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  • 週末 佳境を迎えた新作
    朝から工房に行きました。今日もスタッフが来ていて、いつも通りの制作風景でした。今日は「発掘~宙景~B」のテーブルに吊り下がる陶彫部品のうち、2段目にあたる部品の成形をやっていました。「発掘~宙景~A」の陶彫部品は2段目まで出来ています。1段目6個、2段目6個のうち焼成が終わっているのは1段目6個と2段目の2個です。あとの4個は乾燥を待っていて、そのうち窯に入れていきます。「発掘~宙景~B」の方は、1段目の6個は焼成まで終わっていて、今日から2段目の成形を始めたのです。こうして書いていくと、順調のように思えますが、今後の制作工程を考えると、かなり厳しいものがあって、内心では焦っています。またウィークディの夜に工房に通わなければならないかぁと思っています。まさに佳境を迎えた新作ですが、ウィークディの仕事も来年度人事を考えなければならず、双方共にタイトな状況です。明日からの1週間は公務員としての仕事も佳境を迎えると言っても過言ではありません。こうした緊迫する時間を過ごすことは、実は自分は嫌いではありません。精神が次第に鋭くなっていくのですが、不思議なことに周囲のこともよく見えるようになるのです。自分が追い詰められた状態で、視野が広がることを発見できたことは幸いでした。疲労も忘れてしまうのですが、これは尋常なことではないと思っています。身体が休息を求めていることは確かだからです。今日も夕方4時まで作業をすることがシンドくなり、早めに工房を引き上げました。明日からの1週間を頑張れば、来週末は香川県高松市の「イサムノグチ庭園美術館」へ行く予定になっています。これが楽しみで、現在のタイトな状況を何とか乗り切ろうと思っています。
    週末 工房で黙祷
    今日は昨日開催した大きなイベントの疲労が残る一日でした。スタッフが2人来て、工房でいつものように制作が始まりましたが、今日という日は防災を考える特別な日でした。ちょうど6年前に東日本大震災があり、毎年この日は黙祷を行っているのです。3月11日がウィークディの場合は、職場の放送機器を使って施設内外に黙祷の放送を流していました。今日のように週末にあたっている場合は、職場では職員玄関に弔旗を掲げています。工房でも震災が発生した14時46分に、スタッフ2人と私とで黙祷の時間を設けました。6年前は私は管理職になっていて、施設内にいる人を集めていました。行政本部からの指示を待って、深夜に歩いて帰宅をしました。帰宅困難者が道に溢れていました。有事があった場合、私たちはどうすればいいのか、途方にくれる場面もありました。防災に対する意識が高められたのは東日本大震災が契機になったと言えます。6年前、スタッフのうち一人は大学1年生で、長い春休みがあって自宅にいたようです。その彼女も今月で大学院を修了することになりました。もう一人の中国籍のスタッフは、故郷の山東省にいて、国際ニュースで日本の現状を知ったようです。放射能汚染によって多くの外国人が本国へ帰る中で、彼女は日本にやってきました。その年は留学生が減少したと彼女は言っていました。その留学生だった彼女も現在美大で助手を勤めています。あれから6年が経ち、防災備品を見直したり、有事の際に自分を守るためのシュミレーションをするようになりました。今日のところは制作は遅々として進まず、疲労回復を待って、明日に制作を繋ごうと思います。
    年度末の祝祭的儀式
    私の職場には、年間を通して幾つかの儀式や行事があります。橫浜市公務員として、こうした活動がある職場が、どのような職種かを思い浮かべるのは、想像に難くないところですが、情報の拡散を恐れて、敢えて具体的な職種は伏せさせていただきます。私は管理職として式辞を申し述べる任にあり、その内容をいろいろ吟味してきました。原稿に手を加えれば加えるほど内容は退屈なものになり、私の式辞など誰も記憶に留めないのかなぁと虚しい思いに駆られつつ、それでも伝えたい内容を絞り込んできました。今年のキーワードは、グローバルな社会で生きるために、ということにしました。韓国の留学生が日本で体験したことを新聞記事で見つけ、その些細な出来事を紹介しながら異文化交流の内容をまとめてみました。折しもアメリカの政権が変わり、自国保護に舵を切ったことや、難しいアジア情勢や、移民の問題も含まれていますが、政治色は私の職場に馴染まないので、人権的な他者理解に的を絞り込んだのでした。年度末の祝祭的儀式は大成功を収めました。私の式辞など吹き飛ぶような大きな全体のパワーがあって、この成果に満足しました。全職員との夜の親睦会もありました。私の仕事はいよいよ来年度人事を残すだけになりました。創作活動も公務員管理職としての仕事も山場を迎えて、息がつけない状況になりました。
    西欧思想に於ける芸術の意味
    現在読んでいる「芸術の摂理」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)には、「美学と倫理学」という章があって、西欧思想による芸術の成り立ちを解説した箇所があります。美学史的論稿という副題がつけられている米澤有恒氏による文章です。私は哲学の中で論じられる美学や芸術に関して興味関心を抱いているので、とつおいつ論稿を読ませていただきました。美学は18世紀に生きたドイツの思想家バウムガルテンによって創始されました。美学とは何か、「可知的なもの、すなわち上位能力によって認識されるものは論理学の対象であり、可感的なものは感性の学として美学の対象である。」という一文をネットで見つけました。つまり美学は知性ではなく感性を扱う学問だと言えます。それを哲学者カントは自著「判断力批判」の中で、しっかりとした基礎づけを行いました。カントによると美学は「自然美の哲学」であり、批判主義的な「神学的美学」でした。そこにヘーゲルの提唱した「芸術美の哲学」が登場したのでした。米澤氏による文章を引用いたします。「(ヘーゲルは)芸術が模倣に留まることを戒めている。受動的に模倣するだけでは、自然を不定の美のままに放っておくに等しいからである。~略~人間の精神は現状を打開してよりよいもの、よりふさわしいものへと向かう、つまり本質的に創造的、前進的だからである。芸術が人間精神に不可欠な活動である以上、芸術が創造的なのは決まっている。たしかにヘーゲルの考え方は革命的だった。~略~ヘーゲルの思想はこの思想を人間精神に即して換骨奪胎し、それを完成させたことになる。『完成』の意味はこう、超絶的存在だった神を人間の精神へと内在化し、よってもって、人間精神を新たな絶対者、神の如きものに仕立て上げる結果になったからである。その次第を、ニーチェは『ヘーゲルは神を殺した』と弾劾し、神の不在の咎をヘーゲルに負わせようとした。」とありました。西欧思想に於ける芸術の意味が、こうした哲学の中から定義づけられてきていることを改めて認識し直し、その後、芸術が辿った道を顧みる機会にしたいと思います。
    芸術と猥褻の狭間で…
    映画「エゴン・シーレ 死と乙女」では、シーレが描いたデッサンがポルノグラフィーとして烙印を押され、13歳の少女を誘惑したとして、シーレは逮捕され、裁判にかけられます。裁判所は訴えを却下しましたが、作品は焼却されてしまうのが映画の場面に出てきました。シーレの例に限らず、芸術か猥褻かの議論はその後も続いていたことは近現代美術史を見れば明らかです。私が現在読んでいる「芸術の摂理」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)の中で、柴辻氏と米澤氏の対談が掲載されていて、米澤氏の語る言葉に注目しました。芸術か猥褻かの議論として、まず芸術派にはこんな主張があります。「『芸術』という自由な精神活動を『猥褻』といった卑俗な尺度で量るのは本末転倒もはなはだしい、芸術には特権的で超法規的な価値を認めるべきではないか、芸術に対する理解の広さと深さこそ、社会の文化水準を示すバロメーターである。」それに対する猥褻派の主張では、こうなります。「『芸術』といえども人間社会の文化的相貌の一つに過ぎないから、芸術だけに特権が与えられるいわれはない。社会の『公序良俗』に反するものは自ら慎むべきで、その制御もきかないようなものが芸術であるはずはない。」これは美学の立場から双方の食い違う意見を米澤氏が簡単にまとめたものです。主旨が分かり易いので引用しましたが、さらに猥褻に関する意見が続きます。「西欧では性的な問題と猥褻とは必ずしもイコールではありません。精神的な意味での猥褻もありうるからです。」西欧ではプラトンの「饗宴」からキリスト教に至るエロスの意味が、神の愛と人間の愛を区別するものとして扱われていますが、日本の場合はどうなのか、米澤氏の意見はさらに続きます。「日本ではエロスといいますと、対比する神の愛がありませんので、性的紊乱を煽って公序良俗を乱すだけのもの、エロティック、即ち猥褻という等式になってしまいます。」芸術と猥褻に関する議論でも、西欧と日本ではニュアンスが異なることが分かりました。芸術と猥褻の狭間で、その動機となった芸術そのものの成立を掘りさげてみたい欲求に駆られます。西欧に於ける芸術と神の関係を次稿で取り上げようと思います。