2016.11.08 Tuesday
前からNOTE(ブログ)に何度となく書いていることですが、自分の彫刻は集合体で見せるため一気呵成に作ることが出来ず、陶彫部品をひたすら作ることに明け暮れています。先日見てきた「鈴木久雄 彫刻の速度」展(武蔵野美大美術館)では、私と同じような制作工程を経て、作品化している硬質で頑健な彫刻家の生き様を目の当たりにして、私は胸中が熱くなり、賞賛を惜しみませんでした。まさにこういう彫刻は、労働の蓄積によってカタチになっていくもので、古代の時代から名も無き寡黙な職人の作るものを、自分一人で追体験しているような感覚になるのです。作品作りに共通する認識を発見すると、私は勇気づけられます。ただ、鈴木久雄氏が羨ましいと思うところは制作現場と大学の教壇の間に距離がほとんどないところです。私の場合は職場と制作現場がまるで異なり、管理職という行政的立場にいる自分には、創作活動がかけ離れたものであることが残念でなりません。展覧会の図録に掲載された労働の蓄積と言える箇所を抜き出しました。「かれ(鈴木久雄氏)の場合、作品制作のためのあらかたの時間は部品作りに費やされるという。薄板を焼き、叩き、溶接することからはじめて、数千にもおよぶ規格化された部品をつないでいく作業の繰りかえしのなかで、根がひろがり、枝が伸びるように、全体のフォルムや構造がかれの中で徐々に具体化されていくのであろう。来る日も来る日もつづく部品作りは修行でお経をあげるようなものだ、と言って、かれは笑ったが、そのおそろしく手のこんだ作業工程に当てられて、ボーッと頭のかすんだ筆者は、近代彫刻というよりも、人為を尽くして人為を超えた何かへと捧げられた、古代ピラミッドか、仏塔か何かの建造現場に居合わせたような心持ちになった。」(松本透 著)というわけで「礼賛!彫刻は労働の蓄積」というタイトルは、自分にも向けたものであることをつけ加えておきます。今日は他人の作品に託けて自己応援メッセージを書いてしまいました。
2016.11.07 Monday
先日、武蔵野美術大学美術館で開催中の「鈴木久雄 彫刻の速度」展を見てきました。年譜によると現在70歳を迎える抽象彫刻家の、鉄や石を使った大作が並ぶ展覧会で、その構造体が周到に計算され、また室内空間に縦横に配置された作品群に感銘を覚えました。最近こうしたガツンとした実材による展覧会を見る機会がなかったので嬉しく思えました。鈴木氏の鉄の彫刻を写真で見ると、私は当初無垢の鉄棒を捻り込んだものと思っていましたが、実物は小さな輪をひとつずつ溶接して捻れを作っているものであることがわかって、鉄棒の突端に六角錐を逆さに立てたり、広い空間をシャープに横切る軽やかさは、こうして生まれるのかと改めて納得した次第です。まさに空間を疾走する速度としての美がそこにありました。私が彫刻を学んでいた頃、鈴木氏は共通彫塑研究室の助手を勤めていたようです。その頃、氏は専ら石彫をされていたようでしたが、同研究室の保田先生や若林先生に憧れを抱きつつ、遠くで眺めていた当時の私の密かな観察をつい思い出してしまいます。それなら研究室を訪ねればよかったじゃないかと思われる節もありますが、池田宗弘先生に師事し、具象彫刻を習得するのに精一杯だった私は、そんな余裕はなかったのでした。展覧会の図録に彫刻家建畠覚造氏が文章を寄せています。「作家にとって、自ら築いた城を攻める敵は自分自身なのである。此の様な城塞との格闘を通じて、鈴木は己れの個の峻別を行って来た。つまり、鈴木久雄と云う作家は、今様に区別された美術の領域の、何処にも組み込む事の出来ない、極めてストリクトでハードボイルドな存在なのである。」という箇所に気が留まりました。実材に真っ向から取り組んで存在感を示す作家が少なくなっている昨今、氏は貴重な存在に思えてなりません。最後に評論家酒井忠康氏の文章を引用させていただきます。「発想の遠心性と手法『鍛造』の求心性を巧みに裁く、ある種のコツを習得するのに半世紀も要しているのは、いかにも鈴木氏らしい意思の持続である。鈴木氏のこうした仕事の展開に、有形無形にさまざまな影を落としているのは、『わが師』としての保田春彦氏であるのはいうまでもない。」
2016.11.06 Sunday
今日は終日工房に篭って制作に明け暮れました。昨日から背の高いテーブル彫刻を作っていて、いよいよテーブルの下に吊り下げる陶彫部品を作り始めました。ひとつのユニットがかなり大きくて、ひとつ作るだけで骨が折れました。久しぶりに手ごたえのある陶彫部品で、一日がかりで漸く成形がひとつだけ終わった按配でした。これが今後いくつ必要なのか、先の制作工程を考えると頭がクラクラします。今までになく大きな陶彫部品なので、乾燥中の皹割れが心配です。一日やっても1点しか出来ないのであれば、数量の計算をしてゴールを決め、それに向かって無我夢中で作るしかないと考えます。柱陶制作もあるのに今回も大変な作業になってしまいました。柱陶もそうですが、陶土が不足した場合の土練りはいつやるのか、困難なスケジュールに頭を抱えることばかりです。工房を後にする際に窯入れを行いました。新作第一回目の窯入れです。電気の関係で窯のスイッチを入れてしまうと3日間は工房は使えません。大学院の修了制作に来ていた若いスタッフも水曜日までは工房に来ない予定です。彼女は3日間アルバイトに勤しむと言っていました。創作活動にはお金もかかります。私の作品が窯に入っている間は、彼女にとっては稼ぎ時というわけです。私も明日から一週間は公務員の仕事が待っています。職場にいながら、窯の中はどうなっているのだろうと例年考えますが、これから暫くの間は窯変に思いを馳せる時間が続きます。楽しいような緊張するような不思議な気分に支配されますが、それもまた陶彫の醍醐味なのだと自分に言い聞かせています。
2016.11.05 Saturday
週末になり、朝から工房に篭って制作三昧でした。今月の目標に書いた通り、今日から背の高いテーブル彫刻の制作に取り組み始めました。まず2m50cmの柱の上に設置する厚板があります。厚板は正方形ですが、僅かばかり曲線にして有機性を持たせることにしました。さらにその厚板の下部に吊り下げる陶彫をどうしようか、思案した挙句、陶彫部品一つひとつの大きさと角度を割り出しました。明日から成形に入るために畳大のタタラを6枚準備しました。ここまでやったところで午前中の作業は終了にしました。今日の午後は、彫刻家鈴木久雄氏の展覧会を見に行こうと決めていました。朝から若いスタッフが来ていたので、展覧会に彼女を誘いました。彼女は現在東京芸大の大学院で先端芸術を学んでいますが、3年前は武蔵野美大の工芸工業デザイン学科にいてテキスタイルを学んでいました。言うなれば私の後輩に当たるので、お互い懐かしい母校訪問に気持ちも高まりました。武蔵野美術大学美術館で「鈴木久雄 彫刻の速度」展が開催されていて、もう残り日数が少なくなっていたので、実のところ急遽今日の制作を半日で切り上げて、私の運転する車で横浜の工房から東京小平市にある同美術館に向かったのでした。秋の紅葉が始まった週末なので、道は渋滞していましたが、2時半ごろには同美術館に到着できました。私より10歳年上の鉄の彫刻家の、展示空間を縦横に使った力作を堪能しました。詳しい感想は別の機会に改めます。美術館を出て校舎内をブラブラ散策していた時に、私たちが驚いたことがありました。同伴の彼女は同大を卒業して3年が過ぎていましたが、この3年間であっという間に新校舎が出来ていたのです。敷地内を公共バスが走る道路を作っていて、新校舎は道路の向かい側にありました。新校舎にはどう行けばいいのか暫し迷いましたが、地下道で繋がれていることを知って、その立派さにさらに驚きました。施設の充実は学生にとって有難いことですが、建築費だってバカにならないだろうにと思いました。少子化が進んでいる昨今、母校の学校経営は大丈夫なのでしょうか。帰り際に彫刻棟の作業場を見てきました。数人の学生が木を彫っていました。自分の創作への原点がここにあるので、改めて自分の意思を確認し、明日からの創作活動に活を入れました。
2016.11.04 Friday
現在読んでいる「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)に、早くも興味をそそられる箇所が登場してきました。ルネサンスは日本では文芸復興と訳されていますが、人間の個人的な価値が認められる動きがあったり、社会の中で個人としての解放が意識されたりして、この時代はそれまでの専制君主に束縛されていた中世とは異なる価値観が生まれてきたのでした。そんな背景を考えるとこの時代に心理学が誕生したのも頷けます。ヒエロニムス・ボッシュの生きた時代を探ろうという試みの文章の中で、私が気に留めた箇所を引用いたします。「ルネサンスに『人間の個人的価値の出現』が起こり、それと併行して心理学が始まり、時代とともに狂気が近代の理性の思想によって包囲されて弾圧されることになる。このことを心理学的にみると、本来、自然としての『人間の重要な構成成分である狂気が心の奥底に監禁されていく過程』を示している。~略~ヒエロニムス・ボッシュは、このようなルネサンス時代のるつぼの中に生きた。」ボッシュと同じ時代のデシデリウス・エラスムスは「痴愚神礼賛」を出版して、愚かな人々を通して心理学的な洞察を行っています。ボッシュもこれを読んでいたであろうことは想像に難くないので、ボッシュの描いた図像を通して人間観察の在りようが議論として起こっているのも納得できます。ただし、ボッシュの絵画に現代の精神分析的解釈をするのは無理とする指摘もあります。「(この時代の絵画を)現代人の立場から精神分析を行うことは難しいと結論している。実際、フロイトの精神分析が生まれたのは、彼を取り巻いている社会歴史的状況において、性を厳しく抑圧した時代を背景としていた。~略~このようにまったく次元の異なる立場から、ボッシュにフロイトの精神分析を応用すれば、ただ矛盾する様々な説に拡散するだけである。」ボッシュに関してはまだまだ面白い論考が続きます。これは後日にしたいと思います。