2020.11.10 Tuesday
先日、東京上野にある東京国立博物館平成館で開催中の「桃山ー天下人の100年」展に行ってきました。コロナ禍の中の展覧会で、ネット予約で入場したため大変な混雑はなく、全体をゆっくり見て回れました。展示されていた作品はどれも迫力を纏っていて、その伝統に立脚した表現力に我を忘れることが暫しありました。本稿だけで感想が収まりきれるものではなく、まず手始めに桃山とはどんな時代だったのか、これを図録から拾ってみたいと思います。展覧会の作品を古い順に見ていくと、室町時代末の天文年間から江戸時代初期の寛永年間までのおよそ100年の間に制作されています。作品はどれも織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など日本史に名を残す戦国武将が群雄割拠した時代に制作されました。図録の文章を引用します。「この時代には、戦国時代の政治・経済の展開と歩調を合わせるように、中央集権的で力強くエネルギーに満ち、庶民階層まで視野に入れた世俗的で広がりのある文化が生まれた。この文化は、豪華絢爛な美術作品が爛漫と咲き誇る桃の花を連想させ、『桃山時代』と呼ばれた。~略~街には奇を好んだ無頼の『傾奇者』が溢れ、それを写した『かぶき踊り』も誕生している。美術の分野では新しい様式による作品が陸続と作り出され、この時代の様式を『桃山様式』と呼んでいる。~略~日本の中世絵画は、水墨画を中心に展開していった。その中心となったのは狩野派であり、室町時代後期に活躍した狩野元信、安土桃山時代の狩野永徳、江戸時代初期の狩野探幽は、いずれも各時代の様式を作っていった画家である。」(田沢裕賀著)この「桃山時代」は、日本文化史の中で独特な時代と呼んでもいいのでしょうか。当時流行した「傾奇者」(かぶきもの)とは奇を衒う前衛の美意識ではないかと私は思っていて、現代にも通じる要素をあらゆるところに感じています。現代こそ「傾奇者」で成り立っていると考えられるからです。さらに本展の展示に面白みを加えていたのは、狩野永徳の「唐獅子図屏風」と長谷川等伯の「松林図屏風」が隣り合わせにしたことで、表現の幅が象徴から具象、動と静、力強い筆致と濃淡で抑えた空気感を比較検討できたことでした。こればかりではなく、「洛中洛外図屏風」もいろいろなバージョンが複数展示されていて、その違いに興趣をそそられました。また別稿を起こします。
2020.11.09 Monday
今年のRECORDは色彩をテーマにしてやってきています。今年は残すところあと2ヶ月で、漸く色彩のテーマを終えることが出来ます。11月に「黄」を選んだのは、まさに工房の周囲の木々が紅葉していて、窓から見る黄色の風景が美しいと感じたことがきっかけです。自然の中で黄色をイメージするのは、紅葉の木々だったり、果物だったりしますが、芸術の世界でも黄色を作品の中心に据えた画家がいます。代表としてはフィンセント・ファン・ゴッホでしょうか。その中でも「ひまわり」は有名で、花弁にさまざまな黄色が使われています。ファン・ゴッホの秋の農村の風景を描いたものも有名で、黄色を重ねていく筆致に溢れ出す表現が見て取れます。ワシリー・カンディンスキーも黄色に注目した抽象画家で、黄色が画面の中で効果的に使われていました。彫刻家若林奮も硫黄を造形の一部に使っていて、その独自な世界が印象的です。黄色はバリエーションも豊富で、私が使用しているアクリルガッシュにもさまざまな黄色がありますが、黄色は三原色のために混色して作り出すことが出来ません。黄色のイメージとしては太陽などが明るく輝いている情景が目に浮かび、生命に対してポジティヴな印象です。私自身は今までのRECORDに黄色を使うことは滅多になく、実を言うとあまり得意な色彩ではないのですが、今月は黄色を研究してみようと思っています。黄色は隣り合う色彩によって効果が変わるようで、その配色の組み合わせも考えながら、今月のRECORDを作っていきます。
2020.11.08 Sunday
朝から工房に篭りました。週末となれば、新作の陶彫成形を1点追加するところですが、今週末は成形をやめて、今までの成形分の彫り込み加飾をやっていました。昨日は東京と横浜で開催中の展覧会を巡っていたので、タタラ等成形の準備が出来なかったこともありますが、彫り込み加飾が遅れ気味で、これを何とかしなければならないと考えていました。制作途中の陶彫部品は水を打ってビニールで覆っておきます。それでも時間が経てば陶彫部品の乾燥が進んでしまいます。彫り込み加飾も長く放置することが出来ず、陶土が柔らかいうちに作ることがベストです。彫り込み加飾は作業台に陶彫部品を置いて、鉄ベラで陶土を削って、木ベラで表面を成らしていきます。これはレリーフを作っているのですが、手の混んだ文様にしようと思えば、かなりの時間を使います。まさに工芸的な作業です。今日は一日のほとんどをこの作業に費やしました。彫り込み加飾は、陶土表面の高さの調整をしたり、膨らみや凹みを作ったりしていて、決して退屈なものではなく、むしろ時間を忘れるほど楽しい作業です。労働の蓄積が残っていくので、緻密になればそれなりの効果はあるのですが、立体全体を見渡して作っていくので、いつまでも近視眼的になっているわけにもいかず、やはり彫刻の一部という意識はあります。今日の夕方は乾燥した陶彫部品にヤスリをかけ、化粧掛けを施しました。工房を出る前に窯に3点の作品を入れました。新作の窯入れはこれで3回目になります。今日は新しい成形をやらなかったことが気がかりですが、今月は三連休があるので何とかなるでしょう。また来週末も頑張りたいと思います。
2020.11.07 Saturday
週末になりました。朝7時に工房に出かけ、10時までの3時間、新作の彫り込み加飾をやっていました。早朝制作を遂行したのは、今日は東京と横浜の博物館や美術館へ行く予定があったためでした。いつもならNOTE(ブログ)のタイトルを「美術館巡り」と書くところを「展覧会巡り」としたのは、博物館1館と美術館2館を回ろうとしていたので、表記を変えさせていただきました。東京上野にある東京国立博物館平成館で開催している「桃山ー天下人の100年」展はネットで予約を入れていました。家内と私の2人分を予めプリントアウトして持参しました。例年なら混雑を承知で出かけていく大掛かりな企画展は、今回ばかりはゆっくり見られる状態でした。本展は、安土桃山時代を中心に据えた文化の隆盛を代表作品で網羅した重厚な展示で、作品の質量とも圧倒的な迫力を感じました。狩野永徳と長谷川等伯の代表作品の一騎打ちやら、各種屏風の比較展示など、私にとって旧知の作品が居並ぶ中で、私は今まで注目してこなかった各戦国武将が纏った鎧兜のデザインに目が奪われました。「桃山ー天下人の100年」展の詳しい感想は後日にしますが、本展では立派な図録が用意されていて、これを読むのに時間がかかりそうです。もう一度時代背景を図録で学びながら、鑑賞を深めていきたいと思います。次に向かったのは新橋で、ここにあるパナソニック汐留美術館で開催している「分離派建築会100年展」は、以前から見たいと思っていたのでした。私は20代の頃にウィーンに暮らしていて、そこでは分離派と呼ばれる芸術家集団の足跡がありました。日本にも分離派を名乗る建築家グループがあるとは知らなかったので、どんな活動をしていたのか興味津々でした。西洋建築を日本が取り入れようとしていた大正から昭和の時代に、斬新なデザインを求めていた若手建築家グループがあり、建築に彫刻的な芸術性を持ち込んだ彼らの活動を、私はもっと知りたくなりました。この展覧会の詳しい感想も後日にいたします。次に向かったのは地元の横浜で、そごう美術館で開催されている「吉村芳生展」でした。展覧会のタイトルに「超絶技巧を超えて」とあった通り、鉛筆画としてはまさに超絶技巧の賜で、度肝を抜かれるような世界が広がっていました。これも感想は後日に回します。今日は3箇所の展覧会を回りましたが、いずれも迫力満点なものばかりで、足も眼も些か疲れました。「3館を回るのは、二足の草鞋生活の間だけだよね。」と家内に念を押され、創作活動一本になれば、もう少し緩やかに作品を見て回るつもりだと答えました。今日見た作品群はどれも咀嚼にどのくらい時間がかかるのか、腰を落ち着けてじっくり考察していこうと思います。充実というより、さらに凝縮した時間を過ごしたように感じています。
2020.11.06 Friday
故人である若林奮氏は、展覧会の説明によると、鉄を中心に、銅や鉛、硫黄、木などの素材を使って、地形や植物、気象、大気の状態などへの深い自然観と、空間や時間への強い意識にもとづく思索的な作品を制作したことで知られるアーティストでした。私が人体塑造をやっていた学生時代は、共通彫塑研究室にいらして、時折校内ですれ違うこともありました。神経質そうな面持ちの方で、近づき難い雰囲気があり、到底話しかけることはできませんでした。一度講評会にお邪魔したことがありましたが、難解な説明を理解することが出来なかった記憶があります。それでも魅力的な世界観を私は感覚で捉えていて、その作品を理解しようと努めてきました。版画による「若林奮」展は、町田市立国際版画美術館で開催していて、彼が町田市出身の作家であることで、今回の展覧会が実現したようです。白黒による版画を見ていて「鑑賞者のことを考えていないなぁ。」と家内がぽつりと言ったことが印象的でした。人に媚びていないと言った方がいいのでしょうか。作品はどれも若林ワールドそのもので、強烈な個性を感じました。題名にあった「鮭の尾鰭」とは何を指しているのでしょうか。博物館で見た旧石器時代の岩盤や骨片につけられた刻線に触発されたイメージというのが「鮭の尾鰭」シリーズになったそうです。そうした説明があってそれを手掛かりにイメージの謎解きをしていくのが若林ワールドなのだと私は思っています。「BLACK COTTON」という石版画のシリーズは圧倒的な表現力で迫ってくる版画でした。作家の生家が綿屋であり、綿の塊が焼けて黒くなった状態をイメージしているのかもしれず、これも謎の多い世界でした。そこにどっしりした存在感があるのは、作家がこの世界を彫刻にする予定だったのかもしれず、鉄を使ってCOTTONを作ってみたら面白いだろうなぁと私は感じました。作品を見る人がどう見るかは関係なく、作家が感じた通り素直に表現した作品というのが「若林奮」展の印象でした。