Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 日常生活が変わる時
    私は30歳で地方公務員になってから30年以上が過ぎ、毎日職場に通う生活を送っています。それまで海外で自由に生きてきた自分には、当初窮屈な生活に辟易していましたが、その規則性に徐々に慣れてきて、社会人として真っ当な生き方をしている自分に満足もしています。12年前に管理職になり、組織運営をやっている自分が時折信じられなくなる時もあります。自分にそんな資質があったとは思いもよらず、組織に頼られている自分は本当の姿だろうかと疑うこともあります。職場では日々いろいろなことが起こり、それに対応している自分がいるのも確かで、当然のことながら自分のことより職場を第一に考えて、私は仕事をしています。それが週末にやっている創作活動と大きく異なるところです。二足の草鞋生活と私は称しているのは、公務員としての仕事と彫刻家としての仕事の両立を図る上で、便宜上使用している名称ですが、これも来年3月末で終わりになります。いよいよ日常生活が変わる時がやってきますが、今のところ実感はまるでありません。近隣に住む人生の先輩に65歳から75歳までの10年間は、やりたいことが人を憚らず思い切りやれて素晴らしい10年間だよと言われたことがありました。本当にそんな10年間が過ごせるのだろうか、私は二足の草鞋生活が変わることに不安を覚えることも多々あるので、近い将来に大きな夢を描くことが出来ません。若い頃は待ち遠しかった定年退職。退職すれば好きな彫刻にずっと関わっていられると思っていたことが、いざ数ヵ月後に退職となれば、二足の草鞋生活を基盤にしてスケジュールを組み、その上で創作活動を行い、東京銀座で個展まで企画していただいている現状を変えていかざるを得ないことに、何とも複雑な心境になるのです。ウィークディの昼間に創作活動をやっているのは、今までは年末年始の休庁期間か、夏のお盆の時期しかありません。それがずっと創作活動が出来る時間が続くことに躊躇もあります。発想の転換は創作活動だけでなく、自分の人生そのものにも必要だと思うことにしました。素晴らしい日常生活が送れるように考えていこうと思います。
    「諸対象についての見方と諸判断についての見方」第37節~第40節について
    「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)の小節のまとめを行います。本書の本論は初めに第一篇「客観的な形式論理学の諸構造と範囲」があって、今回から第4章として「諸対象についての見方と諸判断についての見方」が始まり、今日はその第37節から第40節までのまとめを行います。ここでは形式的命題論と形式的存在論の相関関係についての考察が述べられていました。気を留めた箇所を引用いたします。「諸命題自身の中に伏在する各種の対象性への意味関係によって、同時に普遍的な形式的存在論になり、そしてこの存在論が最高段階では多様体論という名称を規定するのである。」次に統語法的な形成物としての論考に移ります。「形式的存在論の分野は対象一般の《形式的領域》でなければならない。それゆえ形式的存在論は諸対象を必当然的な諸真理において、まさにこの形式的な一般性で規定しなければならない。~略~〔命題を〕形成する判断の統語法は、可能な真理の諸条件を示す諸法則にアプリオリに従っている。判断においてなされる形成、そしてその形成から、集合、基数、級数、量、多様体のような、かなり狭い意味と最も狭い意味の数学的諸概念も生じる形成、さらに最高段階の判断の形成物さえも含めて、これらの形成はもちろん《超越的》な諸対象についてではなく、判断自身の中で表象される諸対象について行われるのである。~略~この考察では集める、数える、順序づける、組み合わせるなどの諸作用はどれも判断の諸作用だとされ、そしてこれらの相関者は判断の形成物と見なされてきた。しかしこれらの作用は実はさまざまな諸段階で形式を作る諸作用で、そしてこれら諸作用の相関者は通常〈述定的〉と言われる諸判断自身の中では、判断の形式論が見落としてはならない諸形式によって、代表されているのではなかろうか?」最後に形式数学の論理学的意味について触れた箇所を引用いたします。「ただたんに計算にためにだけ作られた数学の場合のように、たんに計算上の慣習によってのみ意味をもつようなシンボルの遊戯になるようなものは認められない。論理学者としての彼は、形式数学がもともと論理学的分析論であること、それゆえ形式数学固有の論理学的な意味には、認識の志向によって基礎づけられた認識機能の範囲が、すなわち可能な各種応用の範囲が属していることを観取せざるをえない。」文中にあった彼というのは著者のことで、論理学者としての立場を第三者的に捉えていることになります。
    12月RECORDは「錆」
    一日1点ずつポストカード大の平面作品を作っていくRECORDは、文字通りのRECORD(記録)です。過去のRECORDを見ていくと、制作時の気持ちを思い出し、その時どんな思いで日々を過ごしていたのか、記憶が甦ります。今年は10月中旬にRECORD1年間分の撮影を行いましたが、それまでは下書きばかりが先行して、その下書きされたRECORDが食卓に山積みされていました。それを撮影までに下書きを全て解消し、現在は何とか日々の流れにRECORDが追いついている状態です。毎晩就寝前に食卓でRECORD制作をやっていると、習慣化しているにも関わらず、なかなか厳しい思いにさせられています。それは毎晩新作を作り上げているので、小さな画面ながら緊張感をもってやっているせいではないかと思っているのです。その積み重ねは我ながらイケていると思っていて、つい自画自賛してしまいます。その日のRECORDが出来上がって、ホッと胸を撫でおろし、眠りにつく時の気分は最高です。逆に上手くいかない時はなかなか眠れません。さて、前置きが長くなりましたが、今月のRECORDのテーマを「錆」にしています。錆色は私の大好きな色彩のひとつで、陶彫制作でも完成作品を錆色にするために陶土を複数混ぜ合わせ、焼成後に鉄が錆びた状態が想起できるような効果を狙っています。錆色とは「暗い灰みの黄赤」というJIS色彩規格があり、鉄錆のような赤茶色のことを言うのです。今月は色彩シリーズ最後の1ヵ月になり、自分の好きな色彩を楽しみつつ、RECORDを作っていこうと思います。
    「イサム・ノグチと丹下健三」について
    「建築とは何か 藤森照信の言葉」(藤森照信他著者多数 エクスナレッジ)の「イサム・ノグチは何をしようとしたのか」と「イサム・ノグチと丹下健三」についてのまとめを行います。イサム・ノグチについてはこのところ関連書籍を読み漁っていたので、私には既知のことばかりでした。著者は建築家なので発想に建築的な視点があり、そこが面白いと感じました。「ノグチは、彫刻的才能を、物体から物体の下の大地へと広げはじめるが、しかし実現はむづかしい。物と大地では大きさもちがえば社会的影響もちがう。建築を作るのと町を作るくらいちがう。~略~(ノグチは)自分の還るべき大地を生み出したかったのだ。日米のあいだに祖国をあらかじめ喪失して生れ、父性の欠落の中で育ったノグチの還るべき大地。」をノグチは生涯を賭けて求めていたことになります。ノグチが建築家丹下健三とのコラボレーションとして考案した「広島の原爆慰霊碑案」は実現はしませんでした。「アメリカ人の作品では死者の霊は浮かばれないという根本的反対が起こり、ノグチの精魂が注がれた傑作は実現にいたらなかった。おそらくもし実現していたら、20世紀彫刻の名作の一つとなったことは疑いないが、しかし、原爆ドームを隠して自作を前面に立てるノグチの案はやはり実現しなくてよかった、と私は考えている。」今までノグチ側の伝記を読んでいた私は、日本が名作を選択しなかったことの残念ばかりを考えていましたが、日本側の意見としての原爆慰霊碑案も考えるに至り、彫刻的名作を残すより、これで良かったのではないかと思うようになりました。これは芸術的崇高さは社会的状況を超えていくと信じていた私に迷いが生じた瞬間でもありました。章の最後に2人の古墳時代の影響について書かれた箇所を引用いたします。「丹下は、古墳時代の造形を埴輪や銅鐸の段階でとどめ、建築デザインに即して言うなら古墳時代の造形の生命を打ち放しコンクリートに注ぐところまでにとどめ、以後はしだいに金属とガラスと石によるツルツルピカピカの箱形の建築へ向った。一方、ノグチは、未来型の社会を目ざして舵を切る丹下を尻目に、古墳時代の造形を埴輪や銅鐸といった器物の段階にとどまらず、器物を納める古墳の墳丘まで掘り下げ、大地の造形へと深化していく。」
    週末 地域行事参加&陶彫制作
    職場のある地域と、私の職場は密接な関係にあり、昨年まではあらゆる地域行事に私は職場を代表して参加しておりました。今年はコロナ渦の影響で地域行事がなくなっていましたが、小学校のグランドを借りて行なうスポーツ大会を開催する運びになり、副管理職とともに私も軽スポーツに参加してきました。午前中の大会でしたが、久しぶりに地域の方々と触れ合えたことが良かったと思いました。言うなれば休日出勤でしたが、主要な公務ではなくレクレーションとして楽しむことが出来ました。午後は工房に行って昨日の引き続きの作業をやっていました。彫り込み加飾をやった後、窯入れの準備として、乾燥した陶彫部品に仕上げと化粧掛けを施す予定でいましたが、どうやら疲労が蓄積しているようで、これは自宅で少し休んだ方がいいかなぁと判断して、早めに工房を引き上げました。自宅に帰るとソファに横になり、暫し寝てしまいました。昨日は寒く、今日は暖かくなったことで気候の変動も体調不良に影響しているのかもしれず、暫く体力の回復を待つことにしました。そんな中でも脳内では新作のイメージが目まぐるしく動いていて、身体を横たえても気持ちがぜんぜん休めていないのに気づきました。私の何がそんなに創作に駆り立てるのか、自分でもよく分かりません。私の生きる実感が創作活動にあるのは明白ですが、頭の中で新作の土台をどうするのか、木材をどう切断するのか、寝ても醒めてもその考えから解放されず、来週末にはとりあえず土台の制作に着手しようと思いました。創作活動は、創作の泉が滾々とわき出しているうちは、心が落ち着くことはありません。次から次へとイメージが更新されてしまうのです。ピカソが完成を待たずに次作に取りかかったのは、こんな理由なのかもしれないなぁと思いましたが、私は生真面目で律儀な上、ピカソほどの才能を持ち合わせていないために、現行作品と次作との間に大きな破壊と創造を繰り返してはいないと実感しています。それでもピカソほどのスケールはないにしても、私にもそうした機会が訪れることを自覚して、ちょっと嬉しくなりました。また来週末に頑張ろうと思います。