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  • 上野の「木々との対話」展
    先日、東京都美術館で開催されている「木々との対話」展に行ってきました。副題に「再生をめぐる5つの風景」とあって、再生というコトバがキーワードになっている企画展であることが示されていました。当初別の展覧会を見たくて訪れた美術館でしたが、地下展示室に國安孝昌氏の夥しい数の丸太を組んだ作品が圧倒的な存在感をもっているのを見るにつけ、それが気になって仕方なく、つい足を踏み入れた展覧会でした。展覧会を見た結果、刺激的な現代作家ばかりで大変面白かったという印象を持ちました。前述の國安氏の陶ブロックと丸太による巨大構築物、細密な植物を彫ってさりげない空間に展示する須田悦弘氏、繊細で優美な幻想動物を彫る土屋仁応氏、人間の半身像に幻想を合わせた舟越桂氏、老木を素材に風景を取り込んだ田窪恭治氏、5人それぞれが独自の世界観を得て、確固たる軸足をもって発信し続けるパワーに、自分も勇気をもらいました。副題にある再生とは何か、図録にあった文を引用いたします。「ここで問題にしたいのは『芸術による』地域社会や経済の再生ではない。端的に、『芸術における再生』のことである。~略~芸術における再生とは、人それぞれの芸術体験における、今までの自己の揚棄、すなわち古いものが持っている内容のうち不要な要素を廃棄して、積極的な要素を新しく高い段階として保持することであると思う。」(山村仁志著)現代作家たちの作品は生々しく豊かで、あらゆる意味で同時代性を感じさせるものでした。私も自作に木材を使うことがあり、その関わり方を考えさせてくれました。
    ブランクーシとジャコメッティ
    東京都美術館で見た「ポンピドゥーセンター傑作展」の中で、どの巨匠に注目したかを問われれば、私は疑うことなく自分自身の彫刻を考える上で、最も影響を受けた2人の彫刻家を選びます。ルーマニア人彫刻家ブランクーシとスイス人彫刻家ジャコメッティです。本展では代表年と代表作品と芸術家のコトバが展示されていて、奇しくもジャコメッティは私の生まれた年の代表になっていました。ブランクーシの作品は「眠れるミューズ」が展示されていました。磨かれた金色のブロンズ、卵型をした彫刻で一度は図版で見たことがある有名な作品です。「呼吸するように創造することができたら、それは真の幸福でしょう。そこに到達すべきなのです。」というブランクーシ自身のコトバが添えられていました。創造することは生きることと同じという理想的な芸術の在り方が語られていました。ジャコメッティは「ヴェネツィアの女Ⅴ」が展示されていました。シュルレアリスムから出発したジャコメッティが到達した針金のような人体、それは見えたままのリアルを追求していくうちに塊を削る結果になりました。「私に見えるとおりに1つの顔をかたちづくり、描き、あるいはデッサンすることが自分には不可能だとよくわかっています。しかしそれこそが私の目指していることなのです。」という、いかにもジャコメッティらしいコトバがありました。ゴールなき追求がジャコメッティの姿勢です。芸術を生きること、芸術を追求すること、芸術を純粋に追い求めるのには、現代社会では難しい局面もありますが、これは気持次第でどうにでもなるだろうと考えます。改めて巨匠2人から珠玉のコトバを頂きました。
    上野の「ポンピドゥーセンター傑作展」
    35年ほど前にフランスの首都パリに行きました。当時、私はオーストリアのウィーンに住居を構えていて、この機会にウィーンからポルトガルの西端の岬までの鉄道旅行を決行したのでした。パリに立ち寄るとルーヴル美術館を初めとする大小規模の美術館を隈なく見て回りました。その頃ポンピドゥーセンターは完成から3年が過ぎていて、どこも新しい溌剌とした雰囲気が漂っていました。まず建物の外見に度肝を抜かれ、内部の鑑賞しやすさにも驚きました。近現代美術を収容する空間はこうでなければいけないと思っていました。日本でも1970年に万国博覧会があって、ポンピドゥーセンターは当時の万博のパビリオンを髣髴とさせる建築デザインでした。そのポンピドゥーセンターが所蔵する傑作が来日しているので、上野の東京都美術館に見に行きましたが、ほとんど忘れている作品ばかりでした。本展は美術史に残る有名な巨匠たちの作品を網羅しているのかぁと思ったくらいでしたが、東京で有名な作品が一堂に会して見られる機会は滅多にあるものではなく、美の価値観が変遷していく過程を見る絶好の機会とも取れました。図録には「自由を獲得するには絶え間ない闘いが求められる時代にあって『ポンピドゥーセンター傑作展』は1人1作が稀な機会に集うことで珍しい景色を披露し、創造の大切さ、さらにどれほどの犠牲を伴おうとも、なおそれを守る必要性を謳い上げる祭典でもある。」とありました。年代的に言えば1906年からポンピドゥーセンターが完成した77年までの作品がありました。私が特別に気に留めた作品は、後日改めて稿を起こすとして、ポンピドゥーセンターを設計した2人の建築家のコトバを最後に引用いたします。「ポンピドゥーセンターを建てる間、私たちは決して『合理的』ではなかった。私たちはつねに頭脳より心に従った。」(レンゾ・ピアノ)「ポンピドゥーセンターの成功は人々が先入観にとらわれず利用できるようなやり方を取ったところにある。パリジャンはカフェに行くように気兼ねなくポンピドゥーセンターに行く。それはとても良いことだ。」(リチャード・ロジャース)奇抜なデザインのポンピドゥーセンターはこのようにして誕生したのでした。
    週末 若いアーティストの帰国
    工房に頻繁に出入りしている若いスタッフは、既にアーティストといっていいくらいの存在感があります。彼女は大学院で先端芸術を専攻しています。昨年はインドネシアに留学していましたが、この夏も1ヶ月間ジョグジャカルタに滞在し、大学院修了制作のモティーフを探してきました。華奢で可愛らしい外見とは裏腹に、腰の据わった制作姿勢を見せていて、異文化に対する柔軟な感受性をあわせ持っているように思えます。インドネシアのバティックに見られる文様が、宗教や呪術に由来しているところを制作動機に取り入れようとしていて、彼女がイメージする世界観が楽しみでもあります。その彼女が日本に帰国して、久しぶりに工房に姿を見せました。いよいよ修了制作に取りかかるようで、途中で放置していた支持体に修整を加えていました。自分も今夏インドネシアに行って来たので、彼の地に1ヶ月もいた彼女に逞しさを感じました。ナシゴレンやミーゴレンばかり食べていたのかと聞いたら、ずっと自炊をしていたようで、豚肉が食べたくなって仕方がなかったという答えが返ってきました。インドネシアはイスラム教徒が多いため、豚肉を売っていないのです。友達がジカ熱やら麻疹にかかって大変だったというエピソードもあって、のんびりとした1ヶ月ではなかったようです。二科展に出品している後輩もそうですが、私は彼女にも背中を押されて制作をしています。今日も朝から工房で制作三昧でした。私の制作は現在のところ専ら陶彫ばかりで、なかなか木材を使った構造体制作に取りかかれません。来週の三連休あたりで、そろそろ木材の加工をしようと思っているところです。
    週末 4つの展覧会巡り
    週末になりました。久しぶりに家内と美術展に足を運ぶことになりました。午前中は東京都美術館で開催中の企画展2つ、午後は銀座の画廊でやっているグループ展と六本木の国立新美術館で開催中の公募展に行きました。まず上野の東京都美術館で開催している「ポンピドゥーセンター傑作展」では、20世紀の年代を追って、それぞれの時代で活躍した芸術家たちの痕跡を見ることができました。年代ごとに代表芸術家を選んで、彼らのコトバとともに作品が展示されていました。仏パリにあるポンピドゥーセンターには20代の頃に一度訪れたことがあります。当時はオルセー美術館はありませんでした。オルセー駅が廃構になっていて解体工事が進んでいました。そこに美術館が出来たわけですが、現在のオルセー美術館にある作品が一部ポンピドゥーセンターにあったように記憶しています。でも私の鮮明な記憶に残っているのはポンピドゥーセンターの広場に移築してあったブランクーシのアトリエでした。「ポンピドゥーセンター傑作展」では昔見た作品があったはずでしたが、ほとんど忘れていました。詳細な感想は後日に改めたいと思います。次に訪れたのは同美術館で開催していた「木々との対話」展でした。地下展示室に丸太を組んだ巨大なインスタレーションがあって驚きました。それが同展に入った動機でした。現代を代表する木彫作家5人の力作を堪能しました。これも感想は後日改めたいと思います。次に銀座に移動して、美術家連盟が所有する画廊でのグループ展を見てきました。職場に私と同じ二足の草鞋生活を送る職員がいて、彼が油絵を出品しているので見てきたのでした。余白を有効に使った抽象絵画で、制作途中で京都の庭園を見てきた話を本人から伺いました。空間を考えるのに庭園は参考になるのではないかと私も思いました。次に六本木に移動して国立新美術館で開催中の二科展に行きました。後輩の彫刻家がこのところずっと出品していて、彼の世界観がどのくらい広がったのか楽しみにしているのです。木彫による波紋のようなデザインは、技巧的にも優れ、重力を感じさせない軽快な造形に仕上がっていました。木彫の技巧では展示作品の中でも群を抜いていましたが、逆に技巧が目立ち過ぎる嫌いが出ていました。彫刻は技巧ではなく精神性を求めるものです。彼がある水準に到達した証拠ですが、実はそこから先が困難なのです。しかしながら彼の日々の鍛錬は凄まじく有能な彫刻家であることに間違いはありません。どんな壁でもクリアしていく彼のバイタリティは私を勇気づけてくれます。彼に背中を押されて、私も頑張ろうと思った一日でした。