2016.06.26 Sunday
昨日、板材を購入してきて、今日から梱包用の木箱作りを始めました。陶彫部品をそれぞれエアキャップで包んで木箱に入れるのです。ひとつの箱に大きな部品はひとつだけ、小さな部品は複数個を一緒に入れるようにしています。以前はダンボールで梱包していましたが、展示が終わって搬出されてきたダンボールは、長い保存に耐えられずに箱が潰れてしまい、それを全て木箱に替えた思い出があります。旧作の木箱は工房の倉庫部分の1階に置いてあります。ロフトに上げるのは重量があってつらいのです。今回も30箱くらいが必要ですが、搬出後は全て1階に置きます。今日の午前中は、陶彫成形し乾燥した作品に、サンドペーパーで仕上げをして化粧掛けを施しました。これは窯入れをするための準備で、今日の作業が終了した時点で窯のスイッチを入れるのです。午後は木箱を4つ作りました。ひとつ作り上げるのに30分くらいかかるなぁと思いました。今日の工房は蒸し暑く作業していても汗が滴りました。工房には3人の若手スタッフが来ていて、それぞれの課題に向き合っていましたが、あまりの暑さに作業を中断し、早めに切り上げることにしました。自分も熱中症を心配してしまいました。明日は窯の関係で電気が使えないので、明後日から夜の時間帯をつかって木箱作りをしようかなぁと思っています。今日は、というより今日も疲れました。週末の終わる夜はいつもヘトヘトになっていて、明日からの公務に影響するのではないかと思うほどです。個展前の緊張状態が続いています。
2016.06.25 Saturday
先週末は関西出張があったため、制作ができる週末がやっとやってきたという感じです。でも今日は午後から絵画コンクールの審査員を頼まれていて、丸一日制作に邁進することはありませんでした。朝は工房に出かけ、「発掘~環景~」の補充部品の化粧掛けと仕上げをやっていました。陶彫成形は既に全部終わっていて、乾燥を待って仕上げをし、窯入れをするだけになっています。個展搬入日から計算していくと、ギリギリで間に合いますが、陶彫は最後に窯に入れて焼成するため不測の事態も考えられるので、本来なら余裕を見て終わるのが良いと思っています。今回はそう意味でも厳しいとしか言いようがありません。加えて搬入搬出や作品保存のために陶彫部品ひとつひとつを木箱に入れるため、木箱を大量に作らねばならず、手間はまだまだかかります。私の制作に対する姿勢が若いスタッフに刺激を与えているのも確かで、毎回週末になるとやってくる大学院生は、自らの課題に真摯に向き合っているようです。午後になって工房に大学院生を残し、私は公益社団法人関東海事広報協会が主催する「海の絵画コンクール」の審査に、みなとみらい地区にある万国橋会議センターに向かいました。審査は2時間程度で順調に終わりました。港の風景を描いた絵画を見ていると、自分の制作で疲れた心が和みました。夕方は工房に戻り、大学院生を連れて、木箱用の板材を買いに出かけました。今日は多忙な一日を過ごしました。明日から制作と併行して梱包を始めます。とりあえず木箱を30個作ろうと思っています。
2016.06.24 Friday
「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)終結部の「B潜伏期間と伝説」のまとめを行います。ここでは、一神教を提唱したモーセの役割と、その一神教が民族に定着するまでの長い潜伏期間についての考察が述べられています。精神分析学で言うところの外傷的神経症と同じような傾向が、宗教を受け入れる民族に見られると推論したフロイトですが、個人症状を拠とし、集団心理の状況にまで至る論理の展開をしつつ、資料が調わない古い時代に心理学的な仮説を立てて考察を進める方法をとっています。この発想に当時は馴染めなかった人も多かったろうと思っています。「ここでわれわれは、つぎの信念を抱いていることを告白する。すなわち、唯一の神という理念ならびに魔術的作用をもつ儀式の廃止、および神の名における倫理的要求の強調、これらが実際にモーセの教義だったのであり、この教義は、はじめは耳をかす人もなかったけれども、長い年月を経たのちに影響をおよぼすようになり、ついに長期にわたって、確固不動の地歩をきずきあげるにいたったものである、と。その影響がそんなにおくれたのは、どう説明したらよいのであろうか。」それに対する一つ目の回答として「言論のたたかいはある時間を必要とするのであって、はじめから支持者と反対者とがあるが、やがてその支持者の数と重みが次第に増していって、ついには最期に優勢を占めてしまう。」というのがあります。さらにフロイト特有の理論が二つ目の回答に表されています。「外傷的神経症の問題とユダヤ一神教のそれとの二つのばあいのあいだには、根本的な相違があるにもかかわらず、ある点において一致が見られることに、われわれはあとから気づかざるをえないであろう。それはつまり、『潜伏』と名づけてよいような性格においての話である。」
2016.06.23 Thursday
「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)はひとつの論文ではなく、最初「イマーゴー」誌に発表され、その後になって終結部がつけられています。論文の主旨は一貫していますが、フロイトの専門分野である精神分析学によって歴史的事実を掘り起こすことが、終結部ではさらに先鋭化しているようにも思えます。2つのまえがきに続く「A歴史的前提」では一神教の成立に関する考察が述べられています。引用すると「若いアメンホーテプ四世の登場によって、この神の理念の発展以外に興味をもたないファラオが支配の座につくことになる。彼は『アートン信仰』を国家宗教にまで高め、彼によって宇宙神が唯一の神となった。ほかの神々について語られていることは、すべてうそいつわりだとされた。彼は魔術的思考のあらゆる誘惑に断固として仮借なく抵抗し、死後の生命という、とくにエジプト人にとって貴重な幻想をしりぞける。」とあります。その後に「アートン信仰」は崩壊の一途を辿ります。「彼におさえつけられた神官階級の復讐は、いまや彼への思い出に対して暴威をふるい、『アートン信仰』はしめだされて、罪人の烙印をおされたファラオの宮殿は破壊と掠奪にゆだねられた。」一旦壊滅的だった一神教が再びモーセによって興され、エジプトからの脱出劇があることをフロイトは仮説で述べています。「この異民族を自分の民に選び、自分の理想を彼らによって実現しようと試みた。彼は随伴者に伴われてともにエジプトを去ったあとで、割礼のしるしを授けて彼らを神聖なものにし、彼らに立法を与え、ちょうどエジプト人が廃止したばかりの『アートン信仰』の教義のなかに彼らをひき入れた。このモーセという人物が、ユダヤ人たちに授けた掟は、彼の王にして教師だったイクナートンのそれよりもおそらくもっと峻厳だったであろう。」
2016.06.22 Wednesday
先日の関西出張の折、京都国立近代美術館で開催中の「ポール・スミス展 HELLO、MYNAME IS PAUL SMITH」を見てきました。世界的なファッションデザイナーであるポール・スミスは、イギリスのノッティンガムに生まれ、少年時代は自転車競技の選手を夢見ていたようですが、事故で夢を断念し、その後アートに興味を持ち、さまざまな出会いを通してファッションの世界に身を置くことになったようです。図録には「ポールは現在も、ブランドの経営に全面的に関わり、成長を続けるチームを率い、服をデザインし、生地を選び、出店する場所を決め、仕事のあらゆる進捗を見渡していますが、そのやり方はすべてが温かく、ユーモアとウィットにあふれています。」と書かれていました。クラシカルな要素とモダンな要素を融合させたデザインは、イギリス調でありながら革新を求める意欲に溢れていて、展示物は楽しさ満載でした。私が「ポール・スミス展」を見ようと思った要因は、古典的な佇まいを取り入れたポール・スミスの現代感覚にあります。たとえば店舗の設計やインテリアに和みの雰囲気が漂っているのです。「希少価値のものと粗野なものを混在させるやり方は、家具の選び方にも見られる。」と図録にある通り、汚れて放置されていた作業台に、洗練されたファッションを合わせ、そのコラボレーションを楽しむ方法に自分は興味津々でした。また日本や他の国で収集したグッズにも独特な拘りがありました。私はファッションデザイナーの展覧会にはあまり足を運ばないのですが、これは見て良かったと思いました。