2020.09.13 Sunday
新作は直方体の陶彫部品が数多く並ぶ風景を創出させる予定です。その直方体は単体もあれば3層に積み重なったものもあります。3層の陶彫部品は、上部の凹んだところに次の陶彫部品を積み重ねていく方法を取っていて、3層が重量としては限界かなぁと思っています。陶彫は焼き物である以上、窯の容量に陶彫部品の大きさが限定され、最大のモノは窯に1点しか入りません。大きな彫刻にするためには陶彫部品を集合体で見せるしか方法がなく、1年間をかけて制作工程を考えながら丹念に作っていくのです。陶彫は毎週末に部品を1点ずつ作り上げ、まとまった休みになるとプランを増やします。今日は昨日準備したタタラで、2点の陶彫部品の成形を作り上げました。2点とも3段目になる小さめの陶彫部品だったので2点同時に作れたわけです。成形した部品に施す彫り込み加飾は次の機会に回すことにしました。今日までで合計9点の陶彫部品が立ち上がっていますが、そのうち6点が彫り込み加飾が終わって、乾燥を待っている状態です。毎年窯入れは11月頃を目安にしているので、今年も寒くなってからにしようと思っています。工房周辺は草刈りを頼んだので、雑草がほとんどなくなって、畑の道が歩きやすくなりました。そうしないと大小の草で歩道が遮られてしまうのです。自宅の周辺も草刈りをしてもらいました。草刈りは亡父の従兄弟がやってくれます。亡父が存命の頃から造園をやっていたので、安心して任せられるのです。今日はお馴染みになった2人の美大受験生がデッサンや平面構成をやりに工房に来ていました。彼女たちの受験はまだ先なので充分時間を取って準備をしているのですが、毎週来ているため、少しずつ作品が上達してきました。受験というゴールがあるのはいいなぁと私は横目で見ています。夕方、彼女たちをそれぞれの自宅の近くまで車で送り届けて、今日の工房での仕事を終えました。
2020.09.12 Saturday
週末になりました。今日は雨模様で気温も上がらず、凌ぎ易い一日になりました。朝8時に工房に出かけ、明日の成形のためにタタラを用意したり、前の陶彫成形でまだやり残している彫り込み加飾を行ないました。週末になると工房で黙々と作業をやっています。今日は午前8時から午後3時までの7時間を工房にいました。作業は単調ながら、次はこの部分を作ろうと思っていて、新作に向けた意欲は充分にありました。私の作品は一気呵成に出来るものではなく、コツコツとした積み重ねで全体のカタチが現れてきます。まだ全体構成の10分の1というところでしょうか。それでも最初の陶彫制作は新作の方向性を決めていくので、量的にまだ少なくても制作工程から見れば、重要な導入部分になります。私は小さなところで生きがいを感じることが出来る性格なので、新作に対する不安や彫刻そのものに対する意義などを問いながら、そこに孤独や虚無は感じずにいます。寧ろ自己表現が定まらなかった若い頃の方が、彫刻に対し複雑な感情を持っていたような気がしています。私が生涯を賭けて何かやったところで徒労に終わるのではないかと、その頃は感じていました。創作活動とは何か、何十年も常に私の頭を過ぎっていますが、私は先を見ず、目の前のことだけを考えて一歩ずつ進むことを選びました。私はすぐ達成出来る小さな目標を持つことにしたのです。今日はここまでやったら今日の目標達成と考えて日々過ごしています。足元だけ見て作業を積み重ねているうちに作品は出来上がってきます。それは登山に似ているように思います。私の彫刻作品は労働の蓄積です。不器用で寡黙ながら只管作る、焦らず休まず作ることが私の信条です。作品は自分自身を表していて、格好つけて洒落て作れば、それなりの作品になり、なり振り構わず追求すれば、それに応える作品になると考えます。小手先で終わらないために、今日やっている作業には意味があると言い聞かせて、地道な作業をやっていました。積み重ねる作業の合間で、自分自身の方向性を確認し、明日に繋げていきたいと思いました。夕方は修理に出した家内の邦楽器を車で引き取ってきました。ちょっとした息抜きになりました。
2020.09.11 Friday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第42章「小麦そのもの」と第43章「赤い立方体、黒い太陽」のまとめを行います。いよいよノグチが晩年に差し掛かり、私が最も影響を受けた代表作品が登場してきます。1960年代半ばには彫り跡を残し、磨いた面や加工した面を織り交ぜて充実した空間を有する石彫群が生まれました。同時に和紙と竹による「あかり」が登場しました。「《あかり》は、アートは日常生活の役に立つ一部となりうるというノグチの考え方を完璧に表現する。~略~ノグチがたえずデザインをしなおしたことが、店にとっては《あかり》を売りにくくした。ノグチはランタンを非対称にすることでコピーをほとんど不可能にし、ときには竹の助材を取り去った。~略~ノグチが《あかり》に感情的に執着したのは、一説によれば子ども時代の父親の記憶と関係があるという。ノグチが月を見るまで寝ないと言い張ったとき、父親は障子の反対側に明かりをおいた。~『日本というバックグランドは、ぼくに簡素なものに対する感性をあたえた。それはぼくに、より少ないものでより多くをおこなうこと、そして自然をそのディテールすべてのなかで認識することを教えた。たとえば小麦が加工されたら、麦粒には似ていない。小麦を味わいたかったら、パンは食べない。ぼくの彫刻は小麦そのものなんだ。』」次の章ではマリーン・ミッドランド銀行の広場に設置された金属による巨大な赤い立方体に関することから始まり、やがて石彫による「黒い太陽」が登場します。「歳月を重ねるにつれて、ノグチはしだいに日本に多産する花崗岩と玄武岩を彫るというむずかしい仕事に惹かれていった。~略~和泉は讃岐岩、それから地元の庵治石から円盤の切り出しにとりかかった。一年後、四国にもどったノグチは感心した。1968年以降、和泉正敏はノグチの生活と仕事にかけがえのない存在となる。間もなくノグチも牟礼の和泉家の所有地にアトリエを構え、和泉の協力を得て、これ以降の作品のほとんどをそこで制作することになる。そのなかでも最大のひとつはシアトル美術館の《黒い太陽》である。~略~たしかに《黒い太陽》は動きに満ちる。永遠の静止を内包しているように見えてなお、光が変化するにつれて花崗岩のへこみとでっぱりのおかげで輪は転がるように見え、それが彫刻に瞬間性をあたえている。」私が複数回訪れたイサム・ノグチ庭園美術館設立の起源がここにありました。
2020.09.10 Thursday
「地面が庭園の一部であるのと同じように、床を彫刻の一部である場所、あるいは平面と考えた。~略~ノグチは、日本では地面に据えられた岩は『下にある原始の塊体から突き出す突起を表現している』と言った。庭園の構成要素は、鑑賞者の想像のなかで大地の下で結合される。」という一文は、「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)の中でイサム・ノグチより提唱された彫刻の在り方に関するものです。彫刻の台座を取っ払い、彫刻が置かれた地面を表現の一部にする考え方に、私は大いなる共感を覚えました。また原始の塊体から突き出す突起を表現しているという発想も、まさに私自身の陶彫による集合彫刻に通じていて、この時代にイサム・ノグチが既に思考していた彫刻の概念に感じ入ってしまいました。彫刻にとって台座とはどんな意味を持つのでしょうか。絵画における額縁と同じで、芸術品は美術館で鑑賞するものという前時代的な概念があるために台座を用意していると言えるでしょう。私も人体を塑造している時は台座も作っていました。その頃の彫刻は生活とは切り離した表現であったのですが、彫刻が建築を初めとする環境造形に進出してから、彫刻的世界が生活の中に取り込まれていったように思っています。造園家だった亡父が造営していた庭園の考え方に彫刻が歩み寄ったと私はふと思いつき、私自身も立体概念が変わっていきました。まさにイサム・ノグチ的空間転換だったと思い返しています。私の「発掘シリーズ」は大地から突き出した造形物をイメージしていて、本書にある通り、鑑賞者の想像のなかで大地の下で結合される要素があります。ただし、現代彫刻における台座は不要なのかというと、そうではありません。台座の上の彫刻を鑑賞するための台座ではなく、台座そのものも表現の一部になっているケースもあるからです。たとえばジャコメッティの針金のような人体は台座が重要な表現になっています。台座を表現の一部にした作品は、台座まで鑑賞の対象になります。芸術品の展示方法は時代を反映していると改めて感じてしまうこの頃です。
2020.09.09 Wednesday
「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)の小節のまとめを行います。本書の本論は初めに第一篇「客観的な形式論理学の諸構造と範囲」があり、その中の第1章として「命題論的分析論としての形式論理学」が掲げられています。そのうちの第18~22節を読み終えました。第22節で第1章が終了しますが、難解な言い回しに何度も悩みつつ、今回も章ごとに気になった文章を書き出して、それでまとめにさせていただきます。第18節は単純な分析論の根本問題と称された章でした。「任意の諸判断がそのまま、しかも形式的にのみ一つの判断に統合されうるのはどういう場合であり、しかもどのような諸関係で可能であろうか?」という問いかけが本章ではありました。第19章では可能な真理の条件としての無矛盾性という命題があって、私には次の文章が気に留まりました。「今ここでは始めから判断はただたんに判断として考えられているのではなく、認識の努力に支配される判断として充実されるべき思念、すなわち〈判明性にのみ由来する所与という意味での対象自体ではなく、目指す《真理》そのものへの通路となる思念〉として考えられているのである。」第20章では単純な分析論における類似の諸原理について述べられていました。論理が展開する中で結論めいた部分を見つけたので、これを引用しますが、これだけ抜き出しても意味が通らないとは思います。「〈直接的な分析的帰結それ自身の直接的な分析の帰結はやはりまた、それぞれの理由の分析的な帰結だ〉ということであり、このことからは〈任意の間接性の帰結自身も、この理由の帰結だ〉ということが整合性として明らかになる。」第21節は最広義の判断の概念です。「最広義の判断の概念は、混乱、判明、明確の違いを意に介さず、これらの差異を故意に無視する概念である。」第22章は今までのまとめになった箇所がありました。「無矛盾性の形式論理学と真理の形式論理学をわれわれが分離したのは斬新なことではあるが、この分離はいまでは各用語についても広く一般に知られている。これらの用語は〔従来とは〕まったく別のことを、すなわち《認識の》具体的な《題材》を無視する形式論理学の問題設定一般と、何らかのかなり広い(もちろん明確に把握されていない)意味で論理学の側から提起された諸問題との間の区別を考えていた。」今日はここまでにします。