2016.09.29 Thursday
2007年より一日1点ずつポストカード大の平面作品を作り続けています。かれこれ10年になろうとしていますが、一日も欠かさず制作をしています。RECORDを始めて数年は、一日で全て完成させていました。最近は下書きを一日で行い、彩色を5日間まとめてやって、最終仕上げを後日にしているのです。つまり、毎晩自宅の食卓でRECORDを制作していますが、鉛筆下書きをやった後、彩色された別の作品にペンや面相筆や色鉛筆で仕上げを施す作業を同時進行で行っている状況になるのです。毎晩やっていると時に苦しい日もあります。一晩サボると翌日が苦しくなってきて、職場の仕事とは違う意味で焦燥感に囚われてしまいます。職場の仕事は県や市などの全体に関わる締め切りがあるので、それを目指して推し進めていきますが、自分で決めた仕事は、どんなに遅くなっても誰にも文句を言われることがありません。それは自分との闘いで、己を厳しく律することが出来るかどうかを自分で試しているわけです。創作活動は社会的なニーズがありません。人から求められることもなく自分の意思だけでやっているのが創作活動です。若い頃に打ち立てた創作への目標を、夢半ばで諦める人が多いのもわからないことではありません。ましてや日毎にゴールを決めているRECORDは難しいなぁとつくづく思います。毎日RECORDをやっているメリットは、創作に対するイメージトレーニングが出来ていて、すぐに手が動いて何かを捉まえようと試行錯誤することに躊躇せず入っていけることです。これは大きいことで、創作に対する敷居が低くなっています。予定では明後日の土曜日にカメラマンがやってきて1年間分のRECORDを撮影してくれます。昨年の10月から今年の9月分までの撮影になるので、9月分まではしっかり完成させなくてはなりません。その後、コトバを添えてホームページにアップするのです。
2016.09.28 Wednesday
ビジョン企画出版社が出している新報の評壇に、7月に開催した私の個展のコメントが掲載されていました。東京銀座のギャラリーせいほうには毎年評論家の瀧悌三氏が来てくれて、短い会話を交わしています。私の作品を大変好意的に受け取っていただき、また的確なアドバイスもあって感謝に耐えません。掲載されたコメントは短くまとめてあるので、全文を書き出します。「陶彫。『発掘シリーズⅧ』。疑似遺跡出土オブジェ。茶錆色が特徴。見ものは大作2点。1つは同じ箱物40点も連ねた円形構造物。迫力ある。もう一つは直線・弧線放射状構図を景観とする正方形物体。線の不揃いが興趣。他に小品少々。」文章が簡潔すぎて文句のつけようがありませんが、他の個展のコメントを読むと、かなり厳しい指摘があって、これは単なるコメントではないと思いました。瀧氏には客観的に批評をしていただいていると認識を新たにしました。作品の輪郭の説明の中に、迫力があると言っていただけたこと、線の不揃いが興趣とあって、その線の崩しに私が神経を注いだことをわかっていただけていることに勇気をいただきました。制作をしていると時々孤立無援なのではないかと私自身後ろ向きになることもありますが、批評を読むと鑑賞者との繋がりを感じて、何とも言えない喜びを感じます。頑張っていれば、いつか報われることを信じたいと思います。
2016.09.27 Tuesday
先日観に行ったフランス映画「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」の中で、授業に臨む生徒たちが、それぞれ意見を出し合い、議論を深める場面がありました。他の欧米映画でも授業風景を扱ったものは、教師の一方的な教えだけではなく、対話形式の授業をやっています。ディベートも多く取り入れられているのがわかります。これは古代ギリシャやローマから脈々と続く西欧の教育方法で、教育ディベートまたは狭義ディベートと言われているものです。日本は明治時代から欧米に追いつくため、知識偏重教育を行ってきました。それでも明治時代は議論形式の教育がありましたが、戦後にはそれも下火になって、知識のみを伝授する詰め込み教育が主流になりました。日本人の奥ゆかしい体質にはそれが合っていたのかも知れません。最近になってアクティヴ・ラーニングが新しい学習指導要領に大きく取上げられるようになりました。自ら課題を見つけ、自ら解決していく力です。それとともに人の前でプレゼンテーションを行い、そのテーマをもとにグループでディベートを展開する授業方法が脚光を浴びるようになりました。国際化が進む中で、とりわけ表現力が求められていて、自己アピールによって国際社会の中で対等に渡り合う力を学校でも身につけさせようとするものです。ただし、前述した日本人体質の話で言えば、私たちは人との調和や協働が得意です。意見を戦わせることを好まない人も多くいるのではないかと思います。古代ギリシャから侵略の歴史に翻弄された民族と、海に守られた島国で平和に生きてきた私たちでは体質は異なります。逆に私たちは組織の活用が上手ではないかと思うのです。職場で働きながら世界の中での日本の立ち位置を考えて、今後の学校教育はどうなっていくのか、それによってどんな人材が私の職場にやってくるのか、今日はそんなことを思いながら過ごしていました。
2016.09.26 Monday
昨日、橫浜のミニシアターに「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」を観に行ってきました。フランス映画でしたが、実話を基にしているそうで、脚本は当時生徒だった男性が書いたものが発端になり、女流監督と協働して作り上げたようです。映画の最初に流れる荒れ放題になった高校1年生のクラスは、生徒が勝手に音楽を聴いたり騒いだりしている厳しい状況で、教師は進級や進路の話題を持ち出しますが、それが生徒の神経を逆なでしてしまい、負の連鎖が広がる結果になっていました。人種差別の問題、宗教の問題、移民その他諸々の問題を孕んでいるフランスの教育現場は、なかなか大変だと思わずにはいられませんでした。そこに赴任してきたベテランの担任教師が提案した課題解決学習。それは誰もが知るナチスの大量虐殺(ホロコースト)に関するものでした。心の荒んだ生徒たちに投げかけられた究極の悲劇。しかも全校コンクールに応募することでゴールが設定されます。恥をかくだけだと劣等意識丸出しの生徒たちに、粘り強く訴える担任教師。自分と同じ歳の子たちに突然襲いかかった悲劇に、次第に引かれていく生徒たち。原題の「受け継ぐ者たちへ」というのは歴史上の負の遺産を受け継ぐと同時に、社会(学級)と連帯することで得られる貴重な自分の体験や知的資産を重ね合わせて、この映画のタイトルにしていると思いました。イスラム教に改宗したばかりの男子生徒が名前を呼ばれるたび、アラブ系の名前を名乗って一歩も譲らない場面がありました。結局彼はコンクールに行かず、クラスの仲間を見送っていました。映画では何気ない場面でしたが、実話らしい事実が伝わりました。今後も移民を受け入れている国家では、さまざまな問題が噴出してくるだろうと思います。教育がどう関わっていくか、難問が山積する中で世界共通語である人権擁護を中心に据えて、真の教育を施していく方策が現在も急がれています。グローバルな世界認識が進めば、日本もいずれこうした課題に向き合うことになるだろうと思っています。
2016.09.25 Sunday
今日も朝から工房に篭りました。昨日の続きをやっていました。背の低いテーブル彫刻の陶彫部品がある程度出来上がってきたところで、早めに工房を閉めました。次の段階は次回にしようと思ったのでした。陶彫制作はまだ焦る場面ではありません。制作工程が毎年締め切り間近になると厳しい状態になることはわかっていますが、年中から年中緊張の糸を張っていると、精神的に参ってしまうのです。制作には緩急が必要です。余裕を作り出して、午後は映画でも観に行こうかと家内を誘いました。今月はこれで映画鑑賞4本目です。たまたま家内の胡弓演奏がなかったので時間がとれました。観に行った映画は、フランス映画の「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」でした。横浜の下町にあるミニシアターには今まで幾度となく足を運んでいます。最近客席のシートが新しくなり、とても快適になりました。映画は実話を基にした内容で、パリ郊外にある高校が舞台でした。フランスは多民族国家で宗教も多様なため、日本の教育に見られない難しさがあると感じました。生徒の荒れる要素が単純ではなくて、貧困や家庭崩壊だけではなく政治的背景もあるように思われました。荒れた状態で学習もままならない生徒たちに、赴任したばかりのベテラン女教師がひとつの提案をします。第二次世界大戦のドイツであったホロコースト、この中で子どもたちと若者をテーマにして、全国コンクールに応募しようというものでした。最初は気乗りしない生徒たちでしたが、この事実がドイツばかりではなくて周辺国でも関わりがあることを知って、生徒たちの雰囲気が変わります。調べ学習を進めていくうちに、悲惨な歴史を乗越えようとする人間の尊厳を目の当たりにする生徒たち、やがて調査内容を「レジスタンスと強制収容についての全国コンクール」に応募して優勝を勝ち得るまでを映画は描いています。詳しい感想は後日にしようと思っていますが、心に残る素晴らしい映画でした。脚本は当時生徒だった男性が書いたそうで、実話らしい箇所が所々にありました。