2018.05.08 Tuesday
昨年の第90回米アカデミー賞作品賞に輝いた映画「シェイプ オブ ウォーター」を横浜のミニシアターで観ました。これは半魚人が登場するモンスター映画です。モンスター映画がアカデミー賞作品賞を受賞したのは史上初だそうで、そこには現代に通じる様々な要素が散見されているのが受賞に至った理由ではないかと私は感じています。まず時代を米ソ冷戦が過熱化していた1962年にしてありました。捕獲された両棲人間を軍事利用するアメリカ軍、その施設を統括する神経質で邪悪な軍人。まず私が着目したのは当時の強いアメリカを象徴するような軍人とその家庭環境でした。時代設定の62年、まだ幼かった私は海外番組の影響で、アメリカの豊かさを羨望の眼差しで見ていました。軍人の家庭は裕福さを物語っていました。当時は人種差別もあり、アメリカは難しい問題が山積していたにも関わらず、白人優位の社会階層が幅をきかせていました。現在のトランプ政権に当時を彷彿させる気配を感じてしまうのですが、これは映画からの深読みでしょうか。そこに持ち込まれたモンスター。軍人に拷問されるモンスターは神々しい姿にも感じられ、モンスターと交流が始まる言葉が発せない女性とのやり取りは、不思議な美しさを漂わせていました。半魚人のデザインや造形にも、私は目が奪われました。アスリートのような筋肉と魚類系の眼の動き、感情を表すエラに、水陸両棲ならどんな生態系になるのか、創造と試行を繰り返したであろう現代版半魚人の姿に惚れ惚れしました。ラストシーンで、愛で結ばれた女性の亡骸を抱いて、海に落ちていく半魚人、そして海中で蘇生する女性の首にエラが一瞬出来上がっていた数秒の場面が、私には印象的でした。作品賞に輝いた理由はまだまだありますが、グロテスクな世界は人間側にあって、迫害されるモンスターは殉教者のように感じられたのも理由の一つでしょう。最後にデル・トロ監督の言葉を引用します。「僕はモンスターの侍者で、伝道師だ。」
2018.05.07 Monday
先日、常連になっている横浜のミニシアターに「ザ スクエア」を観に行ってきました。現代美術を扱っている映画というだけで、私は映画館に出かけましたが、内容は人間性の本質に迫る風刺の効いた辛辣なものでした。床に正方形を描いただけの作品が”ザ スクエア”で、枠内では全ての人に平等な権利と義務が与えられるという約束になっていて、この中にいる人が困っていたら、誰であれ手助けをしなければならないというものです。映画ではそうした自らが支持するモラルと、実際に自分が起こす行動との間に差が生じ、葛藤していく場面が描かれていました。現代美術館のキュレーターである特権意識の高い主人公が、”ザ スクエア”を準備する段階で、通勤中に財布と携帯電話を盗まれ、犯人が居住しているビルを探し出し、脅迫めいた手紙を配ります。”ザ スクエア 思いやりの聖域”を扱う美術館の仕事と、犯人捜索のために他人を思いやることがない脅迫文。同時進行して”ザ スクエア”を広報するためPR会社の若手社員が、炎上商法を思いつき、事態はとんでもない方向へいってしまい、やがて主人公は社会的地位を追われることになっていくのです。個人主義と共助の関係、集団的無関心と信頼との関係、寛容な社会とはどのようなものか、メディアの影響力とはどんなものか、この映画は日本人からすれば福祉が発達したスェーデンの現実的な社会を描いていたことも、私には衝撃的でした。映画は私たち観客をも刺激し、こんな場面に遭遇したら、あなたならどうしますか、と問われているように感じました。理想を掲げながら、欲望のために現実から目を背ける自分の闇の部分が暴かれているようで、映画全編にわたって居心地の悪さも感じました。そんな感想を持つことで、私たちはまんまと監督の術中に嵌ってしまっているのかもしれません。社会心理学で言うところの「傍観者効果」や、メディアによる過激な発信を好んでしまう私たちの集団的心理を浮き彫りにした本作は、まさに観客挑発型の映画と言えるでしょう。
2018.05.06 Sunday
今年は飛び石連休のゴールデンウィークになりましたが、合計すると7日間の連休がありました。今日が最終日でした。予め一日7時間の作業を考えていて、7日間続ければ49時間になりますが、実際は昨日も今日も7時間を大きく超えてしまったために50時間以上の作業時間になりました。連休の制作目標も大きく変えました。「発掘~根景~」のテーブルの脚に接合する陶板がまだ不足していて、この柱陶を作るために時間を割いたのでした。柱陶の成形と彫り込み加飾が全て終わってから、残り2日で当初の制作目標であった「発掘~角景~」のテーブル制作に取り掛かりました。完成に3日間かかると見積もっていた通り、完成にはもう一日必要です。今日は朝7時から夕方4時まで木彫に取り組んで、何とか「発掘~角景~」のテーブルの脚の部分を完成させました。残りの作業は来週末に回します。ついでに「発掘~根景~」の乾燥した陶彫部品に、仕上げと化粧掛けを施して窯入れもしました。この7日間は陶彫や木彫に真摯に取り組んできました。なかなか計画通りにはいかなかったものの、自分なりには精神的にも肉体的にもこれ以上は無理かなぁと思えるほどの毎日でした。とりわけ精神的な圧迫感を振り払うために映画鑑賞2本、美術観賞2つを夜の時間帯に入れました。肉体的な疲労はあっても、心が元気なら何とか頑張れるものだなぁと思いました。ゴールデンウィークが過ぎても、新作が完成したわけではないので、さらに造形を追及する姿勢は今月も継続です。ウィークディの仕事帰りの夜の時間帯も、工房に行くことになるのかもしれません。新作完成まであと僅か、でもこの僅かになった全体構成を判断する時間が最も長く感じるものなのです。今まで非日常の世界に浸っていましたが、明日から公務の仕事が待っています。通常勤務です。気持ちを入れ替えなければなりません。社会人の多くが明日からの仕事に複雑な思いを持っていることでしょう。
2018.05.05 Saturday
ゴールデンウィーク6日目になりました。今日から「発掘~角景~」のテーブルの制作に入りました。まずはテーブルを支える4本の脚ですが、柱状の木材を彫ることにしました。テーブルの柱に陶板を接合する「発掘~根景~」とは雰囲気を変え、「発掘~角景~」の陶彫部品はテーブルの下に吊り下がるだけで、他に陶彫は使わないことにしました。木彫は本当に久しぶりでした。今年は陶彫ばかりやっていたので、木彫技法は新鮮でしたが、土練りで使う筋力と木彫で使う筋力が異なり、今日一日で結構疲れました。まず鑿を研ぎました。鑿を木槌で打つ感覚を取り戻しました。チェンソー等の電動工具も使いました。作り出すと木屑だらけになることを再認識しました。陶彫はモデリングで、木彫はカービングです。彫刻技法で言えば正反対のものを併用しているわけですが、これは従来やってきた自分なりの方法なので、取り立てて違和感はありませんでした。陶彫で作った部品は抽象形態なので、木彫も抽象形態を彫ることにしました。当初から持っているイメージは菱形が連なる柱です。現代彫刻の父ブランクーシの「無限柱」が頭を過ぎりますが、私の場合はルーマニアの片田舎で遭遇した木造民家の柱の方がイメージが強く、当時は魔除けに使われた民俗的な造形に心を奪われました。ブランクーシはルーマニア出身なので、あるいは彼もそうしたルーマニアの民俗的装飾から抽象彫刻を発想したのかもしれません。私は過去にも木彫で菱形のパターンは彫ったことがあります。その時もそうでしたが、今回も彫り跡を残すことにしました。私は木材の素材感が好きなので、鑿の跡は意図的に残しています。陶彫を錆びた鉄のようにするため、指の痕跡を残さないこととは対照的です。木材でも厚板は砂マチエールで覆うことが多く、これは木材である痕跡を消しています。素材の扱いに私なりの理屈があるわけではないのですが、説明のしようのない自己感覚なのでしょうか。今日の作業時間は定番になった7時間ではなく、8時間以上を木彫に費やしました。明日も木彫を継続しますが、明日は早朝から作業を始めないと「発掘~角景~」脚の木彫が終わらないような気がしています。ちょっと焦りだしました。
2018.05.04 Friday
ゴールデンウィーク5日目を迎えました。「発掘~根景~」の柱陶制作が残り8枚となり、今日はこれを完成すべく早朝から工房に出かけました。夕方、家内と東京の美術館へ行く約束になっていたので、その分制作時間を前倒し、午前7時半には工房にいました。夕方楽しみが待っていると思うと、作業は一段と集中するようで、午後2時過ぎには8枚の柱陶の彫り込みは出来上がっていました。成形と加飾の終わった柱陶の、次の工程として乾燥を待つことがありますが、幸い気温が高めの日々が続いていて、1週間もすれば窯入れが可能ではないかと思います。これで個展の準備として陶彫制作をするのは小品のみとなりました。明日から当初制作目標を立てていた「発掘~角景~」のテーブルに取り掛かります。久しぶりにテーブルの脚の部分の木彫を行います。予定通り午後3時過ぎには、家内と自宅を出て東京に向いました。金曜日の国立美術館は開館時間が延長しているので、混雑を避けるために今日のこの時間帯を選んだのでした。予定していた美術館は2つありました。まず東京新橋にある汐留ミュージアム。ここは企業が経営する美術館で、延長時間がないため先に訪れました。開催していた展覧会は「ジョルジュ・ブラック展」。ブラックは、よく知られたキュビズムの巨匠ですが、ジュエリー、彫刻、陶磁器といった絵画以外の作品を集めた展覧会で、企画の面白さに惹かれました。ブラックがこんな作品も作っていたのかという意外性がありました。詳しい感想は後日改めたいと思います。次に行ったのが東京上野の国立西洋美術館で開催中の「プラド美術館展」。案の定、上野は大変混雑していたようで、とくに動物園の方から家族連れが駅に向ってくる光景が目に飛び込んできました。パンダの人気は留まるところを知らず、今日も初夏を思わせる好天気だったので動物園の散策にはちょうど良かったのではないかと思いました。国立西洋美術館の方はまずまずの混み具合で、来日したプラド美術館の所蔵作品を落ち着いて見ることが出来ました。その中でも目玉は数点のベラスケスでしたが、ブリューゲルやルーベンスも見られて満足しました。私は20代の頃にオーストリアに滞在していて、その時にスペインのマドリッドを訪れています。プラド美術館にも行っていますが、微かな印象しかなくて、もう一度訪れたいと願っていました。日本で所蔵作品の一部が見られたのは幸運でしたが、自分が求める作品は美術館が国外に貸し出すことはないと思うので、必ず再訪したいと考えています。今回の展覧会の感想は、後日改めます。今日は早朝から充実した一日を過ごしました。