Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 搬入前の最終点検
    図録撮影時には現行の作品の一部の部品が不足していたり、それらの補填を急いだためブレーカートラブルに見舞われて窯内の温度が上がっていなかったり、とにかく今回の新作には苦労をさせられました。完成までの綱渡りというコトバを私は毎年使っていますが、今回ほど実態に伴った綱渡りがあった年はなかったように思います。それが証拠に今も窯内にまだ冷めやらぬ陶彫部品があるのです。それでも何とか明日の搬入に間に合いそうで、内心はホッとしています。今回は11回目の個展で、過去10年の間にはさまざまなアクシデントがありました。陶彫部品を接合するボルトナットを忘れて搬入に行ってしまい、慌てて銀座のギャラリーから橫浜の工房に戻って、忘れ物を持ってもう一度気を取り直して銀座に向かった時もありました。小さな部品が見つからず、搬入した日の夜に木箱を預かってくれていた業者の倉庫に行って、箱の中から小さな部品を見つけた時もありました。今回は慌てることのないように準備をしておこうと思います。先日、ふと気づいて芳名帳を購入してきました。図録も300冊ほど搬入時に持ち込もうと思っています。ガムテープ、ドライバー、筆記具等準備や最終日の搬出に必要なグッズも持ち込みます。1年1回のイベントは自分にとって命を削るような思いをすると言っても決して過言ではなく、ハラハラドキドキして初日を迎えるのです。今日の点検は時間をかけて、個展会場をイメージしながらじっくり準備をやりました。いよいよ明日は搬入です。
    カフカ「城」の再読を始める
    「城」(カフカ著 前田敬作訳 新潮社)の再読を始めました。先月の関西出張の時に新幹線の中で読んでいたもので、途中で放棄していたのでした。本著は読んでいくと何となく居心地の悪さを感じさせるような場面が多く、主人公の立ち位置がはっきりしない状況が見て取れます。以前読んだ「変身」にも同じような雰囲気があったので、これはカフカ文学の特徴なのかもしれないと思っています。カフカは旧オーストリア帝国に属していた現チェコのプラハに生まれたユダヤ人でした。41歳でその生涯を閉じていますが、生涯を通じて自己存在を問い、いかなる世界にも所属していない賤民感覚があったらしく、それをして彼の独特な文学が形成されたと言っても過言ではありません。西方ユダヤ人として生を受けたカフカは、正統ユダヤ教徒ではなく、かといってキリスト教世界にも属していませんでした。ドイツ語を使用していましたが、チェコ人ではなく、ボヘミア・ドイツ人でもなく、旧オーストリア帝国にも所属感のない存在でした。就労でも保険局吏員として市民階級や官僚にも属せず、家庭内では父親との関係で、作家としての自覚も薄い存在でした。そんなカフカが一見平穏を装いながら、所属意識を問いかける存在喪失を描いたとしても不思議ではありません。カフカはそんな宿命を負ったことで、新しい文学への扉を開いた偉業を成し遂げた作家ですが、生前の本人にはそんな意識はなかったかもしれません。今日から「城」の読破に挑みます。ニュアンスは若干異なりますが、哲学者ハイデガーの言った「世界内存在」を文学によって解釈し、また課題化した作品と私は考えています。
    アインシュタインとの往復書簡
    20世紀最大の物理学者であったアルベルト・アインシュタインと、同じく最大の心理学者であったジームント・フロイトの往復書簡が、フロイト選集「宗教論」(日本教文社)の巻末に収められています。これは1931年に国際連盟の勧告によるもので「精神生活の代表的人物のあいだに書簡の往復を活潑ならしめること。ちなみにこれはつねに、とくにヨーロッパ史の偉大な時期にこの形式において行なわれたあの思想交換にあやかるものである。つぎにまた、その書簡のためには、国際連盟ならびに精神生活の共通の利益に寄与するのにもっとも適したテーマを選ぶこと。さらにこの往復書簡を定期的に公表すること。」という内容でした。アインシュタインは「いま述べた少数者(このばあいには支配者)が、戦争によって苦しみかつ失うよりほかにすべのない国民大衆を自らの欲望に屈服させることができるなどというのは、どうして可能なのでありましょうか。」「多数者が上述の手段(すなわち時の支配者たる少数者は、とりわけ学校や新聞、およびたいていは宗教団体をも手中に収めているのです)によって、狂乱や献身の状態にまで熱狂させられることが、どうして可能なのでありましょうか。」「人間の精神的発達を、憎悪や殺戮という精神病に対して抵抗力をもつに至るまで、推し進める可能性があるものでしょうか。」という3つの疑問をフロイトに投げかけています。それに対してフロイトは得意とする精神分析を用いて現実の戦争防止論を述べていますが、人間の心にある破壊衝動を取り上げているため、些か戦争防止に絶望しているようにも感じます。それでもアインシュタインとともに平和主義者を標榜するフロイトは「戦争に対しては、体質的不寛容であり、いわばこのうえなく増大した異常嫌悪なのであります。」と言っています。これはドイツの独裁に対する不安や懸念が最高点に達していた当時のヨーロッパ情勢を物語るものだと感じました。
    「人間モーセと一神教」読後感
    「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)は単元別に何度もまとめを行っているので、敢えて全体を通したまとめは行いません。読後感としては、フロイト自身が抱え込んだ血の濃さ故なのか、これはユダヤ民族に対し全身全霊を注ぎ込んだ力作でないかという感想を持ちました。本書で語られている内容が真実かどうかは別として、フロイトが専門とした精神分析を人類史に当て嵌めて論じたところに興味深さがあります。つまり、歴史学者とは違った視点があるわけで、本書は人類としての大きな捉えで精神の暗闇に切り込んでいく論文と言えるでしょう。最後のあたりでキリスト教についての論考がありました。「自らローマ市民パウロと名のるタルスス生れのサウロというユダヤ人がいたからこそ、彼の精神のなかにはじめてつぎの認識が発現したのである。すなわち、われわれは父なる神を殺害したがゆえに、かくも不幸なのだ、と。しかも、彼がこの真理の一片を、福音という妄想じみた表現による以外にはとらえられなかったというのは、きわめて理解できることである。その福音とは、われわれのなかの一人が、われわれの罪を浄めるために自らの生命を犠牲にして以来、われわれはあらゆる罪から救済されている、というものである。~略~この新しい信仰は、歴史的真実の源泉から流れこんだ力によって、あらゆる障害をうちたおしたのである。そして幸福をもたらす選民思想のかわりに、解放を与える救済思想があらわれたのである。」ユダヤ宗教から現れた新しい信仰であるキリスト教。キリスト教の救済思想は民族を超えて広く頒布され、国際化された宗教のひとつになりました。ところで、ユダヤ人の選民意識は今も脈々と続いているのでしょうか。ユダヤ人の中にはキリスト教に改宗する人も多いのではないかと思います。フロイトも厳粛なユダヤ教徒というわけではなさそうです。これをもって「人間モーセと一神教」を終わりたいと思います。
    魂の誕生について
    魂とは何か、創作活動や芸術行為に頻繁に出てくるコトバで、事実私もよく使います。魂は目に見えるものではなく、精神世界に属し、生命の証しとして存在すると私は思っています。この私の解釈は正しいのでしょうか。フロイトの「宗教論」にこんな一文があります。「彼(モーセ)の神(一神教)は、名前の顔も持っていなかったが、これはひょっとすると、魔術の誤用に対する新たな防止策だったのであろう。しかし、この禁止を受け入れたばあい、これは徹底的な作用をおよぼさざるをえなかった。なぜなら、これは、抽象と呼ばれる観念に対して感覚的知覚が軽視されていることを意味した。すなわち、感性に対する精神性の勝利、厳密に言うならば、心理学的に必然的な結果をともなった衝動放棄を意味したのである。~略~《思考の全能》とは、言語の発達に対する人類の誇りを表現したものであったし、この発達は知的活動のきわめて異常な促進をともなった、とわれわれは考える。観念や記憶や推理過程などが権威をもつ精神の新帝国がここに、感覚器官の直接の知覚を内容とする程度の低い心理活動に対して、対立的なものとして創始された。たしかにこれは、人間形成の途上におけるもっとも重要な段階の一つであったのである。~略~全世界はたましいを吹き込まれ、ずっとおくれて登場した科学は、世界の一部からふたたびたましいを追いだすために、たっぷり仕事をしなければならなかったが、まだ今日になってもこの課題は片づいてはいないのである。」つまりモーゼが興したユダヤ教は、それまでの偶像崇拝の多神教にはない抽象的で精神的な世界観を持つに至り、思考が全能を支配することになったとフロイトは述べています。それは感覚的(視覚・触覚)世界から知的精神性(形而上)の世界への移行発展であり、魂という概念が誕生したことを意味するものだったと言えます。知性や精神性は、偶像を持たない一神教から始まったとフロイトは結論づけています。