2017.03.17 Friday
日系の米国人彫刻家イサム・ノグチを、私はいつ頃知ったのだろうと思い返していますが、定かではありません。彫刻を学んでいた大学時代にはその存在を知っていました。日本で開催された展覧会には全て足を運んでいます。石彫、陶彫、舞台デザイン、照明器具のデザイン等全てを通して、私はイサム・ノグチの世界に憧れをもって接してきました。このNOTE(ブログ)で取り上げている彫刻家の中でも、多くのことを語ってきた作家の一人ではないでしょうか。香川県高松市牟礼にある「イサム・ノグチ庭園美術館」に行ったのはいつ頃だったのか、これも定かではありません。NOTE(ブログ)を始める以前のことで、アーカイブを見ても年代と日時は書いていません。相原工房を建てる際に、「イサム・ノグチ庭園美術館」のストーン・サークルを思い出して、野外工房を作ったのでした。確か「イサム・ノグチ庭園美術館」を訪れた日は、雨が降ったり止んだりの天候だったことを記憶しています。周囲には石材店が多くあり、イサム・ノグチの制作を支援した有名な石材店も近くにあったように思います。そこは庵治石の産地なのです。現存の彫刻家では流政之氏が工房を構えていますが、ナガレ・スタジオは非公開なので、前に来た時も庵治までは行きませんでした。「イサム・ノグチ庭園美術館」は往復手紙による申し込みが必要で、明日の午後3時入館という手紙が同館からきました。前に来た時にもう一度来ると誓ってこの地を離れましたが、漸く巡礼地に再訪できる日がやってきたなぁと思っています。イサム・ノグチが創出した空間は自分の原点のひとつだと思っていて、美術館エリア一帯が自分にとっての桃源郷ではないかと感じているのです。
2017.03.16 Thursday
自分がどんな自宅や職場で一日の生活をおくっているか、顧みると自分が認識する空間への意識が導き出されてきます。日本の住宅事情は世界的に見ても決して良いとは言えず、ほとんどの人が狭い室内で効率よく生活していると考えています。畳6枚程度の部屋で押し入れに布団を収納したり、また出したりしているのは、その部屋が居間にも寝室にもなる多面性を持った部屋であることを意味しています。職場は職種によって、その人の空間認識はさまざまですが、現在の私の職場は働く人の割には広い方ではないかと思っています。私の生活環境で特殊な場所は工房です。個人が所有する空間としては贅沢なほど広い空間です。自宅から工房にやってくると空間認識が変わります。それはさておき、普段は狭い中で効率よく生活している私たち日本人は、たとえば創作活動にもその影響が現れるのではないかと思うことが暫しあります。作家の創作に纏わる背景を探るとき、その人がどんなところで寝食し、どんなところで作品を制作しているのかが無意識のうちに現れると私は思っています。国際的な展覧会の中で、日本人の作品はこじんまりとしていて、細部まで丁寧に作ってあるというのが、嘗て海外で生活をしていたときに感じた印象でした。あれから何十年も経ち、日本人の意識も変わってきていると思いますが、住宅事情は変わりようがなく、日本人の根底に流れる空間認識も変わりようがないのではないかと思うところです。日本の工芸品が超絶技巧を凝らして世界を驚かせたのも、日本人の空間認識が成せる技かなぁと思っています。
2017.03.15 Wednesday
毎晩というわけではないのですが、最近はかなりの頻度で夜の工房に通っています。それだけ新作の完成ハードルが高いのです。夜の工房では電動工具で音を出すことを止めています。工房は亡父の残してくれた植木畑にあり、その周囲には閑静な住宅が広がり、夜は物音ひとつしない静寂に包まれています。夜の工房で出来ることは手作業による限られた仕事ですが、現在は「発掘~座景~」の4枚の厚板による土台の修整をやっています。この4枚の厚板の表面は砂マチエールを施してあって、残りの作業としてはここに油絵の具を染み込ませていくのです。これは作業としては創作に絡む部分です。その厚板の裏側は木材が捲れているところが随所にあって、そこの修整が必要になっています。これは創作の絡む部分ではありません。しかも展示したときは見えない裏側ですが、木工パテで修整をし、防腐剤を塗る作業があります。私の作品は長い時間の保存や保管を考えて、このような措置をしているのです。素材が石や金属の場合は、野外に剥き出しで設置する場合もありますが、木材の場合は防虫や防黴を考えて、しかも梱包したまま室内で保管するのです。先日から始めた裏側の修整ですが、木工パテが足りなくなって、昼間の仕事の出張途中で店に立ち寄り購入してきました。引き続き夜の工房に通うつもりです。
2017.03.14 Tuesday
もう30年も前の話ですが、ウィーン国立美術アカデミーに通っていた私は、憧れの留学が叶ったにも関わらず、現地の学生となかなか馴染めず、ドイツ語を使うのも億劫だったため、語学は一向に身につきませんでした。私は外向的ではないことを実感し、アカデミーの工房で石膏直付けをやりながら、早めに学校を出るのが日課でした。イリーナという女子大生からよく声を掛けられていたのに、今一歩積極的になれなかったのは今思うと残念でした。当時の私の精神安定剤は旧市街の散歩で、路地という路地は隈なく歩きました。西欧の街はどこも散歩に適していて、石畳や石壁が織り成す風景に絶妙な情緒を感じました。上塗りした壁が崩れたところから古い壁画の一部が見えたりしました。西欧の街並みは風化した壁面が美しいのです。西洋絵画に見られる遠近法や陰影の捉えがこうした風景から発想されたのだろうことは明らかです。学問に見られる西洋流の構築的な論理も住環境が影響していると思っています。私の造形イメージは散歩によって培われたと言っても過言ではありません。構成する壁の角度、建造物の装飾や都市の計画性など風景の断片が、知らず知らずのうちに自分の中に取り込まれていたのだろうと思います。鬱積した不安を抱えながら、風景を取り込む意図などなかった当時の自分ですが、ウィーンの旧市街が土台になり、その後トルコ・ギリシャのエーゲ海沿岸で遭遇するヘレニズムの遺跡の数々が、現行の「発掘シリーズ」を導き出しました。石造を陶に替えて、単体ではなく集合体で場を創出する自作がこうして誕生したように思います。
2017.03.13 Monday
芸術家として破壊と創造を繰り返したのは、有名な人物として20世紀の巨匠パブロ・ピカソが上げられます。ピカソの創作の現場を追ったドキュメンタリー映画を観たことがあり、そこで画面に展開する破壊のエネルギーに感銘を受けた記憶があります。私は長い時間をかけて培った自己表現や技法をなかなか棄てられません。次なるステップにするための破壊は重要なものとわかっていながら、従来の表現に固執してしまう弱さが私にはあります。方向転換はいずれやってくると思いながら、日々制作を続けているのです。嘗ては人体塑造から抽象性の強い集合彫刻へ転換を図りましたが、次のステージはどんなものなのか、未だに見当すらつきません。一日1点を制作するRECORDの今月のテーマを「こわす」に決めました。破壊からイメージされることを日々具現化していこうと思って、現在取り組んでいる最中です。前述した内なる破壊もありますが、それとは別に貴重な人類遺産が戦闘により破壊されるのは、目を覆いたくなる事態です。それは創造を生むための破壊とは違います。人類の資料残存を無にするための破壊行為です。「こわす」という意味にはさまざまな人間の意図や状況があって、一概に言えないニュアンスを含んでいます。今月も中旬に差しかかりましたが、一日1点のRECORDを継続していきます。