2025.10.16 Thursday
先日の月曜日、急遽師匠に会いに国立新美術館に出かけることになり、その前日に窯入れを行ないました。焼成から作品を取り出すのに3日間を要するので、昨日の水曜日に窯出しを行なって、すぐ作品を入れ替えて窯のスイッチを入れました。再び窯が稼働中になり、今日も月曜日と同じで、工房での作業は出来ませんでした。窯を焚いている時は、窯以外の電源を落として、窯が問題なく稼働できるようにしているため工房での作業は休むのです。そのため今日は東京の美術館2ヶ所に出かけました。家内は演奏活動がなかったために美術館巡りにつき合ってくれました。最初に訪れたのは六本木にあるサントリー美術館で、ここで開催している「絵金」展は、江戸時代後期から明治時代初期に活躍した絵師金蔵による芝居絵屏風や絵馬提灯などがあり、通常目にする浮世絵とは違う印象を持ちました。土佐(高知県)という地方が活躍の舞台だったためか、土着性の強い色彩や芝居のドラマ性を際立たせた構図を見ていると、血生臭い雰囲気が伝わってきて、相当強いインパクトがありました。私が大学生の頃、夢中になったアングラ演劇を思い出したのも、むべなるかなと納得していました。現在でも祭礼に使われる絵柄であることが分かり、図録から詳しい内容を引用して、さらに別稿を起こしたいと思っています。次に向かったのは汐留で、パナソニック汐留美術館で開催している「ウィーン・スタイル」展でした。副題を「ビーダーマイヤーと世紀末」としていて、つい先ほど見ていた「絵金」とは180度違う作風に、視覚芸術の幅広さを実感しました。ここで展示されていたウィーン工房による幾何学的なデザインやアール・デコ調の家具がある会場の雰囲気は、私には馴染みのあるものでした。これも私が大学を卒業してウィーンで暮らしていた頃に、比較的身近なものだったので自分には新鮮さがないものの、よくぞこれだけ収集してきたなぁと感心しました。「ウィーン・スタイル」展の詳しい感想は後日改めます。今日は充実した一日でした。
2025.10.15 Wednesday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「いつまでも…終わってほしくないほどのものが、幸福な生なのに、終わるからこそ幸福であるというパラドックス 古東哲明」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「面白い映画も、果てしなく続けば『退屈どころか、不気味』だ。マラソンもゴールがあるから苦役にならない。同じように、ずっと続いてほしい幸福な人生もエンドマークがあるから愉しめるのだと、哲学者は言う。眼の前の光景も〈死〉という終わりのほうから見つめると、『とたんにやさしい光をおびて』くると。『思考の平均律』から。」昨日のNOTE(ブログ)に書いた「カタチあるものはすべて壊れる」のは、何も物質に限ったことではなく、私たちの人生にも言えることで、人には必ず死が訪れます。それは頭で理解していても、若かった私には実感が伴わず、自らの死をイメージすることが出来ませんでした。身近な人、たとえば祖父母や両親が死を迎えたことで、死を徐々に実感するわけですが、私は心のどこかで死を恐れているのも確かです。母が他界した時に、自らの死生観を考えるために、ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」の中にあった死生観に関する箇所を熟読していました。人生にはエンドマークがあるからこそ充実するということも私は分かっていて、自分の創作活動もそのゴールに向かって突っ走っている意識はあります。死があるからこそ生が輝くのは、私が若い頃過ごしたウィーンに栄えた世紀末芸術の真髄で、自分が若かった時代に死がイメージできなくても、その爛熟した美しさを堪能してきました。生きる実感は終わりがあるからだと考えるのは、あるいは健康な精神状態かもしれず、それを受け入れて愉しんでいこうと思うのは私一人ではないと思っています。
2025.10.14 Tuesday
「廃墟論」(クリストファー・ウッドワード著 森夏樹訳 青土社)の5つ目の章は「模範とすべきはかなさ」という題がついています。「キリスト教では個人の死が、最後の審判の日に万人が復活するためには、ぜひとも必要なプレリュード(前奏曲)とされていた。廃墟はこのプロセスの完全なメタファー(隠喩)だった。つまり廃墟は皮膚の下のしゃれこうべだという。建造物が壮大であればあるほど、その骸骨はいっそう効果的に人間の誇りの虚しさを提示する。ローマの廃墟は巨大な規模で示された警告=メメント・モリ(〔なんじは死を覚悟せよ〕)なのである。1462年に教皇ピウス二世が、古代のモニュメントを破壊から保護する法令をはじめて導入したとき、彼がそれを発令した理由のひとつは、『模範とすべきはかなさ』を示す記念物の光景をなんとかして保存したいと思ったからだった。~略~衰亡や崩壊はすべての人間の身にかならず起こることだった。これは別の言葉でいえば、最後の審判のラッパが『時』の終わりを告げるとき、人間の作った建造物はことごとく崩壊するということである。農夫の草ぶきの小屋から皇帝の光輝くドームまで、崩壊を逃れる術はない。『裁きの日』の恐ろしい光景は、崩れ落ちた円柱やオベリスクなどによって視覚化されている。」カタチあるものはすべて壊れるという諺通り、はかなく砕け散った物質を見るにつけ、芸術性豊かな建築が崩れ落ちた光景を見ると、同じ領域に入る彫刻も、同じ運命にあると私は思っています。その廃墟を鑑賞の対象とした詩人は、人間の感性の広がりを認めたことで、本書が成り立つ要因になっていると私は考えます。「いち早く新しい『虚しさ』の材料を見つけ出したのは詩人だった。その材料とは800に及ぶ中世の修道院の廃墟である。それはヘンリー八世によって差し押えられ、掠奪され、売却されたものだった。寒々として寂しげな石の骸骨が、あたかも恐竜の骨のように田舎や町のあちらこちらに散在していた。そこを通り過ぎる人たちにとって、廃墟はあまりに生々しく、むき出しで、痛々しいまでに自らを語っているように見えた。それは現代でいえば、空爆によって崩れた建物の残骸を見るようなものだ。したがって、廃墟を最初に称賛した人々は、廃墟が目に訴えかけてくるより、むしろ魂に訴えかけてくるのを感じた。」今回はここまでにします。
2025.10.13 Monday
例年この時期は国立新美術館で「自由美術展」が開催されていて、師匠の彫刻家池田宗弘先生が出品しています。今年は案内状が先生から送られてこないので、心配をしておりました。今日が同展の最終日なので、昨日先生に電話をしたら、お元気な声が聞けて私は安心しました。先生は86歳という高齢なので、何があってもおかしくないと思っていました。身体が痛い日があって作業は難儀していると、先生にしたら珍しく弱音を吐いていましたが、真鍮直付けという技法は溶接が多く、同じ姿勢で作業をしなければならないため、身体への負担は相当のものだろうと察しました。今回は締め切りギリギリまで制作をして、なお未完成で搬入をしてしまったようで、数十年間も同展に出品された先生の作品で、未完成の作品を私は初めて見ました。他の作家から鋳造と言われていた作品が真鍮直付けだったことが、図らずも露呈してしまった形になりましたが、独特な制作技法を持つ先生の個性が際立つ結果になったわけです。昼頃、同展の会場にいたら池田先生が現れました。長野県の聖山高原から東京の六本木に、先生は搬出作業にやってきたのですが、彫刻出品者の控室に案内されて、私は久しぶりに先生と積もる話が出来ました。先生の制作意欲は衰え知らずで、今回未完成の作品「修道士と悪魔」を近いうちに完成させて、どこかで発表をしたいとおっしゃっていました。先生は以前住まわれていた東京秋津の工房兼住居を売り払って、現在は長野県だけで工房を一本化したため、気持ちは随分楽になったようです。先生が奥様を亡くされて、たった一人で長野県の山奥に暮らしている生活を、私は時折思い返しては、高村光太郎状態の池田先生にとって孤独に悩まされることはないのだろうかと思うことがありますが、創作活動がそれを救っているように思われます。私も工房にいて作業をしている時は孤独を感じず、この状態があらゆる生活面でも続いているのだろうとイメージしています。今日は予定を変更して国立新美術館まで出向いて、池田先生にお会いできたことを嬉しく思いました。
2025.10.12 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今回取り上げる内容は雛型と小品についてです。先週から新作の陶彫小品を作り始めていて、自分としては集中しながら、制作はいい具合に進んでいるなぁと思っています。小品はギャラリーで展示する際に彫刻用の台に乗せるものという意識で作っています。私は個展に数点の小品を出していて、「球体都市」や「陶紋」という題名をつけて、シリーズにして通し番号を振っています。通常は大きな陶彫部品を組み合わせた集合彫刻を、床置きにして出品していますが、同時に小品も欠かさず展示しているのです。小品と言えども片手間で作れるはずもなく、通常の作品と同じくらい気持ちを込めていきます。雛型は通常の作品をそのまま小さくして作るもので、実験的な意味合いが強くなります。私は過去にあまり雛型を作っていませんが、新しい試みをする時に、その構成が力学的に大丈夫か、また形態の角度を求めたり、作品が立体として成り立たせるために雛型を作ってみるのです。それは小品のように隅々まで作品化を図るものではなく、陶土ではなく紙で作る場合もあり得ます。しかしながら、雛型と小品の区別がつかない作品も存在します。当初は雛型として作っていたものが、小品としての面白さが出てきて、敢えて陶土によって作り直したものもあります。雛型は自分の納得を得るためのメモ程度に考えていたものが、これを人に見せてもいいのではないかと思い直し、小品として作り上げてしまう例です。また、こんな一例もありました。名のある抽象彫刻家の回顧展で、雛型ばかりを集めた一角があって、きっとそれは作家が発表するつもりはなかったものを、展覧会の一部に展示したものでした。私はそれに大変興味関心を持ちました。作家の内面を覗き込んだような気になって、抽象彫刻を作る過程の思考回路が分かる展示だったからです。雛型と小品は、作家によってそれぞれ異なった見解があると思います。制作の背景を探ってみるのも展覧会鑑賞の醍醐味かもしれません。