2020.09.21 Monday
四連休3日目になりました。今日は朝から工房に篭って、いつものように制作三昧でした。昨日タタラを準備したので、今日はそれらを使って10点目の陶彫成形を行ないました。気温が涼しくなってきたので、夕方3時まで作業を続けました。昨日、東村山市立中央公民館に行って師匠にお会いし、その作品展を見て刺激をもらって帰ってきました。真鍮直付けによる具象を追及する池田宗弘先生の世界と、陶彫部品を集合させ架空都市を構築する私の世界は、まるで異なっていますが、制作姿勢に関することは池田先生に学ぶことが多く、今後も素材に真摯に向き合っていく姿勢を持ち続けていきたいと思っています。常に作品に全力投球していくことが私のやり方で、一気呵成に作れないところは師匠と同じかもしれません。制作の途中で視点を変えると、次のステージになるであろう世界がやってくるのも同じで、それ故に池田先生も私も同一素材で何十年もやっていけるところが似ているなぁと思っています。先生が人のやっていない真鍮直付けを始めたことに関連して、私の陶彫もあまり人がやっていない技法で、自らのイメージを具現化するために修得した方法なのです。私の場合は最後の工程に焼成があります。人の手が入らない領域ですが、この擬似錬金術があるために陶彫は一層面白くなります。陶彫成形も彫り込み加飾も仕上げも化粧掛けも全て焼成の成功を祈願してやっているようなものです。ということで今日の陶彫成形は10点目に入りました。10点目は中くらいの大きさで、背丈が高い部品です。今日はいつものように美大受験生が2人工房にやってきていました。普段はそれぞれ高校に通っているので、この四連休はゆっくりできて楽しそうでした。夕方、彼女たちを自宅の近くまで車で送り届けました。
2020.09.20 Sunday
四連休2日目になりました。以前から計画していたことですが、今日は家内と車で東京にある東村山市立中央公民館へ出かけました。同館の1階会場で、私の師匠である彫刻家池田宗弘先生が個展を開催していて、午後2時からギャラリートークが予定されていたため、その時間帯に合わせて横浜の自宅を出たのでした。そうは言っても私は自らの創作活動の制作工程があって、今日のノルマを果たさないわけにはいかず、早朝5時半に工房に行って土練りと数枚のタタラを作りました。午前10時までに自宅に戻り、そこから車で出かけましたが、東名高速や府中街道で渋滞に巻き込まれて、東村山市に到着したのは午後1時半になっていました。片道2時間半、横浜から見れば東村山は遠方にあり、往復で5時間も私は車を運転していたことになりました。今年は東村山市立中央公民館の開館40周年に当たるそうで、文化・芸術シンポジウムも開催されていました。コロナの感染症で亡くなったコメディアン志村けんさんが東村山を有名にしたこともあり、初めて訪れた東村山は一目で暮らしやすそうな街だなぁと感じました。池田先生は今年81歳で、背筋がピンと伸びて元気溌溂な姿が見られて、私たちは安心しました。何と言っても先生は私たちの結婚式の仲人でもあるのです。ギャラリートークでは先生の若い頃の話があって、私はいつぞや聞いた話かもしれませんでしたが、改めて興味を持ちました。当時は24時間を8時間ずつ3つに分け、アルバイト、創作活動、生活に必要な時間に決めてやっていたそうで、そんな不安定な状態を「不安定のなかの安定」という作品に昇華したこと、それがサーカス・シリーズになり、また制作中に視点を変えることで、別のシリーズに発展したことなどを話してくれました。素材についても粘土で塑造をすることから出発して、金属を使うことで実際の量感を削り、隙間を空けられたことや、一場面の風景として造形が出来たことなど、真鍮直付けよる現在の作品に至る過程が印象に残りました。会場には数十人の鑑賞者がいて、ギャラリートークは盛況でした。彫刻は大小8点、スペインのロマネスク教会の扉のレリーフを描いたデッサンが数多く壁に掛けられていて、まさに池田宗弘ワールドが広がっていました。私は久しぶりに先生の作品に接し、刺激をもらいました。今日はここまで来て良かったと思いました。
2020.09.19 Saturday
今日から四連休が始まりました。創作活動に邁進するつもりですが、あんなに辛かった酷暑もなくなり、朝晩は凌ぎ易くなったため身体に疲労が出ているらしく、気力が今ひとつ保てません。それでも今日は朝8時に工房に出かけました。この四連休では新作の陶彫部品をもうひとつ作ろうと考えていて、それまでに彫り込み加飾が出来ていない数点の陶彫部品を早く仕上げてしまおうと思っていたのです。彫り込み加飾は制作工程では一番時間がかかります。成形が、立体として立ち上げる彫刻的な作業とすれば、彫り込み加飾は工芸的な作業です。彫り込み加飾は、文字通り陶土の表面に彫り込みを入れて文様を浮かび上がらせる作業で、土練りや仕上げの作業からすれば、成形の次に面白い作業です。彫り込み加飾を施すことで、自らの世界観が現れてくると言っても過言ではありません。私は陶土に粗い土を使っているため、緻密な加飾は出来ませんが、それでも2ミリ程度の彫り込みは可能です。ぼそぼそした陶土をヘラで処理しながら、コツコツとした作業を進めていきます。土練りのような腕や足腰を使う作業ではなく、身体を動かさない分、彫り込み加飾は蓄積された疲労が出易くなるのではないかと思っています。今日は午後3時までの7時間を只管彫り込み加飾に費やしました。ずっと座っていたため、うーんと伸びをして工房を後にしましたが、一日中彫り込み加飾だけをやっていると精神的に辛くなると改めて思いました。工芸家の方々の集中力は凄いものだなぁと感じます。夕方は家内と買い物に出かけ、職場で使うマスクなどを大量に買ってきました。フェイス・シールドも買ってみました。家内は植物の土などを買っていましたが、毎年個展に知り合いの呉服屋さんから大きな蘭の花が届きます。個展の後、自宅に飾っていますが、もう一度花を咲かせようと家内は奮闘しているのです。一昨年頂いた蘭の花が今年は咲いたので、目下研究をしている最中です。
2020.09.18 Friday
横浜駅に隣接するアソビルで開催されているバンクシーの全貌を示す展覧会は「バンクシー展 天才か反逆者か」というタイトルがつけられています。路上に描かれたバンクシー作品はすぐ消されてしまうだけに、世界中のコレクターから作品を収集しなければ成り立たなかった展覧会ではないかと思います。一口で言えばバンクシーの世界は、ストリート・ギャングから派生したならず者のアートと言っても過言ではありません。現代の抱える矛盾や問題を挑発的に発信するアートは、常に物議を醸し出し、バンクシー自身も謎に包まれているアーティストという存在を示しています。展覧会に出品された作品はじっくり鑑賞するものではなく、瞬時にプロテストを理解するもので、そうしたあらゆる場面での主張がバンクシーの世界の醍醐味と言えるでしょう。図録から引用します。「メッセージを発信するなかで、彼はサルやネズミ、警官、イギリス王族の人々といったキャラクターを繰り返し使用し、ステンシル(孔版画)の技法を用いてこれらを描いていく。そもそもこの方法を使うようになったのは、すばやく制作でき、警察に見つからないようにとの理由からであった。」という解説がある通り、バンクシーは風刺の効いた一撃をアートを媒体にして行っていました。バンクシーの言葉が図録にありました。「私にとって、グラフィティとは驚きだ。これに対して、ほかのアートは間違いなくどれも一歩遅れている。グラフィティの世界以外でアート活動しているとしたら、それは低いレベルでやっているということだ。ほかのアートは得るべきものが少ないし、意味も力もあまりない。」反抗的な動きをするアーティストは、一昔前から比べれば少なくなっているように思いますが、そんななかで活躍するバンクシーは評価に値すると私は考えています。アートは社会矛盾への発信という役割が確かにありますが、敢えて言えばそれだけではありません。即興的なグラフィック・アートばかりをバンクシーは言葉に取り上げていますが、そこは議論のあるところでしょう。いずれにしても世界的に話題性のあるアーティストがどんな世界観を持っているのか、一見する必要があると思います。
2020.09.17 Thursday
東京港区虎ノ門にある大倉集古館へこの歳になって初めて足を踏み入れました。若い頃から美術館巡りをしているにも関わらず、大倉集古館には行かなかったのが不思議なくらいです。調べてみると大倉集古館は日本で最初の私立美術館で、その独特な東洋的外観は建築家伊東忠太によるものです。内装は空想上の動物たちのレリーフのついた柱などがあって不思議な雰囲気があります。今回の展覧会は1930年にイタリアのローマで開催された日本美術展に出品された日本画の秀作を集めたもので、見応えとしては充分ありました。目を留めた作品としては竹内栖鳳の「蹴合」があります。二羽の軍鶏が戦う闘鶏の一場面を描いたものですが、体毛が逆立ち、目で相手を威嚇している様子は迫力満点でした。「これらの羽毛は、筆の穂にたっぷりと水分を含ませ、その穂先に絵具を吸わせて、筆をねかせて引くと、色彩のグラデーションが生まれる。これは円山・四条派の伝統的な〈付け立て〉と呼ばれる技法だ。」と解説がありました。次に印象に残ったのは河合玉堂の「高嶺の雲」です。一緒に行った家内が、屏風に広がった山脈の遠近感に感動していました。「何と壮大な空間であろうか。左隻に主峰ひとつ描かず、雲海のみで画面をもたせている。それはひとえに、右隻の主峰が力強く峻厳に描かれているからである。」解説の通りで、離れて本作を見ると空間の解釈の凄さがよく分かります。その他並んだ作品はどれも緻密で、表現に深さを感じさせるものばかりで、イタリアで日本画をアピールすることに文化国家の命運をかけていたのではないかと思いました。最後にこの巨匠を取り上げないわけにはいきません。その人は日本美術展代表を務めた横山大観で、当時の写真にはローマ展会場で羽織袴を身に着けて挨拶をしている大観の様子がモノクロ写真に写されていました。横山大観は「夜桜」という大作を出品していました。「大観は日本画の良さをイタリア人に示すため、琳派の要素を強く押し出そうとしたのだろう。~略~制作にあたり、大観は上野公園の桜を写生し、何度かの大幅な書き直しを経て一気呵成に本作を仕上げたという。」確かに「夜桜」を見ると派手な表現が目につき、いかにも外国人好みに合いそうな作風になっています。それでも高水準を保っているところは、さすが大観だなぁと思いました。