Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 テーブルの上に広がる世界
    週末になって、いつも通りの制作三昧です。このところ週末はよく雨が降ります。今日も工房の開け放した窓から時より雨が入ってきていました。朝から夕方までずっと陶土と格闘していて、充実した時間を過ごしました。新作は何回かNOTE(ブログ)に書いていますが、テーブルの形をした集合彫刻です。2m50cmの背の高いテーブル彫刻を2体、背の低いテーブル彫刻を1体作る予定ですが、現在進めている陶彫部品は専ら背の低いテーブル彫刻に設置するものです。背の高いテーブル彫刻は下から見上げるような作品で、テーブルの下面に陶彫部品を吊り下げるのです。テーブルの上部には何も作りません。背の低いテーブル彫刻はテーブルの上面に陶彫部品を置く予定にしていて、既に3分の2は成形・加飾が終わっています。背の低いテーブル彫刻のテーブルの広さは180センチ×360センチでかなりの面積があります。因みにテーブルの下面には何も作りません。上面にだけパノラマのように広がる世界をイメージしているのです。建築の雛型のような陶彫部品は数個出来上がっていて、それぞれを陶で作った橋を渡してあります。ボルトナットで橋を固定するつもりです。架空都市のような風景を出現させようとしていますが、それぞれの構築物の接合部を埋没させる予定でいます。パノラマ作りは自分の得意とするところで、全体を鳥瞰できるのが気に入っています。作品を見た人が眼で風景を追っていき、想像を膨らませ、架空都市で遊べるのが楽しいのではないかと思っているのです。もちろん彫刻はジオラマではないし、遊戯的要素や余計な洒落気は止めていこうとも考えています。彫刻が彫刻であるために空間的な思索を重ねていくことが必要で、空間に緊張を齎すのは、その深さ故であることも自覚しています。また明日も工房に篭ります。
    映画「あなた、その川を渡らないで」雑感
    先日、橫浜のミニシアターでアンコール上映している韓国映画「あなた、その川を渡らないで」を家内と観に行きました。内容は小さな村で仲睦まじく暮らす老夫婦の生活を追ったドキュメンタリーで、夫は98歳、妻は89歳の夫婦でした。結婚76年目となれば、そろそろ介護が必要ではないかと考えてしまいがちですが、春には花をお互いに飾り合い、秋には落ち葉を、冬には雪を投げ合ってみたりして、この夫婦には生活を謳歌する茶目っ気たっぷりな日常がありました。その純愛さゆえ韓国でも有名な夫婦だったようで、監督はその実態を映像化するため、単身で夫婦の生活に入り込んだようです。老いが進み、咳が目立つようになる夫も、子どもや親戚が集まった時に、老いた親を心配して口喧嘩になる様子も、映像は坦々とその輪郭を追いかけていました。不幸な過去を夫婦が語る場面もありましたが、私はこの高齢まで夫婦が元気で生きてこれたことを思うと幸せそのものではないかと思いました。映画の主張したいことや、それを感じた観客が涙することもよくわかりましたが、私は感情移入が出来ずにいて、隣の席で泣いているご婦人には申し訳ないなぁと思っていました。家内も私同様あっさりとしていて、これは何だろうと心の自己分析をしてみたくなりました。まず韓国特有の溢れる情感に気持がついていけないのではないか、たとえば父がまだ存命なのに感謝を叫びながら泣きじゃくる子どもたち、あらゆる場面で吐露される情の脆さと激しさ、それが違和感になって、隣国の民族でありながら自分と異なる心の動きに戸惑ってしまったことが原因だろうと考えました。儒教が色濃く残る社会にあって、親兄弟を敬う姿勢が強調されているようにも感じました。日本も嘗てはそうだったはずですが、感情を表に出さない日本人固有の感受性と相容れないものがあるように思います。結果として頭で分かっていても、感覚的に今一歩近づくことができない隣国の文化を学べた映画であったと、私個人としてこの映画を解釈することにしました。
    秋分の日は工房へ
    今日は秋分の日でしたが、天気が安定せず朝から大雨に見舞われていました。休日はいつものように工房で制作をしていました。新作の陶彫部品の成形をやっていて、相変わらずの工房での作業風景ですが、これが滞りなく出来るのも職場環境や生活の安定があるからだと自覚しています。私は制作に集中すると周囲の状況は全て見えなくなります。創作活動の魔力によるもので、とても心地よい時間です。創作活動は心の内面の働きにより苦しみを伴うことがよくあります。その苦しみは耐えられないものではなく、自分に打ち克つための試練のようなもので、心のどこかで歓迎しているのです。何もないところからカタチを作り出す喜びがあるため、苦しみもまた楽しいと思える節があります。私の作り出す集合彫刻は1年間かけて制作を進めていくので、長距離走をしているようなものです。焦らず休まず、労働を蓄積することで完成に近づいていきます。一気呵成に出来ないところが私に合っていると思っています。私はコツコツとした粘り強い姿勢を何事にも貫いています。地味で面白みのないこともいっぱいありますが、小器用に作ったものは自分でも気に入らず、やはり時間をかけて精魂込めたものが自分でも納得できるものと思っています。まだ新作は始まったばかりで、今日一日制作したところで、何か変化があったわけではありません。でもこの蓄積が大切で、来春くらいには成果が出ると信じています。何でもない一日、でも意味のある一日を過ごしました。次の週末に継続です。
    ゆとりを作り出す
    日々職場の仕事に囚われて生活している中で、ゆとりを作り出すために退勤後の時間を有効に使おうと思っています。週末は休日出勤がない限り、私は創作活動をやってリフレッシュを図っていますが、それだけでなくウィークディにもゆとりの時間が欲しいと考えているのです。責任職はどこにいようと責任を負う立場なので、それならば少しでも余裕のある生活を送りたいのです。公務員として決められた給与の中で贅沢は出来ませんが、時間的な贅沢は自分次第で作り出すことは可能です。金曜日に開館時間を延長している美術館へ行くのも一手です。このNOTE(ブログ)やRECORD制作も自分を取り戻す大切なアイテムです。翌日が休日ならば心が解放されるし、夜のゆとり時間を過ごすのには最適です。というわけで今晩は家内を誘って映画に行くことにしました。レイトショーならば退勤後でも充分間に合います。自宅近くの映画館は中区にあるミニシアターで、今晩観た映画は韓国の「あなた、その川を渡らないで」でした。韓国のドラマはテレビでもお馴染みですが、情緒の表現が秀逸です。日本人に共通する心情があって、些細な仕草の捉えが見事です。「あなた、その川を渡らないで」は老夫婦を追ってカメラを回すドキュメンタリーを、あたかも演出された映画仕立てにしたもので、老夫婦の自然な会話や、何でもない日常が丁寧に描かれていました。夫が他界する時に、映画に魅入られて涙をすすっている観客がいましたが、私はそこまで感情移入が出来ずにいました。寧ろ気持ちが引いてしまって、この醒めた感覚は何だろうと思っていました。家内も同じでした。韓国と日本は似て非なるものではないかと思ったくらいです。詳しい感想は後日改めますが、今晩こうした映画を観て良かったと思っていますが、何か違和感が残るのは何故でしょうか。欧米の映画では感じられない引っかかるものがあるのです。それでも昼間の仕事を暫し忘れるのに最高の時間だったことに相違はありません。
    Exhibitionに16’個展をアップ
    私のホームページに、毎年開催している個展の雰囲気を画像にしたページがあります。Exhibitionというページで、画像は懇意にしているカメラマンにお願いしています。ギャラリーせいほうの照明は大変美しいので、撮影された画像は綺麗に仕上がっていて、私の自慢になっています。個展ごとに短いコメントを掲載していますが、今年のエピソードとしては搬入ギリギリに窯出しをした陶彫部品があって、その時は動悸がするほど焦っていました。間に合わなかったらどうしようと例年悪夢に魘されていますが、今年は本当にそうなるかもしれないという不安に苛まれていました。個展が出来て良かったとホッと胸を撫で下ろしたのが今も忘れられない思い出です。個展会場の画像を見ると、いろいろな思いが込みあげてきますが、Exhibitionにアップした会場の雰囲気は、作者の苦労を微塵も感じさせない出来栄えになっています。公募展やグループ展と違い、個展は数点を集めて自らの空間を提示するもので、それなりに厳しいものがあるなぁと自分なりに振り返ったところで、これがいつまで続けられるのか先行き不透明なところもあります。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからExhibitionを選んでクリックすれば、今回アップした2016年の個展会場の画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。