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  • 16‘RECORD4月・5月・6月分アップ
    RECORDとは和訳すれば記録です。日々思いつくイメージをその日のうちに記録する意図で始めたRECORDでしたが、昼間は公務員をやっていて、夜に制作をするサイクルが、私には精神的に厳しい時があって、開始して2年目より5日間で同一イメージを展開する方法に切り替えました。テーマも月毎に決める方が負担が軽くなるので、現在の方法に落ち着いているのです。5日間の初日はイメージを捻り出すのに苦心してきました。そのため日頃から頭に浮かんだイメージを覚えておいて、具現化出来そうな絵柄を選んできたため、何とか今まで継続できているわけです。彩色は5日分をまとめて行います。当初、毎日1点完成させるのをノルマとしていましたが、最近は融通をつけて多少完成が前後しても可としていて、最後に辻褄を合わせることにしています。今年の4月は「うごめく」というテーマで制作してきました。象徴化や抽象化を図って蠢いている状況を作りました。5月は「まじわる」で、5日間の展開を活用し、何かが段階的に交わっていく状況を作りました。6月は「ながれる」で、水の流れや溢れた液体が零れ出す状況を作りました。イメージとしてはもっと他にもあったのですが、時間内で描ききるにはイメージも制約を受け、何とかカタチにしてきました。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした4月分~6月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。
    週末 陶彫制作に明け暮れる
    昨日、疲労で制作が捗らなかった分、今日は頑張ろうと決めていました。朝から工房に篭りました。今日は大学院生もいて、それぞれの課題に向かって真摯に努力を続けました。陶土を叩いてタタラにしながら、6個の陶彫部品を何とか完成に近づけました。6個のうち柱陶が5個あります。朝9時から夕方4時まで精一杯の作業でしたが、気候がいいので気持ちよく取り組めました。背の低いテーブル彫刻の上面に展開する世界は、主だった部分は既に作り上げていて、そろそろ調整に入ろうと思います。同時に成形と彫り込み加飾を終えた陶彫部品を窯に入れていこうと考えていて、それぞれの陶彫部品の仕上げと化粧掛けをいつやろうか、可能ならウィークディの夜に出来ないか思案中です。新作は造形が例年になく細かいため、仕上げに神経を使いそうで、昼間に仕事で精神疲労をしているウィークディで、細密な作業が上手く出来るかどうか心配です。ともかく毎週末は今日のようなモチベーションで作業をやれれば、多少の余裕が生まれるかもしれません。そこに賭けていきたいと思っています。一日でも作業が上手くいくと欲張りになりますが、ウィークディの夜はあまり期待しないようにしようとも思います。職場では来年度人事を見据えた動きが出てくる上に、私自身のことも考えなければならず、そうしたことに心身を費やすことが多くなっていきます。気分的に夜の工房に来られるかどうかわからないのです。工房を後にして自宅に帰ってからソファに倒れるのは昨日も今日も一緒です。加齢という耐え難いものに勝てなくなるのはいつの事か、それでもまだ彫刻の素材と取っ組み合う意志は変わらず持ち続けています。また次の週末頑張りたいと思っています。
    週末 職員親睦の機会
    職場では大きなイベントが終わって、職員全員を労いあい、また親睦を深めるため宿泊研修会を企画しました。それぞれが専門職で別々に活動しているからこそ、私たちは組織的な対応が大切で、イベントを通じて連携を図るのは、職員全員の心をひとつにさせる重要な手段なのです。お互いの健闘を讃え、足りなかった部分を反省材料にすることで、私たちは先に進めることができるのです。コミニュケーションあってこその職場の運営なので、職員一人ひとりが気楽に管理職に、もの申す機会を私は逃しません。夜も更けて日付が変わっても熱心に話し合う場に、必ず私もいて、私に出来ることは何かを考えます。その中には無理難題もありますが、隠し事がないことが私の職場の自慢です。職場にはリーダーもいれば、経験の浅い職員もいますが、生の発言にコントロールを加えることなく、自由に意見を述べられる職場環境を私は目指しています。初任者を一人にしない、手厚く支援すると言ったリーダー格の職員に、私は心の中で頭を下げました。組織は形ではなく、こうした周囲の気配りや自分の仕事ではないけれど+αをやってくれることで成り立っていると私は思っています。お節介かもしれないけれど、私がやってやるわよと言った女性職員にも、心の中で頭を下げました。これが私の元気の源なんだと思います。今日の午前中に旅館から自宅に戻ってきました。疲れたけれど、大変良い機会だったと思っています。家の用事を済ませて、夕方工房に行きました。たいしたことは出来ず、陶彫部品の細かな仕上げをしました。明日は制作を頑張りたいと思います。
    プロジェクション・マッピング
    私の職場では年間2回祝祭的なイベントが行われます。前回は体育的なイベントで、昨日と今日行われたのは文化的イベントになります。察しがつく方や同業者には私たちの職業は明白ですが、ホームページのNOTE(ブログ)では拡散を怖れて敢えて職業は伏せておきます。私たちが働いている施設は横浜に百十数箇所あって、私の職場は小規模の範疇に入ります。通常は専門職として職員がそれぞれの活動をしていますが、イベントの時だけは職員同士が連携を図って、ひとつの目的に向かって突き進んでいきます。今回の私たちのイベントで大きな目玉になったのはプロジェクション・マッピングでした。私たちの業種では初めての試みだそうで、横浜市のある部署を司るトップが視察にきました。私はトップの人たちをお迎えし、プロジェクション・マッピングを制作するに至った動機や、制作者の紹介をさせていただきました。職場のモチベーションを上げるために打った手段でしたが、反響の大きさに職員も驚いていました。プロジェクション・マッピングをやってみようと起案した人に感謝です。制作工程は紆余曲折がありましたが、完成した作品に私は満足しました。プロジェクション・マッピングは何かと言うと、プロジェクションは投影という意味です。マッピングは投影する対象に映像をはり合わせる技法で、総合すると、これは単純な投影ではなく、立体物に映像を映し出し、3Dとしての効果を狙う表現手段なのです。私の職場では広い空間を持つ室内でプロジェクション・マッピングを行いました。音響に合わせて天井から星が降ってきたり、天井のブロックひとつひとつに異なった映像を、次から次へ出現させたりして、鑑賞者は目まぐるしい展開に拍手喝采でした。今後も継続・継承し、さらなる映像文化を築いていきたいと思っています。因みに私の職場ではプロジェクション・マッピング専用のソフトを購入し、プロジェクターを現場に持っていって壁や天井に合わせ、実際に投影しながら、撮影した映像の切り取りや部分的な位置合わせを行いました。地道な制作の中で、近隣にある大学の映像メディア研究室の協力も得ました。大学生のサポートがなければ完成しませんでした。職場の情報専門の職員に加えて、大学の知的財産を活用させてもらった成果は充分あったと自負しています。
    「ポルト・リガトの聖母」雑感
    先日訪れた国立新美術館で開催中の「ダリ展」において、ダリの宗教画とも言える巨大な「ポルト・リガトの聖母」の前で、私は暫し足を止めて見入ってしまいました。イタリア・ルネサンスの祭壇画を彷彿とさせる古典的手法で描かれた、現代のテーマを扱った絵画と言うべきでしょうか。聖母のモデルは、ダリの愛妻ガラだそうで、ガラはダリにとって聖母マリアそのものだったのかもしれません。核を用いた戦争によってダリは原子物理学を自作に取り入れ、さらに宗教画題や神秘主義に発展させていきました。科学と宗教の融合はルネサンス期にもありましたが、ダリが成し遂げようとした世界は、芸術史のスパイラルの中で、さらに深淵に臨むが如く危うく不穏な未来が予見されているように思えます。図録によれば「核実験、原子爆弾、広島と長崎の市街の原爆による壊滅的な被害は画家の創造に影響を与え、核爆発について知って以降、原子は彼の『好んでふける省察の主題』になったことを言明した。ダリは、この時期に描いた風景の多くが『爆発が発表されたときにわたしが経験した未曽有の恐怖』を表現していると語る。これらの作品の中では、当時ははるか遠くに暮らしていたにもかかわらず、故郷のカダケスやクレウス岬の硬くて鉱物的な風景に忠実であり続けた。~略~彼は1950年代に、原子核神秘主義を具体化した粒子の絵画を発展させた。彼はアメリカ滞在中にこの粒子の絵画について、新しい科学の発展という視野から宗教のテーマに取り組む試みであったと説明している。」とありました。制作場所が変われど、故郷スペインの荒涼たる風景を描きながら、来たる世界を予言するダリ・ワールド。情報が錯綜する現代の状況を鑑みて、ダリの主張した世界観をもう一度検証することも必要かなぁと思いました。