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  • 汐留の「和巧絶佳」展
    東京新橋にあるパナソニック汐留美術館で開催されている「和巧絶佳」展に行ってきました。「和巧絶佳」とは何か、図録から引用すると「日本の伝統文化の価値を問い直す『和』の美、手わざの極致に挑む『巧』の美、素材の美の可能性を探る『絶佳』を組み合わせた言葉」だそうです。若い世代の12人の工芸家が出品している「和巧絶佳」展は見応えがあって、その精緻な技に思わず惹き込まれました。まず工芸とはどんな分野なのか、これも図録より引用します。「工芸とは、西洋的な意味での美術という領域から除外され、その周縁に位置づけられた種々雑多な造形表現が寄せ集められて形成された、いわば”寄り合い所帯”のようなジャンルということになる。~略~工業生産の規格化と量産化が進み、素材そのものの存在感が希薄な均質化された工業製品に囲まれた環境に慣れきってしまった現代の私たちにとって、手仕事の跡や素材感をそのまま表面にとどめた工芸の存在感は比類ないものといえる。~略~脱工業化社会のなかで手仕事に取り組む工芸家は、物質の表現者として人間の物質への欲望を喚起すると同時に、その代弁者として人間の物質への欲望を問いただすという背反する二つの役割を同時に担うようになったのであり、工芸には、人間の物質への欲望が両義的に映し出されているということができるだろう。」(木田拓也著)工芸は用途のある器を作るという概念が私にはありましたが、工業化時代から脱工業化時代を経て、人には手間暇をかけた手仕事への渇望があり、作品を手元に置いて美を享受したい欲求が、優れた工芸を生み出していることを理解しました。本展でも12人が12人ともその道で追求してきた成果が表れて、どれをとっても信じ難い表現と技巧が印象に残りました。私の好みで言えば、池田晃将氏の螺鈿を駆使した漆作品に度肝を抜かれました。小さいながら建築的な要素もあり、時間を忘れて見入ってしまうほどでした。もうひとつは鉄を使用した坂井直樹氏の作品で、錆と侘が幾何的な構成の中で凛とした佇まいを示していて、白壁に映えて美しいと感じました。まだまだ他の作品を取り上げればキリがなくなるのですが、「和巧絶佳」展ほど実物を見ることに価値がある展覧会はないと言えます。デジタルでは伝えられないものがそこにありました。
    美術館を巡った日
    今日は用事があって職場から年休をいただきました。用事はすぐ終わってしまい、残りの時間を横浜や東京の美術館巡りに充てました。ウィークディに展覧会を見に行く機会がなかなかなかったので、今日はラッキーな一日でした。休日であると混雑が予想される話題の展覧会に行くのは今日をおいて他にないと考え、地元横浜で開催している「バンクシー展」に足を運びました。今日は家内が付き合ってくれました。美術館巡りは突如決めたことだったので、「バンクシー展」のネット予約を入場前に行い、昼の時間帯のチケットを取得して会場に飛び込みました。ウォールペインティングから画業を始めたバンクシーは、その主題が社会的な意味を持つが故に世界各地で話題になり、私も一度その世界を見てみたいと思っていたのでした。バンクシーが多面的な表現手段を持っていることに私は驚き、ストリートだけではない魅力に圧倒されました。しかも横浜駅に隣接したアソビルという複合施設での会場作りにも興味が湧きました。「バンクシー展」にはウィークディにも関わらず、多くの人が訪れていました。詳しい感想は後日に回します。アソビル内の飲食店が集まった横丁で昼食を済ませ、東京の渋谷に向かいました。ホテルオークラの別棟にある大倉集古館で開催している「近代日本画の華」はテレビで知りました。1930年にローマで開催された日本美術展から90年が経って、当時の作品を並べた今回の展覧会は、極めて精緻に描かれた力作ばかりで、その表現や技巧に目を見張りました。日本の文化を日本画を通して世界に知らしめる目的があったようで、横山大観が団長を務めていたようでした。この展覧会の詳しい感想も後日にします。その後、時間を見計らいながら新橋に向かいました。汐留にあるパナソニック汐留美術館は過去幾度となく訪れた美術館で、ここでは「和巧絶佳」と称された超絶技巧による工芸展が開催されていました。しかも出品している工芸家が皆若い世代で、今後の日本の工芸界を支えていく有能な人材と認識しました。ここには夏に横浜そごうで個展をやっていた金魚絵師も出品していて、馴染みのある作品がありました。この展覧会の詳しい感想も後日にします。今日は午後から巡り始めた展覧会でしたが、バンクシーから始まり、近代日本画の代表格ばかりが揃った展覧会や、超絶技巧による工芸展を見続けてきて、家内も私も些か疲れました。家内が一日で回る展覧会は2つまでにしたいと言っていました。職場から年休をいただいたことで、つい欲張ってしまった一日でしたが、私には充実した時間でした。
    イサム・ノグチ 石壁サークル
    「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第44章「石壁サークル」と第45章「《自然のゆくてをさえぎる》」のまとめを行います。イサム・ノグチが残した代表的な石彫作品がどんな場所で作られたのか、四国を訪れた私が憧れを抱いた石壁サークルが登場してきました。「1969年以降、ノグチは四国に家とアトリエをつくり、一年の半分、通常は秋と春に三か月ずつをそこで過ごした。ノグチは石垣で囲んだ作業場、石壁サークルを建設。輪のなかにはしだいにノグチの彫刻が並びはじめた。そのひとつひとつが静かだが、それでもなお神秘的なエネルギーを放つ。ノグチは自分の最良の作品を手放そうとしなかったので、石壁サークルは仕事場だけでなく一種の野外美術館のようにもなった。~略~ノグチは牟礼の建物群をひとつの美術作品として形づくった。それはノグチがいつも探してきた天国ー目で見て手で触れるもののほとんどが自分自身の選択である場所ーだった。~略~何年もかけて、ノグチは牟礼にギリシャ寺院のたくましい簡素さと完璧なプロポーションを備える二棟の古い倉を加えた。」これは移築による建造物で、現在も室内工房と展示用のギャラリーになって残されています。次章では今もここに展示されている巨大な「エナジーヴォイド」が登場してきます。「石に鑿を打ちこむことで年齢に逆らい、個人的疎外感を回避できた。そのプロセスによって大地とのつながりを感じることができた。ノグチにとっては大地とのつながりが、おそらく人間との絆よりも重要であった。~略~『空』の彫刻は穏やかな一方で、非実存への扉のように見える。おそらく『無』の概念がノグチに明晰と平穏の可能性を提供したのだろう。門に似た彫刻はまた鳥居ー神道の神殿に導く門ーも連想させる。ノグチの門をくぐることは、より霊的な世界の戸口における浄めのフォルムかもしれない。事実、牟礼のノグチ美術館にある高さ12フィートの《エナジー・ヴォイド》は《天国の門》としても知られている。」この大作は嘗て東京都現代美術館で開催された大がかりな「イサム・ノグチ展」にやってきました。牟礼のイサム・ノグチ庭園美術館以外で、この作品を見たのは私は初めてだったと記憶しています。
    週末 8点目と9点目の陶彫成形
    新作は直方体の陶彫部品が数多く並ぶ風景を創出させる予定です。その直方体は単体もあれば3層に積み重なったものもあります。3層の陶彫部品は、上部の凹んだところに次の陶彫部品を積み重ねていく方法を取っていて、3層が重量としては限界かなぁと思っています。陶彫は焼き物である以上、窯の容量に陶彫部品の大きさが限定され、最大のモノは窯に1点しか入りません。大きな彫刻にするためには陶彫部品を集合体で見せるしか方法がなく、1年間をかけて制作工程を考えながら丹念に作っていくのです。陶彫は毎週末に部品を1点ずつ作り上げ、まとまった休みになるとプランを増やします。今日は昨日準備したタタラで、2点の陶彫部品の成形を作り上げました。2点とも3段目になる小さめの陶彫部品だったので2点同時に作れたわけです。成形した部品に施す彫り込み加飾は次の機会に回すことにしました。今日までで合計9点の陶彫部品が立ち上がっていますが、そのうち6点が彫り込み加飾が終わって、乾燥を待っている状態です。毎年窯入れは11月頃を目安にしているので、今年も寒くなってからにしようと思っています。工房周辺は草刈りを頼んだので、雑草がほとんどなくなって、畑の道が歩きやすくなりました。そうしないと大小の草で歩道が遮られてしまうのです。自宅の周辺も草刈りをしてもらいました。草刈りは亡父の従兄弟がやってくれます。亡父が存命の頃から造園をやっていたので、安心して任せられるのです。今日はお馴染みになった2人の美大受験生がデッサンや平面構成をやりに工房に来ていました。彼女たちの受験はまだ先なので充分時間を取って準備をしているのですが、毎週来ているため、少しずつ作品が上達してきました。受験というゴールがあるのはいいなぁと私は横目で見ています。夕方、彼女たちをそれぞれの自宅の近くまで車で送り届けて、今日の工房での仕事を終えました。
    週末 積み重ねる作業の合間で…
    週末になりました。今日は雨模様で気温も上がらず、凌ぎ易い一日になりました。朝8時に工房に出かけ、明日の成形のためにタタラを用意したり、前の陶彫成形でまだやり残している彫り込み加飾を行ないました。週末になると工房で黙々と作業をやっています。今日は午前8時から午後3時までの7時間を工房にいました。作業は単調ながら、次はこの部分を作ろうと思っていて、新作に向けた意欲は充分にありました。私の作品は一気呵成に出来るものではなく、コツコツとした積み重ねで全体のカタチが現れてきます。まだ全体構成の10分の1というところでしょうか。それでも最初の陶彫制作は新作の方向性を決めていくので、量的にまだ少なくても制作工程から見れば、重要な導入部分になります。私は小さなところで生きがいを感じることが出来る性格なので、新作に対する不安や彫刻そのものに対する意義などを問いながら、そこに孤独や虚無は感じずにいます。寧ろ自己表現が定まらなかった若い頃の方が、彫刻に対し複雑な感情を持っていたような気がしています。私が生涯を賭けて何かやったところで徒労に終わるのではないかと、その頃は感じていました。創作活動とは何か、何十年も常に私の頭を過ぎっていますが、私は先を見ず、目の前のことだけを考えて一歩ずつ進むことを選びました。私はすぐ達成出来る小さな目標を持つことにしたのです。今日はここまでやったら今日の目標達成と考えて日々過ごしています。足元だけ見て作業を積み重ねているうちに作品は出来上がってきます。それは登山に似ているように思います。私の彫刻作品は労働の蓄積です。不器用で寡黙ながら只管作る、焦らず休まず作ることが私の信条です。作品は自分自身を表していて、格好つけて洒落て作れば、それなりの作品になり、なり振り構わず追求すれば、それに応える作品になると考えます。小手先で終わらないために、今日やっている作業には意味があると言い聞かせて、地道な作業をやっていました。積み重ねる作業の合間で、自分自身の方向性を確認し、明日に繋げていきたいと思いました。夕方は修理に出した家内の邦楽器を車で引き取ってきました。ちょっとした息抜きになりました。