結、分析的な《矛盾》の本質的諸法則の価値を有してはいるが、しかしこれらは実は《推論》の諸形式ではなく、いわば《排除》の諸形式である。~略~すなわち伝統的な形式論理学は純粋な《無矛盾性の論理学》ではないということと、この純粋性を明示して、論理学の問題設定と理論において最も重要な内的な区分がなされるべきだ、ということである。」そこで第14節の最後に「的確に理解された単純な分析論の基本的諸概念に妥当性の基本的諸概念として(規範概念として)含まれるのは分析的な整合性と矛盾だけであり、それに反して既述のとおり、真理と誤謬はその諸様相も含めてここには登場しない。」とありました。第15節では、前節を受けて次のようにまとめています。「もともと区別されるべきこの両概念が、論理学ではわざわざ形式化される本質法則的な連関によって初めて、単なる分析論が形式的な真理の論理学に転換すること」としていました。今回はここまでにします。
2020.08.26 Wednesday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第38章「ノグチと仕事をする」と第39章「浮遊する岩たち、祈りの翼」のまとめを行います。1960年代に入ると、ノグチに大きな仕事が入ってきます。「この(バイネッケ)図書館にノグチは白大理石のサンクンガーデン(半地下庭園)を提案した。植物のかわりに三体の大理石の形態ー輪、ピラミッド、頂点のひとつを支点にしてバランスをとる立方体ーを配置する。庭は世界から切り離されて知性に訴えかけるように感じられ、したがって図書館という立地にはぴったりだった。」イサムにはオーエンズという制作協力者がいて、イサムの気難しい性格にも耐えて仕事をしています。「イサムは馬のように強く、ロバのように頑固で、十歳児の活力をもつ。見つかるかぎりで最高のビジネスマンだ。ぼくが会ったなかで最良の政治屋であり、途方もなく優れた彫刻家だ」とオーエンズは称賛もしていました。次に私が大好きな作品であるチェース・マンハッタン銀行のサンクンガーデンにイサムは取り組みます。「七つの岩のいくつかは京都近くの宇治川と鴨川の川底から運ばれた。何世紀にもわたって水の流れに寝食されてできた複雑なひびのために、岩たちは中国の学者が瞑想を促すために書斎においた賢者の石のように見える。ノグチはチェースの庭園を『ぼくの龍安寺』と呼んだ。あの禅寺の庭のようにチェースの岩たちは島に見える。」さらに次のプロジェクトは、興行主であったビリー・ローズの依頼で、「エルサレムに建設中の新しい国立博物館わきに彫刻庭園をつくることについてノグチに接触してきた。」とありました。そこでノグチはこんなことを言っています。「『ほんとうにどこにも帰属せず、未来永劫途切れることなく国を追われている人としてのユダヤ人にはいつも惹かれてきた。アーティストとはそんなふうに感じるものなのだ』1965年に完成したとき、ビリー・ローズ彫刻庭園はノグチがもっとも誇りに思う成果のひとつとなった。~略~擁壁に内包される大地は『大きな翼』あるいは『大きな船の舳先のよう』になるだろうと書いている。道や通路はなく『砂利と樹木の自由なエリアだけ』。彫刻自体の配置が空間を規定する。ここでもまた、ノグチは『静謐と観照』のための場所をつくりたがった。~略~ノグチは、庭園は彫刻をおくために意図されているが、たとえその彫刻が加えられなくても意味をもち、イスラエル人だけではなくすべての人に帰属すると書いた。」
2020.08.25 Tuesday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第36章「変化したヴィジョン」と第37章「プリシラ」のまとめを行います。1958年に米国に戻ったノグチは新たな表現方法を模索しました。「アルミニウムを折り、穴を開けることでノグチは奥行き感と量感を創出した。この方法は、1940年代のスラブ彫刻、そして折り紙と多くの共通点をもつ。それはまるで、禅寺の庭で半ば地面に埋められ、重力に縛りつけられた岩とは正反対の様式の探求を、ノグチが選んだかのようだった。」また一方で大理石を彫る仕事にも取組み、「変化したヴィジョンに、ぼくはいかにすばやく適応することか。これは触覚的価値の完全に感情的な領域だった。」と自ら語っています。「アルミ彫刻で軽さを探求したことをきっかけとして、ノグチはバルサ材でも仕事をした。~略~バルサ材彫刻最大の《犠牲者》は戦争で破壊された人間の姿をあらわす。ノグチはこの作品について『悲劇は重さの緊張、絡み合う四肢によって暗示される』と書いた。」この時期ノグチは重要なパートナーと出会っていました。「歳月が経つにつれてノグチとプリシラは深い友情を育んでいった。忠誠と相互理解という意味では一種の結婚ともいえる協力関係だった。もっともどちらも実際の結婚は望まなかった。~略~大きな活力、臨機応変の才、組織能力で、プリシラはノグチにとって計り知れない助けとなった。」プリシラの支援を得て、ノグチには大きな仕事が舞い込んできます。「『テキサス彫刻』という名で知られるようになるこのプロジェクトには、ノグチが大きな手間をかけて運び出した灰緑色の花崗岩から彫られた大型の作品二点が含まれる。ノグチはこの二対を一種の門、そして『エネルギー(金はエネルギーだ)の象徴』とみなした。抽象ではあるが、人体を連想させる。二体はプリミティヴなトーテムのように銀行の煉瓦敷きの前庭を見張る。」さらにノグチの活躍は続いていきます。