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  • 個展の感想より抜粋
    今年の個展に来られた方に感想を綴ったお手紙をいただきました。彼は横浜に住まわれている文筆家の方で、高齢にも関わらず毎年私の個展に来ていただいています。私が在廊していない時に来られたようで、お話が出来なかったのが残念ですが、作家野間宏に関する書籍を出版されていて、美術に対する審美眼もお持ちではないかと思っています。お手紙のの一部を抜粋させていただきます。「『発掘~聚景~』がテーマとありましたが、造語とは言え、その意が十分通じます。元になる集合体こそ、貴方が求める生の実態、有り様、更に言えば生きる、生産する自負とでも言えましょうか。…物体は壁から…そこに収斂…の説明が的確な案内になっています。」後半の文章は図録掲載のNOTE(ブログ)から拾っていただいたようで、身に余る言葉が連なっており、何か恥かしいような気もします。「発掘~聚景~」の中で、生の実態を見取っていただけたことに感謝申し上げます。「発掘~聚景~」は廃墟を模していますが、相反する生命の蘇生が隠れたテーマです。廃墟の世界を描いたヨーロッパの画家では、ドイツロマン主義絵画の巨匠フリードリッヒや牢獄シリーズで有名なイタリアの銅版画家ピラネージがいます。彼らの圧倒される世界観は、滅びゆく建造物の中に生命の萌芽も感じさせてくれます。惨憺たる風景を私たちはそのまま受け取ることをしません。この世界の終末の果て、その先に何かがあるような微細な光を感じさせてくれるのです。私はショーペンハウアーの唱えた厭世主義には違和感を抱きつつ、廃墟を見ると幾星霜にも及ぶ悲劇を受け入れていく自分がいます。私は戦災を実態として知らず、国を追われたこともなく、自分の周りで廃墟化が進んだことがないので、簡単に悲劇を受け入れると言っているのかもしれません。そこに一条の光が差すと言ってもそれはイメージに過ぎないと言われれば返す言葉もありませんが、創作活動はどの程度リアルを伴う必要があるのかどうか、議論が出来そうなところです。
    「命題論的分析論としての形式論理学」第12~13節について
    「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)は本論に入る前に「序論」があり、さらにそれに続く「予備的な諸考察」もありました。漸く今日から本論に入ります。本論は第一篇「客観的な形式論理学の諸構造と範囲」、第二篇「形式論理学と超越論的論理学」から成り立っています。本書のタイトルは第二篇から取っているので、ここが結論になるのだろうと思います。第一篇はAとBに分かれ、Aは第一章から第三章、Bは第四章と第五章から成り立っています。ここでは第一章「命題論的分析論としての形式論理学」の第12~13節についてまとめますが、節については通し番号になっていて「予備的な諸考察」から続いています。第12節で語られる純粋な判断形式とは何か、冒頭の文章を引用いたします。「われわれの一般的な解説によって予め理解されたことは、〈体系的に論述された論理学の歴史上最初の部分として成立したのはアリストテレスの分析論であり、これが理論的な形成物〔=主に諸命題〕についての論理学の最初の試みであった〉ということである。」さらに「事象的な事柄を示す言葉(述語)の代わりに、代数学の文字記号を採用したのである。」第13章は判断の純粋形式論になり、そこでの変形または操作の概念が登場してきます。「記述を体系的に一貫して純粋に遂行すれば、独特の一つの教科が明確に区分されたであろう。この教科は『論理学研究』で初めて定義され、意味の純粋形式論(もしくは純粋論理学的文法)と呼ばれたのである。」基本的諸形式とそれらの変形について書かれた箇所を引用します。「可能な諸判断一般をそれらの形式について分類しようとすれば、《基本的な諸形式》が、と言うよりはむしろ、それら基本形式の完結したシステムが明らかになり、そしてさらに、これらの基本形式から、独自の本質法則性によって、つねに新たな、しかもしだいに多くの異なる諸形式が、そして最後に、考えうるすべての判断形式全般のシステムが、それら諸形式の無限に多くの異なる諸形態と次々に区別される諸形態との中で順次構築されうる、ということである。」次に操作の概念に論考が及びます。「それは〈複数の形式から或る一つの形式を作る操作の各形態化には、それぞれの法則があり、そしてその法則は本来の各操作の場合には、新たに作られたものもまた同じ操作で処理されうる〉ということである。したがって操作の各法則は反復の法則を内包しているのである。」まとめというより、おそらく著者が主張したい箇所の引用だけになってしまいましたが、一文一文をじっくり確認していくと、まとめとして短文にすることは私には不可能で、節ごとに気になった箇所の引用で御容赦願いたいと思っています。職場で時間を決めて読み込んでいくのが精一杯な論文です。
    意欲を保つために…
    新型コロナウイルス感染拡大が続き、今年度当初は在宅勤務や各種行事の中止があって、先が見えない状態がありました。現在、職場は通常を取り戻しつつありますが、先が見えない状態は変わりません。感染症防止を行いつつ、経済活動を回していくのは、なかなか困難です。私個人で言えば、職場があり、組織があり、そこには同じ悩みを抱える職員集団がいるので、社会と繋がっている感覚は常に持っています。逆に個人経営や個人事業を興している人たちは社会情勢によって厳しい立場に立たされることになり、先行きの不安から事業が破綻してしまうことがあろうかと思います。身近なことで言えば、家内の演奏活動はストップしたままです。邦楽器演奏者の中には高齢な方々もいらして、その方たちの意欲が削がれているのではないかと家内は心配しています。年齢的なことも関係あるかなぁと考えるのは、60代の私も創作意欲の持続にやや不安を感じているからです。私は葛飾北斎のように老いても旺盛な意欲に支えられた活動をやりたいと願っていて、この意欲を保つために何をやったらよいだろうと考えるようになりました。先日まで開催していた個展ですが、鑑賞者は少なかったものの、これは意欲を保つためには効果的だったと言ってもよいと思います。コロナ渦の中で、よくぞギャラリーが開催してくれたものだと今でも思っています。イベントを単なるイベントとして考えていると、祭りの後の空虚感や脱力感がやってきます。意欲がそこでダウンすることもあります。これは祭りではなく、創作活動の一時的な報告会なんだと考えると、その先の展開もあるかなぁと思っています。私はひとつの作品を作り終える前に、新作を並行してスタートさせます。これが意欲を保つ私なりの秘訣です。常に作り続けていること、常に考え続けていること、これが日常化していることが私にとってベストなのだろうと思っています。
    イサム・ノグチ 結婚と原爆慰霊碑
    「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第32章「山口淑子」と第33章「北鎌倉」のまとめを行います。「おそらくノグチと山口が親近感を抱いたのは、おたがいのなかに潜在する悲しみを見分けたことと関係があったのだろう。どちらもが美貌と才能、成功に恵まれていたにもかかわらず、異なるふたつの文化のあいだで引き裂かれていた。」女優山口淑子は中国の満州で育ち、中国人の養女となり、日本帝国主義支援の女優・歌手としてデビューしていました。日米混血の彫刻家と日中で活躍する女優の結婚は、当時話題になっていたようです。北大路魯山人との出会いで、北鎌倉にある住居を2人のために魯山人が気前よく使わせたのも話題でした。「日本人の花嫁とともに隠れ家、しかも日本的な儀式の隠れ家をつくることでノグチは自分自身をひとつの場所に結びつけた。『ぼくは歓びと活力に満たされた』。」ところが2人の結婚は長く続きませんでした。「ノグチと山口はとても愛しあってはいたが、問題もあった。ふたりの生活様式はノグチが選んだ。『こんな、全く見知らなかった異質の世界に身を置いて』と山口は書いている。『私はそのすべてを吸収しようと努力しました』。どちらもが激しい性格で頑固だった。そして文化の違いもあった。山口の目からみればノグチはまったくのアメリカ人だった。」ノグチの制作に関してはリーダーズダイジェスト社の庭園を手がけたり、原爆投下による復興中の広島での橋の欄干のデザインの依頼を受けたりしていました。「11月末、ノグチは橋の欄干工事の進捗状況を見るために丹下健三と広島にいった。ノグチ、丹下、広島市長はノグチが原爆犠牲者の慰霊碑をデザインする可能性について話し合った。」ところが、これはノグチの国籍等の問題で実現には至りませんでした。「ノグチは慰霊碑の不採用を『日本におけるぼくのもっとも不愉快な経験』と呼んでいる。最終的に委員会は丹下が慰霊碑をデザインすることに固執し、丹下は原爆記念日に間に合うようにデザインを1週間で仕上げなければならなかった。」また時代背景も変わっていき、ノグチの日本での立ち位置も微妙になってきました。「ノグチはもはや西洋の文化に飢えた日本にモダニズムの知らせをもたらす先触れの鳩ではなかった。~略~この反米感情を考えれば、日本芸術界とノグチの関係が変化したのも驚くことではない。ノグチはもはや魅力的な新来者ではなかった。」
    週末 日常を取り戻す
    昨日で個展が終了し、今日から通常の制作に入ることにしました。イベント終了の翌日は複雑な心境になります。一日ゆっくり休みたいと思うのですが、私の流儀はそうではなく、最新作の制作を何が何でも続けていくのが自分のやり方です。個展の疲労は確かに残っていますが、自分の中でイベント終了感は持たないようにしているのです。祭りの後の脱力感は危険な状態で、ここで創作活動を止めるわけにはいきません。けじめをつけることは敢えてやらないのです。今日は毎週通ってきている美大受験生がデッサンをやりに工房に来ました。この来訪者がいることは大歓迎で、緩んだ私の心を引き締めるのに役立ってくれています。私は最新作の陶彫部品を作るために土練りをやっていました。最新作は2点ほど陶彫部品が出来上がり、乾燥を待っている状態です。全体構想はほぼ出来上がっていますが、エスキースを描くことはしません。床を4メートル四方使うため、ギャラリーせいほうの床を見積もってきました。最新作は床を這う作品になり、高さはありませんが、大きな面積を有する作品です。広大な丘陵をイメージしていますが、どうなるのでしょうか。また一歩ずつ焦らず休まずコツコツと作っていく所存です。日常を取り戻すことは、次なる目標に向けて動き出すことで、モチベーションを保つことが出来ます。私としては個展があろうがなかろうが、高いモチベーションを維持しつつ造形思索を深めていくことが、自分には最良のことだろうと思っています。梅雨がまだ続いていて、今日は梅雨明けのような青空が覗いたと思ったら、どしゃ降りの雨になって、不安定な天候でした。ちょっと早めに作業を切り上げて、デッサンに励む高校生を車で送りました。