2020.12.05 Saturday
12月に入って最初の週末です。朝から工房に篭って陶彫制作三昧でした。小さな陶彫成形をひとつ作り、その他の時間は彫り込み加飾をやっていました。窯から2点の陶彫部品を出しました。あれこれやっているうちに時間があっという間に過ぎていきました。今日は美大受験生が来ていました。明日の午前中は私が休日出勤をして、職場のある地域の集まりに出なければならず、一日美大受験生の面倒を見られないこともあって、今日彼女を呼んだのでした。彼女は以前から取り組んでいる平面構成と英単語の暗記をやっていました。受験勉強に夢中で取り組んでいる子を見ていると、私も背中を押されて陶彫制作に没頭しました。心理学でいう社会的促進というもので、誰かがいてくれる方が作業が進む心理を利用して、自分を頑張らせる仕組みを作っているのです。今日は寒い一日で手が悴みました。少し作業をしてはストーブの傍で手を温めました。何とか今日のノルマを達成し、夕方になって彼女を家の近くまで車で送りました。その後、家内と川崎市にある洋菓子店に友人に会いに出かけました。その友人は私と30年以上も付き合いのある人で、20代の頃、滞欧中にウィーンで知り合いました。私は国立美術アカデミーで彫刻を専攻していましたが、彼は大きな洋菓子店に雇われていて、パティシエとしての修業を積んでいました。その彼が地元の川崎市に帰ってきて、そこで洋菓子店をオープンし、ヨーロッパ仕込みのパンや菓子を作って売り出しました。毎年この時期になるとドレスデン発祥の菓子パンであるシュトレンを、彼はドイツの製法に則って作っています。私はシュトレンを大量に注文し、彼の店「マリアツェル」に受け取りに行くのです。その習慣は何年も続いていて、この時期の定番になっています。シュトレンは師匠や友人宅に郵送します。西欧滞在経験のある人なら懐かしい思いに駆られると思っています。最近は日本でもシュトレンの知名度が上がり、多くの洋菓子店やベーカリーで売られていますが、私がウィーンから帰国した頃は、シュトレンは一部の店舗でしか売られていませんでした。シュトレンを食べるとクリスマスが近づいてきた実感があります。
2020.12.04 Friday
「建築とは何か 藤森照信の言葉」(藤森照信他著者多数 エクスナレッジ)の「二つの未完の教会に隠されたガウディのメッセージ」と「フンデルトワッサーの人を引きつける力」のまとめを行います。著者によるガウディとフンデルトワッサーの並列が私には新鮮でした。ガウディは正真正銘の建築家、フンデルトワッサーは絵画を発展させた形で建築を行った人で、建築に関してはほとんど素人と私は理解しています。まず、ガウディの「サグラダ・ファミリア」と「コロニア・グエル教会」について。著者はガウディ建築の印象を次のように述べています。「敏感な人ならおびえる。大きく括れば胎内感覚と言えるが、普通の胎内感覚とは強さがちがって、野獣の胎内というか、胎内の底からふつふつ生命力が湧いてくるような感覚なのである。」次にフンデルトワッサーとの比較について。「ガウディとフンデルトワッサーの差について考えてみよう。ともにグニャグニャ不安定形で、彫塑的造型なのだが、ガウディにはフンデルトワッサーにない秩序が感じられる。相当グニャグニャな《コロニア・グエル教会》にもリンとした全体支配力が働いている。骨格意識といえばいいか、部分と全体の関係がしっかりしているといえばいいのか、そうした見えざる秩序感を生んでいるのは平面計画と構造計画がちゃんと存在するからにちがいない。ところがフンデルトワッサーは、無限自己増殖というかアメーバというか、部分と全体の区別もなければ、骨格意識もない。平面と構造が、正確にはその意識が、欠けている。作りかけで止めた彫刻と言えばいいのか。建築と彫刻を分けているのは、平面と構造の意識なのである。~略~フンデルトワッサー的部分の正体とはなんなんだろう。論証ぬきで結論だけ言ってしまうが、幼児性ではないかと、にらんでいる。誰でもかつて子供の頃、今はもう忘れてしまったが、フンデルトワッサーみたいな粘土細工やお絵かきをやっていた。」と著者はフンデルトワッサーに対して感覚的な捉えをしています。私は20代の頃、ウィーンに住んでフンデルトワッサーが教室を持っていた国立美術アカデミーに在籍していました。その時に一度だけフンデルトワッサーに会っています。彼の発した言葉は外国人に理解しやすいドイツ語で、フンデルトワッサーの芸術に対する考えを伝えてくれました。彼は色彩の重要性を説いていましたが、自己の感性に正直に生きている人なんだなぁと、私はその時思いました。著者のいう幼児性というのも頷けます。フンデルトワッサーは、独創的な色感と自由奔放な色面構成で国際的に認められた芸術家ではないかと私も思っています。
2020.12.03 Thursday
先月、京都に出張で出かけた折り、宇治にある平等院鳳凰堂を訪ねました。コロナ渦の影響で観光客は少なくて、仏像鑑賞には最適でした。私が本尊の阿弥陀如来坐像の周囲の壁に配置された「雲中供養菩薩像」を見たのは随分昔のことになりますが、その演出に興味津々となり、それ以来「雲中供養菩薩像」の虜になりました。像は全部で50体以上(展示されている像は26体)にもなり、雲の上で楽器を演奏したり、立って舞っている様子は、私のそれまで持っていた仏像の概念を吹き飛ばしました。平等院に暫く来ないうちにモダンなミュージアム鳳翔館が出来上がり、「雲中供養菩薩像」はそちらに展示されていました。以前、東京の博物館で見た「雲中供養菩薩像」も照明を当てられて、鑑賞するのに最適な配慮がなされていましたが、今回もじっくり鑑賞できました。「雲中供養菩薩像」は1053年(天喜元年)本尊の阿弥陀如来像とともに仏師定朝とその一門によって作られたとされています。その技法を図録から拾います。「寄木造の技法とほぼ平行して完成された木彫技法が割矧造である。これは頭体の幹部を一木で造り、適当な位置で木目に沿って割り、内部を刳ってから再び合わせるもので、寄木造と同様に割首も行われる。~略~この技法の完成した姿が、まさに雲中供養菩薩像に見られるのである。」また図録には仏師たちの様子も書かれていました。「雲中供養菩薩像が建立された頃には、その(仏師の)組織化がさらに発展していたと想像されるが、これらの像に見る作風や技法の多様さを考慮すると、必ずしも定朝の権威によって縛られることなく、各仏師の個性を重んじる形で造仏が行われていたように思われる。」また当時の時代背景も描かれていました。「雲中供養菩薩像の構想の背景に奈良時代の作例との関係が想起されるが、菩薩が雲に乗る形式や霊芝雲をまとめた雲の形など正倉院に伝わる麻布菩薩と一脈通じることも興味深い。」(全て岩佐光晴著)今見ても新鮮な「雲中供養菩薩像」。雲の形やたなびく布は現代のアニメーションにも利用されているのではないかと私は思いました。もちろん私のRECORDにも使わせていただいています。
2020.12.02 Wednesday
今月は師走と呼ばれている通り、1年の締めとして多忙を極める1ヵ月となります。そのためどのような制作目標を立てようか思案しているところです。陶彫部品を集合させて世界観を作る私の新作では、そろそろ土台となる板材の加工をやり始めなければならないかなぁと思っています。毎年7月にギャラリーせいほうに企画していただいている個展には、2点は大きな作品を出す計画があり、数点は小品にする予定です。毎年変わり映えがしない出品状況ですが、新作であればギャラリーの空間は毎年違って見えます。来年は2点とも円形を基にした作品にします。今作っているのは、土台は厚板材を加工して砂マチエールを施し、そこに陶彫部品を数多く点在させる作品です。円形の架空都市を俯瞰できるようなものにしていく計画です。もう1点の作品は大きなテーブル彫刻ですが、そこに陶彫部品はありません。木材だけで作る計画で、見上げるような高い位置にテーブルを設置しようと思っています。テーブルの脚には木彫を行い、全体的には軽やかで明るいイメージが浮かんでいます。今月は年末年始に休庁期間があり、亡母の件で喪に服すため、正月は何をするわけでもなく普通に過ごす予定でいます。ということは制作三昧で過ごせるわけで、この機会に厚板材の土台を作り始めようと考えています。ただ、今月は日曜日に出勤する予定が2回あります。その日も時間を作って工房に通うと思いますが、どこかで鑑賞もしたいなぁと思っているところです。
2020.12.01 Tuesday
12月になりました。まずは今年の4月に母が他界したため、喪中はがきを出すことにしました。今日は仕事から帰ってから喪中はがきの宛名印刷を行っていました。私は例年RECORDの絵柄を利用して積極的に年賀状を出していました。1年一回の挨拶は、自分にとって大切なアイテムで、久しく連絡をしなかった無礼を詫び、こちらの健在を伝えるには、年賀状は大変役立つものですが、今年はその年賀状を作りません。例年ならRECORDの絵柄に来年の干支をモチーフにしているのですが、それもありません。ちょっと寂しい気もしますが、仕方がないことと思っています。12月になって、いよいよ冬本番になります。2020年も残すところ1ヶ月になり、今年の振り返りを行うことにしました。今年は新型コロナウイルス感染症に振り回された1年間だったと思います。これは誰でもそう思っていることでしょう。私は7月の個展が出来るのか否か、ギャラリーせいほうの田中さんと連絡を取り合いました。常設展で持ちこたえていたギャラリーは、私の個展を皮切りに企画展を再開しました。来廊してくださった人は少なかったのですが、コロナ渦の中でわざわざ東京銀座まで足を運んでいただいた方々に感謝です。私の制作は通常通りで、コロナ渦があろうがなかろうが関係なく続けていました。世間では自宅待機や外出自粛が呼びかけられていましたが、私には工房があって本当に良かったと思います。さて、今月はどう過ごそうか、毎年考えていることは同じです。公務員として大晦日から正月にかけて休庁期間が確保されているため、時間を必要とする創作活動には、この期間中に可能な限り制作工程を先に進めることしかないのです。それはそれで楽しくキツい日々になりますが、何かに向かって夢中で成し遂げていく喜びは極上のもので、それに代わるものなどありません。私にとって生きていく実感はそんなところにあるのだろうと感じています。具体的な制作目標は稿を改めます。今月も体調を気遣いながら頑張っていこうと思います。