Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 「プロジェクション・マッピング2018」実施
    今日、職場で文化を中心に据えたイベントがありました。毎年このイベントのオープニングでは、職場のチームが制作したプロジェクション・マッピングを流しています。今年で3年目になります。私の職種では市内でのプロジェクション・マッピングの制作上映はまだ珍しく、関係各方面から問い合わせがあります。プロジェクション・マッピングは3年前、職場の近隣にある大学の映像メディア研究室の協力を得て制作をしました。毎年テーマを変えて、夏ごろからチームを編成して制作にあたっていますが、今回はアニメーション主体の映像を作りました。今まで野外取材した動画が中心でしたが、今回は絵画的な要素が強く、花々や森林や動物が象徴化されていました。夏に出かけた東京お台場のデジタルアート・ミュージアムで見た華麗な映像から多大な影響を受けているのではないかと感じました。私の職場はミュージアムのチーム・ラボに敵うはずもないのですが、頑張った形跡があちらこちらにあって微笑ましく思いました。私は若い頃から彫刻制作を自己表現媒体としてやってきました。まず実材ありきの世界で勝負をしてきましたが、現代は映像文化が華やかで、職場ではプロジェクション・マッピングの共同制作が恒例化してきています。私も映像は嫌いではありませんが、パソコンのソフトにある技巧を駆使して自ら制作しようとは思いません。人が作ったものをあれこれ外野から指摘するだけで、文句の多い管理職と思われているかもしれません。ただ管理職としては、プロジェクターやパソコンを新しく購入し、プロジェクション・マッピングの環境を整えてきました。ソフト面では若いパワーに任せたいところですが、美術をやっている私は黙っていられない性分も身についてしまっています。今後も職場ではプロジェクション・マッピングを継続していきたいと考えています。
    六本木の「京都・醍醐寺」展
    先日、東京六本木にあるサントリー美術館で開催されている「京都・醍醐寺」展に行ってきました。副題を「真言密教の宇宙」としてあって、そうであれば弘法大師空海の流れを汲む寺院であることは理解できました。開創したのは聖宝尊師で、空海の弟である真雅阿闍梨の弟子だったようです。展覧会場に入ると「如意輪観音坐像」が出迎えてくれました。これは惚れ惚れするほど美しい観音で、醍醐寺のもつ文化財の質量に惹かれました。この像は「寛治三年(1089)に上醍醐の鎮守として勧請された清瀧宮の社殿内に、准胝観音像とともに清瀧権現の本地仏として安置され、近代まで伝わったようであるが、その本地仏の選定に際して聖宝由来の両観音像を当てることは自然と言える。」(佐々木康之著)と図録にありました。この他にも象に跨った「帝釈天騎象像」や牛に跨った「閻魔天騎牛像」に気が留まりました。数々の名品に加え、「醍醐の花見」で有名になった豊臣秀吉に関する資料もあって、歴史に登場する場面を想像して楽しみました。京都によく出かける私は、まだ醍醐寺に足を踏み入れたことがありません。伝承された文化遺産を見ていると、醍醐寺が果たした役割が多大なものであることがわかります。「聖宝の私寺として始まった醍醐寺は、醍醐天皇の御願寺となったことをきっかけに定額寺として大きく発展して以降、常に国の中枢と接点を持ち続けてきた。」(同氏著)とありました。歴史の中で仏像や絵画は信仰の対象として寺院に奉納されてきましたが、現在は美術品としての視点を持って、美術館で展示される機会が増えました。私としては美術館の照明に浮かび上がる個々の作品を見ていると、信仰よりも鑑賞としての存在感が大きいと感じています。その流麗さや美的感覚に新鮮な驚きがあるからで、寺院の所蔵品に私が惹かれる理由がここにあります。
    HPのGalleryに「発掘~環景~」アップ
    「発掘~環景~」は2016年に制作した陶彫による集合彫刻で、個展が始まるギリギリまで窯入れをしていて、かなり焦っていた記憶が残る作品です。陶彫部品一つひとつが大きくて、窯にはひとつずつしか入らなかったのが、時間に追われた原因でした。搬入が終わった時に、安堵感で全身の力が一気に抜けました。私は危ない綱渡りを毎回繰り返して個展を開催していますが、作品として出来上がったものを見ると、裏事情が吹き飛んでしまうほど、個々の作品はすました表情を見せてくれるのです。デジタル化した「発掘~環景~」を見ると、どこを苦労したのか見当がつかないほどで、結果でしか評価されない芸術作品はこんなものなんだろうなぁと思っています。今回、ホームページのGalleryに「発掘~環景~」をアップさせていただきました。床に広がる背の低い作品を作ろうとイメージしたことが「発掘~環景~」を生み出しました。屏風やテーブル彫刻に比べれば、搬入搬出は楽ではないかと思っていましたが、前述の通り思ってみなかったところで躓きました。そんな事情はともあれ、カメラマンの眼を通したデジタル画像は、作者には思いもよらない視点を提供してくれています。自分は敢えて指示を出さずにカメラマンに全て任せているのは、そんな他者の力を信じているからです。私のホームページに入るのは左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉にGalleryの表示が出てきますので、そこをクリックすれば今回アップした画像を見ることが出来ます。ご高覧くだされば幸いです。
    「第二の試み(頂点に立つ)」を見て…
    彫刻家池田宗弘先生は、私の大学時代の師匠で彫刻の面白さを教えてくれた人です。もう40年も前のことですが、学生だった私は東京都美術館で池田先生の真鍮直付けによる作品を見て、感動を覚えたことを今でも記憶しています。長野県麻績の住居兼工房「エルミタ」にお邪魔すると、その作品が無造作に置かれていて、制作の現場の雰囲気に包み込まれます。その作品は痩せこけた猫が複数登場し、魚の骨を狙って歩み寄る場面を描いた風景彫刻でした。真鍮で作られた猫の胴体には穴が開いていたりして、まさに野生の存在だけが感じられる実物大の凄まじい彫刻です。その彫刻の間を本物の猫がのほほんと散歩している様子は思わず笑ってしまうのです。当時の先生の彫刻は、人々の何気ない仕草をスケッチしたような作品が多かったのですが、スペインに滞在されてからキリスト教の修道士が登場する作品が増えてきました。今回、自由美術展に出品された「第二の試み(頂点に立つ)」も同じシリーズで、翼を持った悪魔が修道士を誘惑している場面を作っています。第二というのは同じものがもうひとつあって、それは昨年の自由美術展で見た作品だろうと思っています。悪魔の誘惑に打ち勝って颯爽と立つ修道士の姿が(頂点に立つ)という副題に籠められた先生のメッセージと受け取りました。宗教を題材にしていても、先生は人間の心の迷いをテーマとして取り上げていて、風に向かって歩みを続ける旅人も同系列に入る作品だろうと思います。先生の彫刻は単体が少なく、ほとんどが情景を表している風景彫刻です。人や動物や木々さえも量感を削り取られ、骨格そのもののような姿を曝しています。構成要素がはっきり見て取れる独特な世界観を持っています。学生時代、私の塑造に対し、先生は骨格に拘った指導を繰り返しされて、空間に粘土でデッサンをするように作れと言われていたことを今もって忘れることが出来ません。人体の手や足は表情を出せるので丁寧に作るようにも助言されました。あれから数十年が経ち、先生の世界観とは異なる方向へいってしまった私ですが、彫刻の基本は同じと考えています。先生の作品を見る度、初心に返れるのが幸せと感じているこの頃です。
    週末 制作&東京の美術館へ
    今日は週末の制作としてノルマを果たしてから東京の美術館へ行こうと決めていました。これはかなり厳しい制作時間になりましたが、何とか計画通りに遂行しました。早朝から工房に出かけ、窯を開けました。窯内の温度を冷ますのに多少時間が必要だったため、昨日準備したタタラを使って新作2段目の3個目の成形を行いました。今日作った成形と昨日作っておいた成形の彫り込み加飾2個分をそれぞれ施しているうちに、窯内が冷えてきたので、焼成が終わった作品を出し、新しい作品を窯に収めました。朝7時過ぎから作業を始めて、ここまでで午後2時を回りました。工房での今日の制作ノルマはここまでで終了しました。一息つく暇もなく、家内と自宅を出て東京の六本木に向いました。師匠の池田宗弘先生から「自由美術展」の招待状をいただいていたので、久しぶりに池田先生の彫刻に会いに行ったのでした。国立新美術館は後輩の彫刻家が出品していた「二科展」以来で、今度は先輩に当たる池田先生が出品している「自由美術展」が開催されていました。作品は先生が得意とする真鍮直付けによる具象彫刻で、キリスト教の修道士と悪魔との関わり合いを情景の中にまとめたものでした。翼を持つ悪魔が登場するのは、先生の作品としては2年目になると私は記憶しています。先生の作品にも時代の変遷があり、私が最初に拝見したのは、痩せこけた猫が何匹も魚の骨を狙って歩み寄る場面を描いた風景彫刻でした。真鍮直付けの技法は当時と変わっていません。量感を削り、骨格だけになった彫刻の空間的な面白さは、先生の特徴でもあり、遠方から眺めると人が影法師のように感じられる楽しさがあります。軽妙洒脱な世界観、重力を感じさせない彫刻、それだけにストレートに訴えかける物語性に、池田ワールドの醍醐味があると思っています。先生の作品については別稿で取り上げたいと思います。次に向ったのは国立新美術館からさほど遠くないところにあるサントリー美術館でした。ここで開催されている「京都・醍醐寺」展は、ポスターにもなっている如意輪観音坐像の美しさに惹かれ、是非行って見ようと思ったのでした。「真言密教の宇宙」という副題が示す通り、密教に関する資料が多く展示されていました。また醍醐寺は豊臣秀吉が豪勢な花見を行ったことでも有名です。この展覧会については後日稿を改めます。夜7時に帰宅しましたが、今日は些か疲れました。この週末2日間は自分が計画した通りに制作も鑑賞も出来ましたが、ゆっくり休む時間がなく、身体を少々酷使したようで、また右ひざが痛み出しています。明日からウィークディの仕事が待っています。週末とは異質な仕事ですので、創作活動の疲労は改善されるはずです。