2020.10.06 Tuesday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第48章「《カルフォルニア・シナリオ》」と第49章「ベイフロント・パーク」のまとめを行います。ノグチは1988年12月30日に84歳の生涯を閉じていますが、本書にある「ベイフロント・パーク」では、その完成を見ずに亡くなっているようです。そんなことも頭に入れて今回は最晩年の代表作品を取り上げます。まず「カルフォルニア・シナリオ」は成功例です。「象徴に満ちた庭を創造するにあたって、ノグチは日本の伝統に従った。ノグチによれば《カルフォルニア・シナリオ》の六つのセクションの意図はカルフォルニアを抽象的に表現する穏やかな舞台の創造である。そこには平和があるーなにもなく静かで、禅に似ている。だが、それぞれのセクションの完璧な設定と、ひとつのセクションとが対照性(有機vs幾何、硬vs軟、暗vs明、湿vs乾)によって、あるいはさまざまな素材すべての全体的な調和によって関係することから活力が生まれてくる。ノグチはただひとつのものからなる作品より、物と物とのあいだに関係のある作品を好んだ。なぜならば、それらは『おたがいのあいだにあるエネルギーを集め、おたがいに語りあっている』からだ。」これは私が主張する場の彫刻の概念であり、集合された立体が響きあう空間をノグチが既に造形していた証でもあります。私の集合彫刻の原点もここにあります。次に書かれていた「ベイフロント・パーク」は、トラブルが続いたようです。「《カルフォルニア・シナリオ》がすんなり誕生したのとは対照的に、マイアミのベイフロント・パークの再開発では争いと欲求不満と落胆とが何年も続いた。おそらくこれはノグチのプロジェクトのなかでもっとも不首尾に終わったものであり、ノグチは完成を見ずに世を去った。」このベイフロント・パークの状況を、私は以前に映像で見たことがあります。大変大きなプロジェクトで、海岸一帯が造形されていました。現在はどうなっているのでしょうか。市民の憩いの場になっていることを願っています。
2020.10.05 Monday
今年のRECORDは年間テーマとして色彩を取り上げ、毎月一色を選んでデザインを考案してきました。色彩は漢字一文字として和洋どちらの色彩でも可としました。10ヶ月間を振り返ってみると、私は西洋の色彩より日本の色彩を取り上げているケースが目立ちます。日本には渋めの色彩もあり、曖昧で香しい日本の情緒がよく表れているのではないかと改めて認識いたします。色彩には幅があり、また絵の具の滲みを使った表現も取り入れたこともありました。とりわけ風景描写には日本の古典絵画を参考にさせていただき、日本の絵師の卓抜とした描写力に畏れを抱きました。今月のRECORDのテーマは「茶」にしました。8月のRECORDのテーマ「苔」では、日本特有の「侘び」や「寂び」を表現しようとして江戸時代の絵画から運筆や掠れの具合などを学びましたが、こればかりは一夜漬けではどうにもならず、名画の足元にも及ばない結果になってしまいました。これは当然と言えば当然の結果ですが、懲りない私は今月も「茶」をテーマに古典から真髄を学ぼうと思っていて、無謀なチャレンジをしてしまうかもしれません。「茶」色は当然西洋の色彩にもありますが、日本の情緒を纏った色彩だなぁと常々思っています。今回は色彩だけを取り上げますが、「茶」には茶の湯の伝統があり、茶を点てる場では身分に関係なく、茶を囲んで懇親を深める機会があります。そうした機会を作った室町時代の茶人には驚くべき感性があったのかもしれません。日本の優れた文化を生み出した総合芸術としての茶道を、追々私は理解したいと思っています。「茶」という色彩に纏わるさまざまなことを考えながら、今月はRECORDを作っていきます。
2020.10.04 Sunday
今日は昨日に続き、陶彫制作に没頭した一日でした。座布団大のタタラはやや柔らかめで、立ち上げる時に裏から陶土を紐状にして貼り付けています。これは補強のためにやっていることで、タタラと紐作りの双方で高さ50cmになる立体を成形しているのです。立ち上げると木材のブロックを支えにして、暫く放置します。1時間ほどでやや硬くなり、加工に耐えられる強さが出てくるのです。面と面を繋ぎ合わせる時は、ヘラで何本も縦筋を入れ、そこにたっぷりドベを塗って接合します。ここにも裏から紐状の陶土で補強をすることを忘れないようにしています。この作業は可塑性のある陶土を使っているので一応モデリングと言えますが、制作工程で陶土を足したり削ったりすることはなく、削るとすれば彫り込み加飾になるので、通常のモデリングとは意味が違っています。と言うのは、最後の工程に焼成があるため、無垢で作ることができず、成形された内側は空洞にしてあります。そこが粘土による塑造とは異なるところなのです。これは陶彫の特徴ですが、立体の全体像は陶土を足したり削ったり出来ないので予めイメージしておく必要があります。今日の午前中は12点目の陶彫成形を行ないました。午後は前に作った陶彫部品の彫り込み加飾を行ないました。週末としては定番の制作ですが、作っている作品が異なっているので、前回と同じ作業にはなりません。新作は常に新鮮な造形試行があって、そこが楽しいと感じます。今日はお馴染みの美大受験生1名と文学を志すスタッフが1名、工房に顔を出しました。彼女たちは高校生で、これからの進路選択のために工房に通ってきているのです。夕方、彼女たちを自宅近くまで車で送りました。
2020.10.03 Saturday
10月の最初の週末がやってきました。昨晩は職場を早めに出させていただいて、叔母の通夜に家内と行ってきました。母の時と違い、新型コロナウイルス感染症拡大の影響がやや緩んで、通夜の参列が可能になっていました。それでも参列した人は多いとは言えず、葬儀そのものに影響が出ているのは確かです。叔母は享年88歳で、私とは幼い頃から親しい間柄でした。身近な人が亡くなると、私はつい死者を看取っている間中、自分の残りの人生を考えてしまうのです。私はいつまでこうしていられるのか、今生きていることはどういうことか、全ては夢幻に帰すかもしれない現在をどのように生きればよいのか、これは私の死生観に関わるものであり、その解答を探しつつ生涯を全うするのかなぁと感じています。それは私が創作活動をやっていることと深い関係があり、今生きていることの具現化が作品に表れているのだろうと思っています。創作活動は常に自分自身への問いかけであり、私の生きた証を示すものです。実際の魂は消えても創作に込めた魂は消えることはないと信じています。そこに私の魂が宿って生き続けているのかもしれません。そんなことを考えながら、今日は朝から工房に篭りました。朝8時から午後3時までの7時間を工房で過ごしました。午前中は土錬機を回して土練りを行い、畳大のタタラを掌で叩いて複数枚作りました。これは明日の陶彫成形のための準備です。午後は以前作っておいた陶彫部品の彫り込み加飾を行ないました。着実に制作サイクルを回しています。今日は多少気温が上がったため、汗が流れてシャツに染みを作りました。それでも真夏に比べれば、随分楽になりました。土曜日はウィークディの疲労が出ていることがあって、身体の動きは今ひとつ緩慢でした。ひと昔前と違って休憩なしに作業を続行することができず、ちょくちょく小休憩を入れました。明日は陶彫成形を頑張ります。
2020.10.02 Friday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第46章「人びとがいくところ」と第47章「想像の風景」のまとめを行います。表題にしたものは、今回の文章の中では一部分に過ぎないのですが、私の思いがあって選びました。第46章では初めにデトロイト中心街の噴水設計「ダッチ・ファウンテン」について書かれていました。「他のいくつかのプロジェクトと同様に、ノグチはコンペに勝つと噴水だけでなくプラザ全体のデザインもやらせてほしいと申し入れて仕事の範囲を拡大した。」次に登場するのが表題にした草月会館の「天国」で、私は数回ここを訪れています。「1974年10月13日、ノグチは丹下(建三)に宛てて、石を彫る和泉(正敏)にロビーの模型を送ったと書いている。地下の劇場上階にバルコニー席が設けられた関係で、ロビーには階段状の段差があり、空間は『ジッグラト〔階段式ピラミッド〕に似て』独特の形をしていた。ノグチの解決策は『階段状の石の丘、人びとがいくべき場所』をデザインすることだった。ノグチは草月会館で創出した空間を巨大な床の間と呼んだ。床の間は『日本家屋でもっとも神聖な場所…それは天国。そしてぼくがあそこ〔草月会館〕でつくったのは、そう、天国だ』。できあがったのはすばらしく生き生きとした白花崗岩の山で、青みがかった白花崗岩が何段にも重なり、ところどころ荒っぽく切り出した石の塊が散在する。空間全体は、上のテラスの水盤から精妙に流れ落ちる水でひとつにまとめられる。」次にノグチが取り掛かったのはニューヨーク州マウンテンヴィルの彫刻公園にある「桃太郎」という複数配置した石彫でした。第47章で注目したのはノグチの大規模な展覧会でした。「『ノグチの想像の風景』展は四室ー第一室は彫刻、第二室は舞台装置、第三室は建築プロジェクト、第四室は実現されなかった公共プロジェクトーを使って40年間にわたる仕事を俯瞰していた。~略~つねに批評家に誤解され、正しく評価されていないと感じていたノグチは、この称賛の奔流に満足したはずだ。個展が都市から都市へと巡回するにつれて、ほとんどの批評家がこの展覧会はノグチが20世紀最大の彫刻家のひとりであることの最良の証拠であると言った。」