2016.10.14 Friday
今年のノーベル文学賞に米歌手のボブ・ディランが受賞したと聞いて驚きました。職場にある新聞がどれも一面を割いて、このニュースを伝えていました。ボブ・ディランはシンガソングライターで、とくに自ら作詞したものに文学性が認められたわけですが、本流を歩む文学者にはやはり反発があったようです。ボブ・ディランには時代の寵児として反戦などの社会風刺を詞にしたり、また内面性を掘り下げた難解な詞を連ねた歌もあります。私は高校生の頃に、本家だったボブ・ディランの前に分家の日本人フォークシンガーによりボブ・ディランを知りました。現代詩に曲をつけた小室等や社会派フォークの旗手だった岡林信康を筆頭に、その後に続く吉田拓郎や井上陽水を当時頻繁に聴いていて、詞はメロディーを飾るモノくらいにしか考えていなかったあの頃の歌謡曲とは違う表現に痺れていました。やっと社会に目を向けた高校生の耳に畳みかけるように訴えかけてくるコトバに戦慄さえ覚えました。その本家本元にはすぐに馴染むことができました。まず聴衆に訴えたいことや考えて欲しいこと、行動して欲しいことがあって、それを叫んでいるうちメロディーに乗せるようになった、そんな歌作りがボブ・ディランから見えてきます。「歌詞には象徴的表現が多く、多様に解釈できる。本人は『言葉は違う意味を持ち、また意味を変える。10年後には別の意味になる』と明かしている。」「♪何回弾丸の雨がふったなら武器は永遠に禁止されるのか?~略~こたえは風に舞っている♪」(読売新聞より抜粋)現在も中東では空爆があり、日本の近隣では核開発や海での挑発行動が絶えません。50年前に作られた詞に今も共感を覚えるのは、世界が少しも変わっていない証拠かもしれません。
2016.10.13 Thursday
既に終わってしまった展覧会の感想を述べるのは恐縮ですが、旧知の作品が多い有名な版画家の印象を改めて書きたいと思いました。オランダ人版画家M・C・エッシャーの作品を、私がいつ頃知ったか今も鮮烈に覚えています。私は高校3年生になってから工業デザイナーを目指して東京の予備校に通い出しました。ちょうどその頃、予備校でデッサンや色彩構成を教えていた講師の方々に、エッシャーのトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画を見せられて、その巧みな構成に衝撃を受け、暫し画面から目が離せなくなりました。鳥から魚に変容する画面、蜥蜴の嵌め込まれた絵から立体的な蜥蜴が現れる画面、黒い人物と白い人物が嵌め込まれた絵から浮き出して反対方向に歩き始め、円形の池を回ったところでお互いが出会って握手する画面、登っても登りきれない階段、永遠に流れ続ける滝、その作品ひとつひとつが10代の自分には信じ難い画面構成を印象づけました。自宅の書棚にはエッシャーの画集が何冊かあります。展覧会の度にエッシャーの画集を買ってしまうのが私の癖になってしまいました。そんな経験があったので、横浜そごう美術館で開催されていた「エッシャー展」に行こうかどうか迷っていましたが、結局行くことに決めました。ここで注目したのは初期のイタリアの風景を描いた作品でした。初めて見る作品もあって、丘に建物が並ぶ風景は私を虜にしました。トロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に辿り着くまでに、独特な遠近法で風景を捉えたエッシャーは、木版技法にも独特な線描をもち込んでいます。最終的にはトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に全て生かされるこれらの方法の芽生えに、私の興味は尽きません。架空都市を彫刻で作っている私は、現実の都市を架空化してしまうエッシャーに憧れを抱いています。大学に入って初めて行ったエッシャーの展覧会で、書籍の他に購入したものに大きなポスターがありました。「四面体の小惑星」という木版画のポスターでした。それを自分の部屋にしばらく飾っていて、形態の不思議さを朝夕眺めていました。模倣を可能にする能力を持ち合わせていない自分は、彫刻が抽象化に進む際に、そのポスターが頭を過ぎり、自分なりの抽象へ向かったように記憶しています。抽象化は日本の自宅から遠く離れた海外で行いましたが、日本での記憶の糸が繋がっていたのかもしれません。
2016.10.12 Wednesday
師匠である彫刻家池田宗弘先生は、真鍮直付けという手法で作品を作っています。人体はジャコメッティのように細長く引き延ばされて、そのシルエットがとても美しいと私には感じられます。これは量感を見るのではなく、人体や樹木等に切り取られた空間を見るものではないかと思います。そのため作られた樹木は枯れ木の場合が多く、枝が交差する雰囲気がとても良いのです。池田先生は風景描写のような一場面をよく作品化しています。軽妙洒脱なスケッチを見るようです。山本正道氏とは違う意味で、池田先生は風景彫刻を作られていると私は認識しています。今回、自由美術展に出品された「旅の修道士は見た」ではマントを羽織った修道士と対峙して、背に翼を持った悪魔が登場しました。最近、池田先生がキリスト教会にモニュメントを依頼された時に、制作費用を巡って神父とトラブルになりました。作品は完成に近づいていたため先生は大変困ったようです。契約書を取り交わしたにも関わらず、教会内部の勢力争いに先生が巻き込まれたように私は理解しました。最終的に決着はしたようですが、今も先生は納得していません。その頃、神父に悪魔が取り憑いたのではないかと先生は私に話していました。その神父がその後、病床に伏したこともあって、何か因果のようなことを感じずにはいられません。そこで新作の彫刻に二枚舌の悪魔が登場したのでした。悪魔も先生独特な細長い姿態をしていますが、どこか無骨です。先生が遭遇した人間の悲しい性、それを表現せずにはいられなかった彫刻家、新作「旅の修道士は見た」にはそんな制作動機があります。弟子が余計なことを書いてしまったかもしれません。それ以上書くと先生の逆鱗に触れるので、ここで止めておきます。
2016.10.11 Tuesday
ホームページに2015年RECORD10月分~12月分をアップしました。先日、2015年10月から2016年の9月までの1年間分のRECORDの撮影をしたので、今後は次々にアップをしていきます。昨年の月々のテーマは漢字一文字で表していました。10月は「遮」、11月は「獣」、12月は「剥」でした。10月のテーマでは、なかなか思うように直進できない自分の心情を表現していて、壁に押しつける手や格子に遮られた自画像を描いていました。11月のテーマは今年の干支である猿や飼い猫のトラ吉を描きました。猿は年賀状に使用しようと思って作りました。11月のコトバでは、鬱蒼とした密林の芳醇な酸素を吸い込んでいる獣をイメージしました。12月のテーマは剥がれるイメージで制作しましたが、完成作品を見返してみるとモノが剥がれているようには見えず、画面を構成的に作り上げることに専念してしまった嫌いがあります。12月のコトバでは、身包み剥がされて粉骨してしまう自分を描いていて、新年度の人事面で切ない気分に浸っていた昨年末を思い出しました。たいした原因はなくても気分の反映がRECORDやコトバに表されていることがよくあります。日々坦々と作っているRECORDなのに、あの時はこうだった、この時はあんなことを思っていたと記憶を辿ることが出来るからです。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした10月分~12月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。
2016.10.10 Monday
三連休の最終日になりました。今日は工房へは行かず、家内と東京と横浜の美術館を巡ることにしました。師匠の池田宗弘先生は自由美術協会の会員で、例年この時期に先生から招待状が届きます。そこで今日が自由美術展の最終日であるため、会場である東京六本木の国立新美術館に行くことにしたのでした。ちょうど同美術館で大きな企画展である「ダリ展」が始まっています。これも併せて見て来ようと思いました。朝10時過ぎに「ダリ展」会場に到着しましたが、待ち時間が10分と言われました。国立新美術館で待ち時間があったのは初めてではないかと思いました。会場内も混雑していましたが、作品はしっかり鑑賞することが出来ました。サルバドール・ダリはスペインが生んだ20世紀を代表する巨匠です。ダリ、ピカソ、ミロ、それに建築のガウディを加えるとスペイン人が現代美術に残した痕跡は大変なものがあります。その中でもダリは超現実主義の芸術家として独特な存在を示しています。ダリの世界観は鑑賞する側の好き嫌いが激しいのではないかと想像していましたが、来日している作品の数々を見ていると、好き嫌いを超えた圧倒的な表現力があって、改めて感動を覚えました。詳しい感想は後日にします。次に自由美術展に入りました。池田先生の真鍮直付けの彫刻作品はすぐ見つけることが出来ました。「今回は悪魔を作っている。」と先生が話していた通り、修道士と悪魔が対峙している場面を作っていました。この作品の感想も後日にしたいと思います。次に向かったのは横浜のそごう美術館でした。今日まで開催していた「エッシャー展」を見たかったので、東京から横浜に戻ってきたのでした。オランダ人版画家M・Cエッシャーは、旧知の作品が多いため、展覧会に行くべきかどうか迷っていたのですが、有名な騙し絵的な作品の他にもさまざまなデッサンや版画がある中で、エッシャーの人柄がわかる初期の作品等があって、見て良かったと思いました。これも感想は改めたいと思います。最後に赤レンガ倉庫で開催しているオクトーバーフェストに行きました。20代の頃、私はドイツ語圏の国にいたので、当時を懐かしんでオクトーバーフェスト(ビール祭り)に行ったのでした。屋根のある大広間ではビールを片手に歌い踊る人たちがいて、本国に近い状況を目の当たりにしました。家内はビールが美味しいと何度も言っていました。ソーセージや酢漬けのキャベツを食べると、昔のことが甦りました。当時はドイツ(西独)のミュンヘンで、将来への不安と海外の居心地悪さに対抗すべくビールを呷っていました。若気の至りもあったなぁと思い返していました。