2016.09.19 Monday
三連休の最終日です。今日は敬老の日で、職場周辺の地域でも「敬老の集い」があって、挨拶をしてきました。こうした中で制作をしていくのは気分的に乗らず、工房を出たり入ったりすることになりました。工房で背の高い柱と天板を眺めていて、これでテーブルを作り、テーブルの下にどのように陶彫部品を接合していこうか、あれこれ考えを巡らせました。テーブルの下に吊り下がる陶彫部品と、床から立ち上がる陶彫部品が途中で繋がるイメージを想定しました。今回の陶彫は有機的なカタチをしています。ちょうど樹木が地下に根を張っている状態をイメージしました。私の作品は人々が消え去った都市を連想させるところがあって遺跡の雰囲気が漂いますが、未来型の都市をイメージさせるところもあります。現在の大都会に建つ高層ビルは、デザインがますます個性的になっていて、無機質な形態ではなく有機的でユニークなビルが増えてきました。私は巨木の前に立つと、その勇壮な景観が未来の建築のように見えてくる時があります。私が作る集合彫刻も、球根や地下根など植物からイメージしている場合が多く、そこに住宅のイメージを絡ませています。今回のテーブル彫刻で私が作ろうとしているのは、巨木の地下根のように地中に広がる都市空間なのです。まだイメージが粗いので、細かい部分はその都度自分で修正していくのでしょうが、地中に逞しく根を張り、増殖を続けていく植物の生命力を建築に利用した構造体を作ろうとしていることは確かです。まずそれにはどこから手をつけたらいいのか、今日は思索ばかりの一日になってしまいました。
2016.09.18 Sunday
三連休の中日です。今日の午前中は休日出勤がありました。職場近くの施設に出かけていって挨拶をすることが私の仕事ですが、普段から協力をしていただいているので、礼儀を欠かすことが出来ません。仕事は人と人とのコミニュケーションで成り立っていることを実感いたします。午後は新作に向けての準備に当てました。新作はテーブル彫刻です。まず背の高いテーブルを2個作ろうと考えていて、柱の高さを2m50cmにしました。見上げるようなテーブル彫刻です。そこに天板を乗せるわけですが、一辺1m20cmの正方形の天板を考えました。厚さは36mmです。そのテーブルの下に陶彫部品をボルトナットで接合していく予定です。今日は材木店に出かけて天板になる材料2点を購入してきました。1m20cmの正方形は私の乗用車に乗る限界でした。店から工房までの道が渋滞していて、工房に帰ってきたのが夜になっていました。結局今日のところは天板を購入して終わりになりました。制作とはこんなものかもしれません。素材を選ぶのも制作のうちと考えて、実際に作っていくのは明日以降になります。この背の高いテーブル彫刻ですが、天板を柱に接合するために工夫が必要だと思っています。4本の柱を作業台にL字金具を使って垂直に立てて、その上に天板を乗せ、ネジ釘を打ち込む作業をしなければなりません。その時にスタッフが来てくれているかどうかも微妙なので、天板を乗せる作業以外は一人でやろうと思っています。2m50cmの高さがあるので大きな梯子が必要だし、組み立てて置いておく場所も確保しなければなりません。組み立てたら分解出来るようにする必要もあります。なかなか骨の折れる作業だなぁと思いながら、彫刻とはこういうものだと自分に言い聞かせました。
2016.09.17 Saturday
三連休の初日です。この三連休は制作三昧といきたいところですが、明日と明後日は休日出勤があって、出勤の合間を縫って制作をしていく予定です。この三連休は陶彫と併行して木材を加工しようと思っています。陶彫部品をテーブルに設置して、その全てをもって集合彫刻とするために、まずテーブルを作らなければならないのです。テーブルの脚部分になる柱材を工房にある木材から選びました。柱は全て陶彫で覆います。そのため柱の切断を後回しに出来ず、この三連休でやろうと決めました。とりあえず今日は16本の柱を切断しました。床に接着する部分は鑿で彫って少し細くしようと思っています。柱の3分の2は陶彫で覆うので、初めにこれを作る予定です。今回の私の作品に木彫表現による主張はありません。木彫部分は最小限に抑えて、あくまでも陶彫による作品に仕上げていこうと思っています。テーブルの構造を作るために木材を利用しているくらいの捉えです。今日は、昨日と違い好天に恵まれて蒸し暑さが戻ってきたように感じました。工房にいるとまだ夏のように汗が出ました。加齢のせいとは認めたくないのですが、ウィークディを過ごした後の土曜日は、何だか疲れていて電動工具を使っていても筋肉が痛みます。少し前まで活発に動いた身体がやや鈍くなっているように思えます。明日は元気が戻りますが、いつも土曜日はヘトヘトしています。木材加工を終えたら自宅に帰ることにしました。相変わらず夕方から夜にかけて身体をソファに横たえているとウトウトしてしまいます。明日の午前中は休日出勤がありますが、午後は制作を頑張りたいと思っています。
2016.09.16 Friday
職場では儀礼的なイベントと祝祭的なイベントがあります。今日は祝祭的イベントがありました。野外で開催するイベントなので、昨夜から天候を心配していましたが、一日のプログラムを午前中に凝縮して行いました。察しのいい方は私たちの職業がわかっているし、何よりも同業の方々がこのNOTE(ブログ)を読んでいられるので、野外イベントが何であるのか分かっていらっしゃると思います。私たちは普段は専門を生かしたことをやっているため、専門を超えて連携するイベントは貴重な機会です。職場には常勤の職員の他に非常勤の職員もいますが、イベントの時は勤務の条件を整えて手伝いをお願いしています。その他に大学生ボランティアもいて、今日は3人の学生の力を借りました。そうでもしないと小さな職場ではイベントの開催が危ぶまれるのです。今日の成功は常勤職員だけではなく、職員全員の力の結集であろうと思いました。職場では前向きな職員が多いなぁとつくづく思います。とりわけ若手職員の意気込みがイベントの成功を左右すると私は考えていて、彼らは大車輪のように動き、イベントを支えています。ベテランが表に出ることがないのは、健全な仕事環境ではないかと思いました。私が微力ながら管理職を続けられるのは、こうした組織が有効に働いているおかげと思っています。夜の反省会でも若手職員はスキルアップを図るべくベテラン職員の声に耳を傾けていました。
2016.09.15 Thursday
先日見た東京都美術館の「木々との対話」展で、私も彫刻の素材として木材を使っているので、これを契機に私自身の木との関わりを考えてみたいと思いました。私は生まれた時から木材が身近にありました。祖父は宮大工で棟梁を務めていました。実家はもともと農家でしたが、農業だけでは生計が立てられず、建築業を生業としていて、実家は常に職人が出入りする環境でした。鉋の削りカスや臍を彫った木っ端で、幼い私は遊んでいました。製材を立てかけた場所には近づくなと叱られた記憶もあります。父は造園業に転業しました。農作物を売るより、植木の方が実入りがいいと思ったのでしょうか、父は実家の田畑を植木畑に変えていきました。その頃、私は中学生になっていて、父の仕事を手伝っていました。他の職人仲間が、私のことを半端職人とからかい半分に呼んでいました。私は植木鋏を持たせてもらえず、専ら切り落とされた葉や枝の掃除をしていました。竹箒を振り回していたので、高砂とも呼ばれていました。枝に切った葉や枝が絡んでいると、カンザシを作るなと怒られました。枝をふるって全て地面にゴミを落としてから掃除をすることが教訓でした。そんな私は木に対して必要以上に緑を愛でたり情緒を感じることがありません。現在の職場で私の前任管理職は、施設内の木々を切るなと言っていたそうですが、私は逆の意見を持っていて、業者に思い切り枝を詰めろと指示を出しています。植木はそのまま放置すると、後になって手入れや管理が大変になるという職人的発想によるものなのです。木材は自分にとってドライな関係であろうと思います。それでも身近な素材として私は彫刻に木を利用しています。木のもつ情緒に流されないように、突き放した存在として木を扱っているつもりです。