Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 制作を再開する
    昨日は疲労のためか工房に行っても制作が出来ませんでした。今日からいよいよ制作再開となりました。ただし、まだ体調は万全ではなく、作業ノルマになっている土練りと大きなタタラ作りだけをやってきました。今日は台風接近のため雨が降ったり止んだりする一日で、高校生の若いスタッフが夏休みの課題をやりに工房に来ていました。昨日よりいくらか涼しい気がしていましたが、作業を始めると汗が噴き出てきました。作業中の自分はどうやら疲労を忘れるようで、肩や腰の痛みを感じなくなるのです。これは不思議な状態で、さらに気持ちが入っていくと周囲を意識しなくなり、陶土と自分の間に緊張関係が生まれます。この状態は制作が進んでいることを意味しますが、そこまではいかないにしても久しぶりに陶土に触れた今日は、軽い緊張状態に入りました。疲労を抱えてのこの状態は、作業が一段落した時に心身の揺り戻しがあるらしく、その後遺症たるやとんでもないことになるのです。これはきっと自分特有のものかもしれません。素材が柔らかい陶土で、まるでカタチになっていないところからカタチを作り上げていく制作工程が、こんな精神状態を自分に齎すのだろうと思っています。木や石のように元々カタチがある素材や、金属のように製品化されたものであれば、彫ったり削ったり捻じ曲げたりしてイメージに近づけていきます。初めからカタチを持たない土は、自分次第でどうにでもなると考えている節が自分にはあります。木彫する時の精神状態は、陶土のそれとは異なります。木彫は木材の中にカタチを見出し、それを彫り起こしていく作業なので常に計算が必要です。彫り過ぎてはいけないという抑止力が効くのです。陶土は基本的にモデリングなので、木彫に比べると造形思考が解放されます。実際は窯に入れる大きさや厚みもありますが、自由さが他の素材よりあるのです。大きさもカタチも自分で決められるからです。そんな塑造の特徴を突き詰めていくと、自分特有な精神状態に入ってしまうのではないかと思っています。明日も続行です。
    疲労?制作再開できず
    今日は朝から工房に行って制作を再開する予定でした。工房には行きましたが、今ひとつ気分が乗らず、インドネシア旅行前に成形・彫り込み加飾していた陶彫部品の乾燥具合を確かめただけで自宅に帰ってきました。やはり疲労が残っているのでしょうか。家内が母の実家の草刈をしたいというので、それに付き合ったり、母の介護施設に行ったりして、今日は時間が過ぎていきました。胃腸の具合も万全ではなく、毎年アジアへの海外旅行の後はこんな調子です。ただし、古代遺跡を見てきたおかげで制作意欲は万全です。頭の中で新作へのイメージはほとんど固まってきました。背の高い陶彫作品2点と背の低い陶彫作品1点を作る予定ですが、背の低い陶彫作品は幅があるので4分割して作っていきます。現在は背の低い陶彫作品に取り掛かっていますが、技術的には背の高い陶彫作品の方が困難を極めると考えています。今回は木材による厚板と柱を使います。ちょうどよい長さに切断する必要があるので、陶彫制作と併行して木材の切断を始めたいと思っています。閉庁期間も夏季休暇も今日で終了です。あとは週末と夜の時間帯しか制作時間がありません。涼風が立てば制作がスムーズに進むのですが、現在のような気温では長い作業は厳しいと言えます。温度上昇による疲労もあって、肉体的にも精神的にも己を追い詰めていく創作活動は、無意識に心身に無理を強いる結果になるからです。大きな集合彫刻を作り出すのは長距離ランナーと同じです。長い道のりをペース配分を考えながら、焦らず休まず、坦々と進めていかなくてはなりません。その繰り返しが気持ちよく感じる時があるし、心の充実も図れる時があります。初段階として、そこまで持っていくために早く制作ペースを掴む必要があります。新作ごとにペースが異なるため、それは作業をしながら把握していくしか方法はありません。前作は同じ大きさの陶彫部品が多かったのでペースはすぐ掴めました。ただ量が多かったので完成がギリギリになってしまったことが反省点です。新作の陶彫部品の大きさはさまざまなので、ペースが掴みにくい嫌いがありますが、何とか対応していくしかありません。今日は疲労のためか制作が出来なかった分、いろいろな考えが頭を過ぎりました。身体が動かなかったけれど、頭脳で制作していた一日でした。
    インドネシア旅行から帰って…
    今朝、羽田空港に到着しました。実質4日間に及ぶインドネシア旅行が終わってしまいました。始まると即刻終わるという気分は、何と不思議なものでしょう。唯一の心名残りがあるとすれば、工房に頻繁に来ている若いスタッフが現在ジョグジャカルタにいて、その彼女に会えなかったことです。彼女は大学でテキスタイルを学び、現在は大学院で先端芸術を専攻しています。一度インドネシアに留学していますが、今回は大学院修了制作のモチーフを求めて再びインドネシアの地を踏んでいるのです。今月いっぱい滞在する予定と聞いていますが、私たちの行程と合わず、メールのやり取りで終始しました。インドネシアは比較的安全な国で、しかも芸術性豊かな風土なので、留学には良いかもしれないと思いました。さて、帰国した日本はインドネシアに勝る蒸し暑さで些か辟易してしまいました。インドネシアと違うのは道路が整然としているところで、車は車間距離を守って規則に従った走行をしています。改めてそんなことが目に映ったので思わず苦笑してしまいました。日本はアジアと言うより極東ヨーロッパなのかもしれません。帰宅してすぐ飼い猫のトラ吉をホテル兼用動物病院に迎えに行きました。猫も自宅に帰ると安心するようで、ペットホテルではストレスを溜めていることが今回わかりました。さまざま動物の臭いで興奮していたようです。トラ吉を自宅に置いて、次に実家に行き、盆供養の飾りの後片付けをしました。私たちが不在の時に妹夫婦が来ていることがわかりました。インドネシアの土産を妹宅に届けてきました。今日のところは工房に行けず、制作再開は明日に持越しです。夕食は寿司を食べに外に出ました。和食の美味しさに舌鼓を打ちながら、今回のインドネシアの料理は食べられたけれど、ナシゴレンやミーゴレンばかりじゃ飽きるなぁと家内に愚痴をこぼしました。
    バリ島 20年前の記憶を辿って…②
    昨日からバリ島のクタにいます。今日は現地ガイドではなく、私たち2人でクタの街を散策することにしました。20年前もここを散策していますが、街の様子が当時とは違い、新しい街にやって来た感覚です。まずクタビーチを見に行きましたが、渚のリゾートとして多くの観光客が海水浴を楽しんでいました。モダンなレストランが増えてハイセンスなビーチに生まれ変わった感じがしました。オーストラリア人は長期滞在して休暇を満喫している人が多く、水着で砂浜を闊歩している彼らを見ると羨ましい限りです。何のために働くのか、それは休暇を楽しむためだと、滞欧時代に友人が言っていました。留学生だった20代にそれを聞いて、仕事をするとはそういうものかと思っていましたが、今まさにその気分です。それでも彼らほど長く休めない自分は、仕事とは何かを改めて自問自答しています。クタは20年前とすっかり雰囲気が異なっていましたが、ビーチの内陸に入った賑やかな通りには、多少記憶を留めている店がありました。当時も今も土産物店が多いのは同じですが、エステやタトゥーを入れる店が増えていました。かつて雑貨と言うよりアートに近い作品を売っている店があり、そこが気に入って仮面やら布を購入してきました。今でもその作品は自宅を飾っていますが、そんな店があればと期待していました。当時の店ではなく、洒落た雑貨を扱う店があったので、家内が服や小物を購入しました。通りには爆破テロ慰霊碑がありました。2002年にここでテロがあったのをテレビで見ていました。楽園にもテロがあるんだとその時思い知りました。インドネシアはイスラム教徒が多く住んでいます。テロ行為を起こす連中は、真のイスラム教徒ではないと現地ガイドが強い口調で言っていました。確かに街の人々は穏やかで、厳正な礼拝を欠かせません。殺人を奨励する宗教指導者がどこにいるでしょうか。海外に行くにもテロを心配するようになりました。自分が見たい古代遺跡は、テロが多発する国にあり、そのうちいくつかの遺跡は破壊されてしまいました。自然遺産も文化遺産も幾星霜に亘って継承されてきたもので、それは人類の知的財産でもあると自分は思っています。過去の記録を通じて未来を考えるのは、分野が異なれど全てに共通するものです。自分がやっている彫刻もまた古代遺跡から示唆されるもので、そのために自分はアジアの世界遺産を巡っているのです。そんなことを思いながら、夕方デンパサール空港に到着しました。
    バリ島 20年前の記憶を辿って…①
    昨晩、バリ島のデンパサール空港に到着しました。バリ島は20年前に大学時代の友人たち3家族と来ていました。自分にとってバリ島は、ヨーロッパ滞在から帰って初めて出かけた海外で、ツアーの便利さを知った機会でした。現地ガイドの日本語の堪能さもその時初めて知りました。あの頃、自分は既に公務員になっていて、短い休暇を楽しむ海外旅行をするならツアーに申し込むのが最適と思ったのでした。今回も現地ガイドが便宜を図ってくれました。私たちは繁華街クタにあるホテルに2泊することにしました。私は20年前の記憶を辿ってバリ絵画の盛んなウブドに行きたいとガイドに申し出ました。確かその途中に木彫や銀細工の村があったと思い出し、今日はウブドまでの行程を楽しむことにしました。バリ島は20年前とはまるで変わってしまっていて、都会化された舗道には渋滞が日常的に発生し、私たちもその渦中に入っていきました。アジアの交通事情は、今まで行ったカンボジアやタイも同じで、ここも騒々しさと混乱に溢れていました。銀細工の店や木彫の店に立ち寄りましたが、私の心を打つものはなく、ここでも20年前の素朴さは失われていました。以前は木彫工房で制作途中の仮面を見つけて、焦る作者を尻目に彫り跡が残るガルーダの仮面を購入したのでした。今回、木彫のマス村で私が求めたのはアンティックな仮面でした。値が張りそうな仮面でしたが、店主の言う値段が安かったので、我を疑いつつ言い値で購入することにしました。店主が昔の値段を一桁間違えたのではないかとガイドが言っていました。ウブドでは20年ぶりにネカ美術館を訪れました。当時新しかった美術館も古くなって、革新的な現代絵画が増えていましたが、やはり伝統に則った細密な風景や風俗を描写したバリ独特な絵画が優れていて、昔と同じ感動を齎せてくれました。ウブドからの帰り道にケチャックダンスを見ました。これも昔見た記憶がありますが、猿に扮した男性合唱がリズムをとるのが特徴的です。姫を助けるため悪の大王と戦う王子の物語ですが、劇に使われる仮面のデザインがユニークで、どれも美しいと思いました。