2025.11.05 Wednesday
「宗教図像学入門」(中村圭志著 中公新書)の最初のパート「教えの本質と象徴化」は3つの章から成り立っています。まず「第1章 十字架と法輪」次に「第2章 空と偶像禁止」さらに「第3章 三位一体と三神一体」があり、第1章では信者数の多いキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教のシンボルマークを扱っていました。第2章から次の内容を引用いたします。「人類が発達させた言語なるものは、目の前に存在しないものについても語ることができる。おそらくこれが人類が霊や神々の神話をもつことになった根本的な理由だろう。数十万年も続いた原初の狩猟採集生活は、動物などに範をとった精霊の図像を生み出した。一万年ほど前からの農耕生活がもたらした階級社会や帝王のイメージもまた、天界の王族のような神々や天人の図像を生み出した。~略~イスラエルの民は、さらに、自分たちの神ヤハウェを民族性を超越した普遍の神、唯一絶対神と解釈するようになった(紀元前6世紀ごろ)。かくして生まれた一神教から、1世紀にキリスト教が、7世紀にイスラム教が派生した。いずれも偶像禁止の建前を受け継いだ。~略~キリスト教徒にとってキリストが『神の子』であるように、イスラム教徒にとってコーランは『神の言葉』である。」一方、仏教はどうでしょうか。「一神教とは異なり、多神教世界では一般に神々を図像化することに抵抗はない。とはいえ、真理は偶像的な図像では描けないという思想がなかったわけではない。~略~仏教では、像だろうが現実の事物であろうが、それ自体には執着すべき実体がないという『無我』や『空』の教えを究極の奥義としている。」次に第3章から引用いたします。「三位一体も、仏身論や胎蔵曼荼羅の三層構造も、ヒンドゥー教の三神一体も、歴史的に増殖した神的存在を論理的に一つにまとめようという教理であった。三という数字が繰り返し現れるが、そこに論理的(あるいは神秘的?)必然性があるのか、単にまとまりのよい数というだけなのか、よく分からない。三に意味を認める人は、祭壇における三尊形式(仏像などを主尊と両脇侍の三体並べる形式)や、仏教の三宝(信者が帰依すべき対象としての仏、法、僧)、中国思想の三才(天、地、人)さらには哲学でいう『弁証法』(正・反・合の三段階に図式化されている)、近代政治の三権分立などに参考として言及することがある。」今回はここまでにします。
2025.11.04 Tuesday
「宗教図像学入門」(中村圭志著 中公新書)を今日から読み始めました。自宅の書棚を探していて本書を見つけましたが、いつ頃購入したものか忘れています。私は特定宗教を信仰しているわけではなく、私の家は先祖代々、自宅の近隣にある浄土宗の寺に墓地がある関係で、仏教浄土宗の行事に最低限の関わりを持っています。それも昔からその寺に墓地があったわけではなく、その昔近くの丘の上に小さく区画された先祖の墓があり、その土地を処分するために墓地に眠る先祖の魂抜きを行ない、菩提寺に墓地を移したのでした。私の周囲には、哲学者で既に他界した叔父が、無教会主義を唱える内村鑑三に私淑したキリスト教信者であったり、彫刻の師匠がカソリック系のキリスト教信者で、聖書を題材にした作品を多く作っていて、親類も含め宗教の多様化があります。私自身も20代の頃にヨーロッパにいて、教会建築や装飾に圧倒されていました。私の先祖が関わる仏教より、留学を含めた私の修学時期に出会ったキリスト教の方が身近になっている現状もあります。宗教は人類史上最も古い学問として登場してきました。古代人は狩猟にも他力本願をしたのでしょう。そこに図像が生まれたのは私にも理解できます。本書の「はじめに」として書かれていることから引用いたします。「宗教はドグマや戒律や教典ばかりで成り立っているのではなく、美術のような感性的なものが果たす役割も大きいということを『イメージトリップ』を通じて実感していただくというのが本書の目標である。~略~狭い意味での図像を超えて、寺院や教会、聖地や巡礼地などの空間的な構造にも目配りした。というのは、神話や儀礼からなる宗教の世界観は、霊的象徴を通じて自然空間に広がり、儀礼を通じて身体、祭壇、神殿、環境、世界全体のそれぞれを対応させるからである。西洋でも東洋でも形而上的奥義として小宇宙(人間の身体)と大宇宙(環境世界の全体)の照応関係が説かれる。そういう世界観の一端が垣間見えるように努めた。」今回はここまでにします。
2025.11.03 Monday
今日は11月3日の文化の日です。三連休になっていて、教職にいた頃は貴重な時間でした。ましてや文化の日となれば、私は創作活動に邁進する一日と位置づけていました。教職を退職している現在では、昔のような高揚感はありませんが、今日も工房に籠って新作を作り続けていました。今月は寒さが増す1カ月となり、どのように過ごそうかと思案しています。まず制作目標ですが、現在は新作の成形や彫り込み加飾が全て終了していて、さらに陶彫部品がどれも乾燥しているので仕上げや化粧掛けを施しています。後は順次窯入れをしていくだけですが、今月は陶彫部品と組み合わせる厚板材のデザインをやっていきたいと思っています。この厚板材の加工は単純に木を刳り貫くだけで、これを支える陶彫部品の技法に比べれば、実に簡単なものですが、実はこの厚板材加工に作品の方向性を決定する要素があるのです。大きな陶彫制作を頑張ってやっていた今までは、いわば作品の内容を語らせる従者の役割となる黒幕を作っていたわけで、これから見せ場となる部品を登場させることになります。今月はその見せ場を作っていこうと思っています。実は今回の大きめな作品には、その同じデザインとなる小品を4点作っていて、板材加工を進めています。これは雛型ではなく、あくまでも小品として作っている一方で、実験として試みている面もあって、その効果を確かめています。新しい試みは小さな一歩から始まることがあり、最終的には広い空間を演出する装置のような彫刻作品になるのです。私は小品と言えども、そこから見えている風景を大きく捉えています。それが小品が楽しいと思える瞬間です。今月も鑑賞の機会を作っていこうと思っています。差し詰め高校の同級生である竹中直人君が主演する芝居が下北沢の本多劇場であるので、今月末に観に行く予定です。美術展も出かけたいと思っています。読書は廃墟論を読み終えて、次に何に挑もうか書棚を見まわしているところです。今月も楽しみながら創作生活を充実させていきたいものです。
2025.11.02 Sunday
日曜日になりました。日曜日には創作活動に纏わる内容をNOTE(ブログ)に書いていて、通常は土曜日にその週の振り返りを行なうのですが、昨日は多摩美芸祭に出かけてその感想を書いてしまった関係で、今日は土曜日に代わって先週の振り返りを行ないます。先週は10月から11月へ月が移行した1週間でした。先週も寒くなった関係で、制作時間を朝9時から午後3時までを基本として行っていました。新作の陶彫制作は、成形や彫り込み加飾が終わって、それら陶彫部品にブロックサンダーで仕上げを行ない、化粧掛けを施す作業に移行しています。先週も2回の窯入れを行ないました。窯入れをしたのは火曜日と金曜日で、その翌日は滞りなく焼成が行えるように電気のブレーカーを落としていました。ということは工房全体で電気が使えず、作業が出来なかったのは水曜日と土曜日でした。水曜日は健康保険代の振り込みやら、ブロックサンダー等の材料を買いに出かけました。土曜日は昨日のNOTE(ブログ)に書いた通り、教え子たちと一緒に美大の芸祭に行ってきました。こうして毎日元気に過ごせること、自分の目標に向かって邁進できることは本当に幸せなことなんだと思い返すことがあります。私は健康に不安がないわけではありませんが、一日中創作の事ばかり考えていられるこの時を有意義に過ごしたいと思っているのです。3年前までは教職との二束の草鞋生活があり、その限りある時間をやり繰りして彫刻作品を作ってきました。退職してからは彫刻家一本で、自分が昔から望んでいた生活が出来ているのです。工房には卒業制作をやりにきている美大生がいます。彼女はすべて単位が取れて、残すところ卒業制作だけということで、好きなことを朝から晩までやれていて、今の私と同じ気持ちでいるのだろうと思います。私もその頃は好きなことが一日中やれるのは生涯でこの時しかないと思って卒業制作に励んでおりました。あれから40数年が経って、幸運にも私は卒業制作の続きをやっているのです。ここまで意欲が続いたこともあるのですが、自ら環境を整えたことが大きいと思っています。
2025.11.01 Saturday
先週の土曜日は女子美術大学の女子美祭に行ってきました。今日は多摩美術大学の多摩美芸祭に行ってきました。そのきっかけは工房に出入りしている教え子が多摩美術大学でグラフィックデザインを学んでいるからです。この専攻科は私の高校の同級生である竹中直人君が学んでいたところであり、なかなか水準の高い科でもあります。昨晩は雨が降っていたので、天候を心配しましたが、今日は朝から晴れました。昨日窯入れをしたので、私は工房に窯内の温度確認に行って、彼女たちを迎えに自宅を出ました。彼女たちと言うのは前述の美大生の他に、文学性に優れた教え子も誘っていて、私はこの小さな詩人を同行させることで、彼女のコトバの引出しを増やそうと企てているのです。多摩美芸祭の展示作品は少々毒気のあるキャラクター風のイラスト作品群がどれも印象的で、現代日本美術の特徴を示しているのかもしれないと考えました。大阪万博のミャクミャクもそうでしたが、美しいだけではない独特な美意識が私たちの中に眠っているのかもしれません。多摩美芸祭は展示よりフリーマーケットに重点が置かれていたと考えたのは私だけでしょうか。模擬店の数が多く、一店舗ずつ回り切れるものではなく、私は暫し野外のベンチで休憩を取っていました。教え子たちはマーケットを散策して、小さなグッズを買っていました。そこが卒業制作展と今回の芸祭の違うところで、祭り気分で回るのが多くの参加者には楽しい思い出になると思っています。まだ教え子が美大に在籍しているうちは、私も彼女たちに誘われて、こういう機会を持てることに嬉しさを感じます。同時に美術系の学校には、自分自身を生かす環境や設備があって、そこで過ごす珠玉の時間があります。美大を卒業すれば、社会人として世の中の世知辛い風に当たるわけですが、自己表現ばかり考えて過ごした4年間に対して、世間に対応しきれなくなる学生がいることも確かです。芸祭を見ていると刹那に楽しむ学生が見え隠れしてしまうのは、私ばかりではないはずです。