2018.11.02 Friday
11月のRECORDのテーマを「枠」にしました。RECORDは一日1点ずつ作っている小さな平面作品で、2007年から始めています。文字通り日々のRECORD(記録)で、イメージの出し易さを考えて5日間で展開するデザインを採用しています。年間で画面構成に規則を設けていて、今年は画面を矩形で区切るパターンにしています。その上で月毎にテーマを決めていて、11月は単純な「枠」というテーマにさせていただきました。今年は年間を通じて枠を決めてやっているようなものですが、額縁に収まる世界がイメージされていたので「枠」にしました。具体的にはステンドグラスが頭にあって、とりわけカソリックの荘厳な教会に嵌め込まれたキリストを主体にしたステンドグラスや、差し込む光の効果を狙った色彩の饗宴をRECORDにしようと思っています。毎年RECORDの絵柄を年賀状に使っているので、来年の干支であるイノシシを今月のRECORDに取り入れる必要もあります。今月も毎日きちんと作品が完成するよう頑張っていきたいと思います。
2018.11.01 Thursday
11月になりました。私は今日からネクタイを着用しています。凌ぎやすい季節になって、創作活動に拍車をかけようと思っています。新作の制作状況は、2つの塔が連立する陶彫作品を作っていますが、床に接する1段目の陶彫部品11個は全て焼成が終わっています。そこに積み上げていく2段目の陶彫部品は、今のところ3個だけが成形と彫り込み加飾が終わっています。同時に3段目の陶彫部品も作り始めていて1個目の成形と彫り込み加飾が終りました。窯に入れる容量の関係で、これからは2段目と3段目の陶彫部品を同時に作っていくことになりますが、作ったばかりで乾燥が進まないうちは窯入れは出来ません。例年は11月から窯入れを始めていることがNOTE(ブログ)のアーカイブを見ると分かります。今月も4回週末がやってきて、そのうち3連休が1回あります。少なくても4個の陶彫部品が出来るかなぁと思っています。希望としては窯入れをしていない日に限って、ウィークディの夜間制作ができたらいいと考えていますが、不確定な部分もあります。鑑賞は都心の美術館や博物館では充実した企画展が目白押しなので、上手に時間を使いながら都心に出かけていきたいと思います。RECORDは現在の調子を崩さずに進めていきたいと思います。読書は現象学に引き続き挑んでいきます。つい目移りしてしまう書籍も数々ありますが、ここは難解な学術書を何とか理解したい思いを優先すべきところです。寒さが増していく季節ですが、今月も頑張ります。
2018.10.31 Wednesday
10月の最終日を迎えました。秋が深まって紅葉が見られるようになりました。あれほど暑かった夏も過ぎ、今では朝晩冷え込んできて季節の変わり目に暫し佇みながら、秋めいた10月を振り返っています。今月の陶彫制作は順調でした。4回週末があり、4点の陶彫部品の成形と彫り込み加飾が終わったのは良かったと思っています。週末毎にきちんと制作していたわけではないのに、ともあれノルマを達成しました。週末の過ごし方を調べると「かながわボッチャ2018」を綾瀬まで観覧に行ったり、職場の研修旅行があったり、女子美術大学の芸祭にお邪魔したりして、制作以外の時間が多かったのに驚きました。美術展は師匠が出品していた「自由美術展」(国立新美術館)を初め、「京都・醍醐寺」展(サントリー美術館)、「小原古邨展」(茅ヶ崎市美術館)、「ヨルク・シュマイサー展」(町田市国際版画美術館)の4つ、映画鑑賞は「運命は踊る」(シネマジャック&ベティ)1本だけに行きましたが、週末の過ごし方を見るとこれで充分なのかなぁと思いました。RECORDは恒例になった1年1回のカメラマンによる撮影があり、先月分までの画像がカメラに収まりました。現在もRECORDは毎晩きちんと作っています。職場では来年度を見据えた管理職の仕事が増えてきていて、私は結構忙しい日常を送っています。読書は挑んでいる現象学が難解すぎて、それを言い訳にしてかなり停滞気味です。来月は読書を頑張ろうと思っています。
2018.10.30 Tuesday
ドイツの版画家ヨルク・シュマイサーの連作版画に、異なるイメージを描いた版を重ねて、ひとつの画面を構成している作品があります。それを見ることで、私たちはあらゆる場面を同時に把握し、イメージの遠近感さえも感受することが出来るのです。私たちが眺めている視界には、さまざまなものが存在し、空間的にも時間的にもそれらをほとんど同時に認知しています。その詳細は現象学の領域になりますが、立体造形に関わっている私は、空間に対して自分なりの考えを持つようになりました。重層空間という考え方を、私はかなり前から意識していましたが、シュマイサーの版画を見たことが契機になって、重層空間のことを思い出したのでした。私たちから見える世界はすべて立体で成り立っています。当たり前なことですが、立体は全部の面が見えて初めて立体になるのです。私たちは立体の一部が見えているのに過ぎず、その表面だけで物の裏側を予想し、立体として解釈しているわけです。そう考えれば見えている全ての物は表層であり、私たちが立体を推量して成り立っているものばかりです。遠近ですら私たちの感覚的推量に他ならず、あらゆる状態に置かれた物を実寸のまま瞬時に把握するのは不可能です。写実的絵画の表現はそこに関わっていると考えられます。奥行をどう捉えるか、学生時代に空気遠近法を教わった時に、私の頭を過った発想がありました。その時、世界は演劇等で使われている紗幕に覆われていて、表層世界が幾重にも重なっているように私には感じられたのでした。重層空間という言葉は、表層が重なり合う状態をそう呼んでみようと私が勝手に思いついたアイディアです。平面に奥行をもたせるのは描写技巧ではなく、例えば紗幕に描いて幾重にも重ねてみる、それがたとえ記憶の刻印であっても下敷きになる記憶は、どんどん上積みされていくことで隠されて、やがて消去していく、新たな上書きが始まることで遠近が生まれてくるという次第です。下敷きにされた写実的形象なり記憶は、表現に深淵を齎すものと私は考えています。重層空間は絵画で言う空気遠近法とは違い、遠い風景や記憶であってもしっかり表現されたもので、それが覆い隠されていき、遠近と深淵が生じると私は信じています。私の拙い空間解釈ですが、いかがでしょうか。
2018.10.29 Monday
今朝の朝日新聞の「天声人語」は、人工頭脳(AI)が肖像画を描き、その作品が米ニューヨークの競売で4800万円で落札されたことを記事にしておりました。AIがついにここまできたかと思い、どんな絵画なのかネットで調べてみると、黒っぽい画面に輪郭のぼやけた男性が浮かび上がっている、言うなればありきたりな絵画でした。これをAIが描いたとなれば、話は違います。これはパリに拠点をおく芸術集団「オブビアス」が作り出したもので、アルゴリズム(計算手法)により、AIが15000枚の肖像画を取り入れて、その情報を基に描いた作品だそうです。「天声人語」の文章を引用します。「AI画家に欠けるものがあるとすれば、ゴッホが手紙に残したような情念であろう。『どんなにできが悪くっても、人間的なもののなにかを表現している作品をつくりたい』『そこに無限を描くのだ』(木下長宏著『ゴッホ〈自画像〉紀行』)精神の高揚、直感、描く対象への没入…。芸術を芸術たらしめる心の働きは人間だけが持つはずだ。しかし、そんなふうに書きながらも、よぎってしまう疑問がある。本当に?」と最後の文章にありましたが、記者が「本当に?」としたところに私も共感して微妙な気分になりました。AIはどこまでいくのか、人間の特権である創造行為は、たとえ夥しいデータを入力したAIであっても無理な領域ではないのか、それとも私たちも記憶を基に創造行為をしているので、そこまで追いつくことが可能なのか、模倣に模倣を繰り返すうちにAIも新しい世界観を身につけることが出来てしまうのか、ちょっと前までは考えられないようなことが、これから起ころうとしています。ところで私たちが芸術活動の中でしてきた失敗作をAIもするのでしょうか。AIも情念や抒情的感傷を持つのでしょうか。いろいろな仕事がAIに取って代わるという話を聞いていますが、まさか私は芸術家までとは思ってもいないのです。