2020.08.14 Friday
5日間あった夏季休暇が今日で終わります。工房で新作の陶彫制作に邁進しつつ、「江戸東京たてもの園」に建築家前川國男邸を見に行き、別日に東京ステーションギャラリーの「きたれ、バウハウス」展、池袋の「自由学園明日館」を見に行きました。今年はコロナ渦の影響で旅行に出なかったものの、建築の見学三昧で過ごした夏季休暇でした。また人体に害を及ぼすような高温の日々が続き、工房での制作に支障が出ました。工房にいられる時間としてはせいぜい4時間が限界で、陶彫制作をやっていると、身体中から汗が噴き出てきました。そのため半日をRECORDの追い上げ制作に充てました。RECORDはエアコンの効いた自宅の食卓で制作が出来るので、午前中は工房、午後は自宅という制作スケジュールを組みました。さて、4月に母が亡くなったので、今年は新盆になります。昨日は家内が居間に「精霊棚」を設えました。私は制作の合間に竹を切り取ってきました。小さな机に竹の小枝を立てて結界を作り、供物とともに位牌を置きました。生花も買ってきました。朝10時に菩提寺の住職が新盆法要のためにやってきてお経を唱えました。昼頃には妹夫婦と姪が供養にきました。家内の作った「精霊棚」は簡素ながらよくまとまった立派なもので、大学の空間演出デザイン科で舞台美術を学んだ彼女は、こうした設えが好きなのかもしれません。家内は浄土宗の「精霊棚」をネットで調べて、その謂れを理解していましたが、何より亡くなった母から伝え聞いていたやり方で用意したようです。生前の姑と嫁の関係が垣間見られた思いでしたが、「精霊棚」は明後日の日曜日まで居間に置いておくようです。昨晩遅くやっと「精霊棚」を作り終えた家内の耳に密かにカタッと音がしたそうで、いよいよ先祖が来ているのかなぁと思っています。私は宗教はイメージだと思っているのですが、知識では理解が出来ない何かが存在していることを信じてみたいのです。午後は気温上昇にもへこたれず、工房に行って新作陶彫の彫り込み加飾をやっていました。そろそろ新作の土台の設計施工に手をつけたいのですが、暑さのため作業時間が短くて、彫り込み加飾をやるだけで精一杯です。明日から週末に入ります。引き続き頑張っていきます。
2020.08.13 Thursday
昨日、東京池袋に「自由学園明日館」を見に行ってきました。「自由学園明日館」はテレビで紹介されていて、一度行って見たいと思っていたのでした。池袋駅から歩いて数分という立地に驚きましたが、創立された1921年当時は武蔵野の雑木林が残っていたようで、現在のような高層ビルに囲まれている環境ではなかったのでした。創立者は新聞記者だった羽生吉一とその妻もと子で、とくにもと子は「婦人之友」を創刊した人として知られ、子女教育の重要性に着目して本校を設立しています。夫妻は伝手を頼って帝国ホテル建設中のフランク・ロイド・ライトを訪ね、女学校校舎の設計を依頼したのでした。写真集から言葉を引用します。「美の規範としての左右対称というのは、万人を納得させる手易くて効果のある手法。多くの権威を誇示する建物に用いられてきたが、明日館はそうした威圧感がない。それは、中心性を強調しない左右対称の造形にまとめたことにある。~略~畳を基準尺度として展開する和風の建築は、ライトに深い感銘を与えた。6帖の間、8帖の間などと広さのみ規制されたそれぞれの部屋は、いわば無目的的であり、しかし多目的的である。使い勝手は使い手が決める。2つの部屋の境界となっている襖や障子を取り払えば、さらに大きい空間が確保できる。そうしたフレキシブルな空間に魅せられたライトは、ホール、食堂、厨房を隣接させ、層状に重ねて、ドラマチックな空間を醸成した。」(谷川正己著)和風の空間を西洋建築に取り入れて、全体的にすっきりまとめた印象があるのは、こんな理由によるものかもしれません。日本では架構式工法が一般的ですが、ライトは西洋の組積式工法で建築を作り上げていました。「自由学園明日館」の屋根蓋も築かれた壁全体で支える方法だったことも写真集にありました。当時は安価な材料で作られていたこともあって、自由学園が久留米市に移動してしまうと、明日館は忘れ去られた存在になり、材料が朽ちた状況でした。1997年に国指定の重要文化財になると修復工事が始まり、2002年に当時の麗姿が蘇ったようです。併設されている講堂も見てきましたが、ここではコンサートや講演会が開かれていたり、結婚式の予約も受け付けていました。施設を有効利用しながら保存をしていく動態保存というカタチをとって、現在は運営されているようです。
2020.08.12 Wednesday
今日は夏季休暇を取得して、前から計画していた東京の展覧会等の散策に出かけました。先日も夏季休暇を使って「江戸東京たてもの園」に行ったばかりですが、今日も建築に纏わる散策になりました。例年なら夏季休暇をまとめて取得して旅行に出ていますが、コロナ渦の影響で今年は旅行には行かず、近隣を回って楽しんでいるのです。展覧会は東京ステーションギャラリーで開催している「きたれ、バウハウス」展を見てきました。今回は予約制なので自宅近くのコンビニで入場券を2枚購入しました。「きたれ、バウハウス」展は、100年前にドイツに設立された画期的な造形教育を行なったバウハウスの全貌を紹介するもので、私は40年前の滞欧中にバウハウスの資料を集めていました。ドイツ語による分厚い書籍は、今となっては読むことが出来ず、和訳のある書籍をあれこれ買って、バウハウスの教育について多少齧っていました。このNOTE(ブログ)に頻繁に登場するP・クレーやW・カンディンスキーが教壇に立っていた学校だったので、私は当時から興味津々だったのです。バウハウスはバウ(建築)とハウス(家、館)という意味で「すべての造形活動の最終目標は建築である。」(創始者グロピウスの言葉)とある通り、それまでの美術教育とは違う視点でのカリキュラムが組まれていました。詳しい感想は後日改めますが、家内は美大デザイン科出身なので、展示されていたバウハウスの学生たちの課題に、辛かった自分の学生時代を重ねていたようです。日本のデザイン教育にもその影響があった証でしょう。次に私たちが向かったのは池袋にある自由学園明日館で、重要文化財として保護されている学校施設です。設計は巨匠フランク・ロイド・ライトで、その弟子の遠藤新が受け継いで1921年に女学校として設立されました。ライト独特な「草原様式」と呼ばれる平たい校舎と中央に切妻屋根をもつ中央棟ホールが特徴的で、その空間のセンスにただ驚くばかりでした。自由学園明日館の詳しい感想も後日に回したいと思います。池袋駅からそんなに離れていない場所に、こんな建造物があったこともびっくりでした。せっかく池袋まで出てきたので、ジュンク堂書店に立ち寄り、美術関連の書籍を数冊購入してきました。中世イタリアの宗教画家ピエロ・デッラ・フランチェスカの書籍、フランス後期印象派ポール・ゴーギャンの彫刻に注目した研究書など、多少価格は張っても前から読みたいと思っていた書籍だったので、ちょっと楽しみになりました。今日はバウハウスの展覧会とフランク・ロイド・ライト設計による学校建築を見て回り、まさに建築に纏わる東京散策に終始した一日で、私にとっては幸せな時間でした。
2020.08.11 Tuesday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第34章「ぼくの慰めはいつも彫刻」と第35章「ユネスコ」のまとめを行います。「1955年という年はほかにもさまざまなプロジェクトが実現せず、ノグチはそれを自分の個人的な難局ーノグチと山口(淑子)は離婚届を提出したーのせいにした。それは円満な離婚だったーどちらもが、じぶんたちの生活がそれぞれを別な方向に導いたという点で同意していた。」お互い世界的な名声のある彫刻家と女優ならば、すれ違いや自己主張の強さで一般人のような結婚は望めなかったのでしょう。このあたりはノグチの仕事も上手くいっていなかったようで、数々の空間デザインが雛形制作だけで終わっていました。そんな中でパリに新築されるユネスコ本部のパティオのデザインの依頼がノグチにやってきます。ノグチはパリに視察に行って、その隣の一段低くなった広いスペースに日本庭園を作ることを考えついたのでした。石や植木を日本に求めて、日本からの経済的支援を取りつけ、造園家重森三玲を紹介されます。重森三玲とともに選んだ石を日本から輸送していきますが、フランスの現地では作業員が大理石の彫像は扱えるが、でこぼこの地面の上に設置する庭石が扱えないことが分かったようです。「ユネスコ庭園にもどったノグチを多くの厄介事が待っていた。ユネスコの予算の問題から遅れが生じ、その春、重森が送りこんできた職人たちとの仕事はひと筋縄ではいかなかった。職人たちは伝統的な庭師として修業をし、ノグチの借り物のフォルム、日本の造園規則の変更などに賛成しなかった。しょっちゅう言い争いがあった。職人たちは予定より1ヶ月早く帰国してしまった。~略~10月、重森はさらにすばらしい信任状をもつとさえいえる職人を送りこんできた。三十歳の佐野藤右衛門は、1955年に京都府からノグチを手伝うよう依頼されたときにノグチに出会っていた。~略~腹を立てて帰ってしまったふたりの日本人庭師と同様に佐野は伝統主義者であり、庭園は近代彫刻であるというノグチの信念に同意しなかった。石の配置から水の流れ方、『蓬莱山』の形態まですべてが争いの的になった。~略~ノグチは石を設計図どおりにおくことにこだわった。佐野はより直感的なアプローチを信じ、『紙の上の計画はけっしてうまくいかない』と言った。~略~たとえユネスコ庭園の精神が日本からきたとしても、コンポジションはノグチ自身のものだ。そこには『個人的な工夫』があり、したがって真の日本庭園というよりは『ちょっと日本的な庭園』だった。」造園と彫刻、この根本的な相違は決して小さいものではないと私は実感しています。亡父が造園業を営んでいた私だからこそ気づいたこともあります。私は20代後半で渡欧後すぐにパリのユネスコ庭園を見に行きました。私自身いろいろ思うところもあり、これは稿を改めたいと思います。
2020.08.10 Monday
三連休の最終日で、今日は「山の日」になります。今日も熱中症警戒アラートが発令されるほど温度が上昇し、工房内は茹だるような暑さがありました。私は新作3点目の陶彫部品と4点目の陶彫部品に彫り込み加飾を施す予定でいました。彫り込み加飾は制作工程の中で一番時間がかかります。彫り込みする箇所をひとつずつ丹念に削り取っていくので、作業としては地味で、コツコツした姿勢が求められます。言わば私の得意分野ですが、工房内の気温の高い中での作業としては、身体に負担がかかります。私は昔から汗かきで、頭を覆っている手ぬぐいやシャツが忽ちびっしょりになってしまうのです。汗をかくと不思議と身体が動くようになり作業は進みますが、後で疲労が残って身体がおかしくなります。どこかで時間を決めて作業を切り上げないと長く続かないこともよく分かっています。そんなこともあって彫り込み加飾は今日だけでは終わらず、引き続き夏季休暇中もやっていくことにしました。乾燥を避けるため、陶彫部品の作業をしない面はビニールで覆って、彫り込みがやり易い状態を保つことにしました。今日は若いスタッフが2人来ていましたが、昨日とは違うメンバーでした。昨日から平面構成を始めた高校生は引き続き、工房にやってきました。もう一人は美大生でグラフィックデザインを学んでいる子です。4年生になった彼女は卒業制作のプランを練りに工房にやってきたのでした。美大はリモート授業になっていて、慣れないせいか調子が出ないと彼女は言っていました。私がお世話した子たちが今年4年生になって卒業を迎えます。それぞれの美大に卒業制作展を見に行きたいと思っていますが、卒業制作展は開催されるのでしょうか。明日は仕事で外会議があります。明後日から夏季休暇に入ります。