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  • 橫浜の「メアリー・カサット展」
    先日、横浜美術館で開催している「メアリー・カサット展」に行ってきました。メアリー・カサットはアメリカ人の女流画家で、19世紀から20世紀にかけて印象派の潮流の中で活躍した人でした。来日していた多くの絵画は典型的な印象派の手法で描かれていましたが、どれも色彩豊かで溌剌としていて、モチーフに多く取上げていた母子像では温かみと強い絆をを感じさせてくれました。この時代に女性アーティストとしての地位を獲得するには偏見や障害があったと察しますが、図録によると「男性が支配的な分野での女性アーティスト、ヨーロッパの美術の中心地そして伝統の中で仕事をするアメリカ人、古い家柄や職業的つながりによって形づくられた世界での新参者として(カサットはひとつのモデルを提供した)。このような障害を乗り越える彼女の方法は、障害それ自体と同様に複雑で矛盾したものだし、時が経つにつれてその方法も変化した。」(N・M・モシューズ著)とあるように、性差を超えて認められることは、現在からすれば大変なことだったでしょう。パリに住み、彼の地の先進的な批評家たちによって支えられ、自らの才能を高いレベルに引き上げられた当時の芸術環境は、カサットにとってこの上なく大きかったのではないかと推察できます。「人生の最後まで、カサットは熱心に自らの時代の芸術とさまざまな問題について探求を続けた。それは歴史を記録するというより、自身の芸術を通して、人生の質、とりわけ女性、そして未来の世代の生(life)の質を高めようとするものだった。」(N・M・モシューズ著)
    呪縛からの解放
    毎年大きめの新作彫刻を2点ずつ作り続けていますが、制作に取りかかると作品のイメージの虜になってしまいます。イメージの具現化を目指し、どんなパーツがどのくらい必要か、完成にはどのくらい日数がかかるのか、ひとつずつの陶彫部品はどのくらい自由に作ることが可能か、それらを統合した場合にどんな効果が生まれるか、考え始めたらキリがありません。職場に制作イメージを持ち込むことは極力避けていますが、ふとした弾みに頭を過ぎることは結構あります。そうした行為は呪縛とも言えるもので、完成するまで解かれることはありません。創作活動には魔力的な何かが潜んでいると私は思っています。職場で自分はトップにいますが、組織的な対応をすることはあっても、自らの心の琴線に触れることは滅多にありません。職業人として職場の課題解決を図ったり、働く人たちの意欲を高める声かけをしているのは、組織を全面に出して自らを裏方に置き、自分は常に冷静に眺めて全体構成をする人たちのバランスをとらねばならないと自分自身に言い聞かせているためです。そこがたった一人でやっている創作活動と大きく異なるところで、職場では魔術に手足を絡みとられ、孤独な呪縛に悩むことはないのです。個展開催の足音が響いてくると、呪縛は一層厳しくなっていきます。嫌なら止めればいいと自分に問いかけますが、魔力に憑かれているためか、創作活動を止める発想はありません。終焉のひと呼吸が尽きるまで創作活動は止められないと思っているのです。もうひとつの職業は働く人たちの気持ちが掴めなくなったら辞めようと思っています。私がいると全体が上手くいかなくなり、別の管理職にお任せした方がいいと判断した時が辞職の潮時でしょう。現在創作の方は漸く呪縛から解放されて、次の呪縛が始まる予感がしています。解放を味わう僅かな時間を楽しみたいと思います。
    週末 制作開始&鑑賞
    個展閉幕から一夜明けて、今日から新作の制作を開始しました。自分は個展の余韻に浸ることを敢えてやりません。振り返らず進んでいこうとする姿勢を自分の信条としているためで、間髪を要れず矢継ぎ早に作り続け、休息は制作が乗ってきた時にとります。昨日搬出を手伝ったスタッフも今日から工房で自らの課題に向き合っていました。新作のイメージは既にあります。まず陶彫部品をひとつ作って、それから大雑把な制作工程を考えてみる方法をとっています。最初に手を動かしてみないと始まらないのです。そのうちにどのくらいの規模で全体を作っていくかが見えてきます。頭にあるのはギャラリーせいほうの空間です。毎年個展を企画していただいているので、ギャラリーせいほうの空間がスケールの基準になっているのです。今日のところは陶彫部品の成形をやりました。午後はスタッフ2人を連れて、横浜関内にある画廊に行きました。私の職場では自分と同じ二束の草鞋生活を送る職員がいます。「モダンアート展」にも出している彼は、横浜の仲間とグループ展をやっていて、その新作油絵を見てきたのでした。銀箔と青い色彩を使った抽象画ですが、最近は余白が増えて、平面空間がさらに簡潔化しているように思えます。今後の精進に期待したいところです。その後、桜木町に移動し、横浜美術館で開催中の「メアリー・カサット展」を見ました。女流画家として印象派の時代に活躍したアメリカ人画家の色彩で溢れた世界を堪能しました。同伴したスタッフ2人も女性だったので、何か共鳴するところがあったかもしれません。この感想は後日改めます。
    16’個展最終&搬出の日
    11回目の個展の最終日を迎えました。個展は自分にとって誇らしい面がありますが、自己内面世界を多くの人に見せるというのは恥ずかしい一面もあって、最終日を迎えることで実はホッとしています。今日は朝から懇意にしているカメラマン2人が個展会場の撮影に来てくれました。「発掘~環景~」は画像として面白く加工できると感想を洩らしていました。図録撮影の時と違い、ホームページにアップする時はカメラマンの趣味趣向を入れてもらうので、きっと楽しいデジタル画像が完成するのではないかと思います。午後は友人や職場の方が多くお見えになりました。ウィーンで付き合いのあった友人が30年ぶりに現れた時は、当時の節約を余儀なくされた留学生時代に引き戻されました。今回の個展は自分の過去と向き合う機会が多く、自分の生きた時代が走馬灯のように甦りました。山梨県でワイン会社を営んでいる従兄弟夫妻も来てくれました。親戚にはこのワイン醸造業者の他に考古学者や弾き語りの歌手がいて多彩な面々がいますが、文筆家や紀行作家の知人を含めると、今回の個展も例年に劣らず、さまざまな分野の人たちに来廊していただきました。芳名帳を開いてみると、10年以上も個展を続けていて良かったと思っています。皆様にはわざわざ東京銀座まで足を運んでいただいたことに心より感謝申し上げます。本当に有難うございました。最後に懇意にしている運搬業者2人と搬入搬出に関わってくれたスタッフの皆さんにお礼申し上げます。こういう人たちがいなければ彫刻の個展は出来ません。搬出はチームワークでスムーズに出来ました。木箱を山積みしたトラックを、私の運転する乗用車にスタッフを乗せて追走していると、業者とスタッフたちの尽力に有難さと温もりを感じます。来夏12回目の個展開催をギャラリーせいほうの田中さんと約束しました。このメンバーで今後も続けたいという思いでいっぱいです。
    手許に戻ったルーマニア鳥瞰図
    東京銀座のギャラリーせいほうでの個展に、紀行作家のみやこうせいさんが来てくれました。みやさんとは30年以上の付き合いで、最初に会ったのは1980年代のウィーン時代に遡ります。当時の私はウィーン国立美術アカデミーの学生でした。私の鄙びた下宿にみやさんはやってきて一宿一飯の恩義を彼に与えることになりました。それが契機になり、その後はあれよあれよと厚かましくも彼は我が家で多宿多飯となりました。その恩を感じてか、みやさんは私をルーマニアに誘い、一緒に本を出版しようと持ちかけられ、日本に何の伝手がなかった私は、彼の提案を呑むことにしました。それから、みやさんとルーマニアに行くこと数回、いやもっとあったかもしれませんが、当時社会主義国家だったルーマニアは、私たちの足取りを秘密警察が追ってくるような事態が頻繁にありました。みやさんは古来から残存する東欧の田舎の風習にカメラを向け、私は敬愛する彫刻家ブランクーシの足跡を訪ねる旅が始まりました。出版の話は1990年にやってきました。NHKブックス「ルーマニアの小さな村から」(みやこうせい著)でイラストは私が担当しました。溜め込んでいたスケッチや写真資料を使って、「マラムレシュ絵図」と「羊の季節」を水彩多色で、「マラムレシュ民家」をペン画で描き上げました。3点の見開きイラストを掲載した書籍が書店に出回ったのを今でも覚えています。その鳥瞰図3点が今日手許に戻ってきました。30年以上も前にスケッチをしたルーマニアの木造の民家や衣装や風俗、それをまとめ上げたイラストは私にとって懐かしく、またあの頃の生活を思い出させるような郷愁を誘うものでした。私は普段から旧作をあまり好ましく思っていないのですが、この鳥瞰図は独特の位置にあって疎かに出来ない迫力がありました。新作の並ぶ個展会場で、暫し過去と向き合った一日でした。