Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 7月を振り返る
    今日が7月の最終日になり、11回目の個展が今月無事終えられたことが感無量で、あとはどうでもいいような気がしていますが、今月は勢い余って新作を進めたり、鑑賞も充実していました。振り返って見れば結構頑張れた1ヶ月だったと思っています。個展搬入までは緊張する毎日が続きました。陶彫の焼成でブレーカートラブルに見舞われたり、梱包用木箱作りを焦ったりしていたので、ギャラリーせいほうで展示が済んだ時は、ふっと気が抜けました。スタッフたちがやってきてテキパキ動いている様子を見ていると、自分のモヤモヤした気持が飛びました。鑑賞は「メアリーカサット展」(横浜美術館)、「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展(国立新美術館)、「堀内正和彫刻展」(関口美術館)の他、同じ職場の職員による油絵のグループ展や管理職仲間による「毎日書道展」(国立新美術館)にも足を運びました。今月は梅雨が明けて猛暑になりました。今日は工房に朝から篭りましたが、午前2時間、午後2時間という作業時間にしました。空調のない工房では大型扇風機を回していても一向に涼しくならず、頭に巻いた手ぬぐいから汗が流れていました。新作の陶彫部品に彫り込み加飾をやっていると汗が滴り、土肌に滲みこんでいきました。今日はスタッフのうちで最も若い女子高生が夏休みの課題をやりに工房に来ていました。美大付属高校に通っているため、今夏は40号の油絵が課題に出たらしく画布の下塗りをやっていました。彼女には工房があるので問題ないのですが、他の生徒はどうしているのか気になりました。自宅で描くしか方法がないようで、家族にとって迷惑な課題だなぁと思います。油絵臭もあるだろうに、家族に理解がないと続けられない世界だと改めて思いました。明日から8月です。そろそろ夏季休暇が欲しいと思うこの頃です。
    週末 美術館を巡った一日
    今日は久しぶりの美術館巡りの一日を過ごしました。何度もNOTE(ブログ)に書いてきましたが、制作と鑑賞は表裏一体で、自分の思索を深めるのに展覧会に行くのもそのひとつなのです。自分にとって作品に出会うワクワク感があって、朝から気も漫ろになります。今日は朝9時に自宅を出て、まず東京葛西にある関口美術館に行きました。関口美術館は初めてお邪魔した美術館でした。横浜にある自宅からは割りと遠い美術館で、本館と東館がありました。本館はマンションの1階部分にあって、彫刻家柳原義達の常設展示がありました。東館は抽象彫刻の草分け的存在である堀内正和の企画展をやっていました。ギャラリーせいほうにパンフレットがあって、それで情報を仕入れて出かけてみたのでした。2会場の展覧会の感想は後日にしたいと思います。次に葛西から六本木に移動し、国立新美術館に行ってきました。理由は「第68回毎日書道展」を見るためで、横浜の管理職仲間が書道をやっていて招待状を贈ってくれたのでした。彼の書は秀作賞を取っていて、なかなか見事な作品でした。それにしても出品者の数の多さに圧倒されました。昔の仕事仲間にも美術館の前で会いました。懐かしさが込み上げましたが、昔の友人も招待状をもらって見に来たようで、2階の奥に目指す作品があったと教えてくれました。漸く辿りついて彼の書を写真に収めました。書はまさに抽象絵画に近づいていて、退屈することもなく、寧ろ余白と墨の鬩ぎ合いが美しいと感じました。同じ美術館で開催されている企画点をもうひとつ見ていこうと思っていて、ルノアールにしようか、ヴェネツィア・ルネサンスにしようか迷いましたが、気分は印象派より中世に向いていたので「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展にしました。この感想も後日改めたいと思います。現代彫刻、書道、中世絵画とまるで異なる世界観をもった展覧会をぐるりと巡ったせいで、些か疲れました。関東地方は梅雨明けで夏空が広がり、気温も上昇していたため、駅から美術館まで歩いただけでも汗が噴出していました。明日は工房に行きます。この茹だるような暑さの中で、どのくらい新作が進められるのか心配ですが、熱中症を回避しながら頑張ってみたいと思います。
    ドラゴン伝説について
    今月のRECORDは「はばたく」というテーマで制作しています。羽ばたくイメージとして翼を描くことが多く、そのうち西洋のドラゴンにも翼があるとふと思いつき、ドラゴンについて調べてみました。ドラゴンは中国の龍とは起源が異なりますが、洋の東西で似た架空の動物が存在することが不思議で、これを比較して調べてみるのも一興かもしれません。ここでは西洋のドラゴンを扱います。ギリシャ・ローマの古代世界ではドラゴンと蛇は厳密に区別されていなかったようで、ネットによると象を絞め殺すほど圧倒的な力をもった大蛇がドラゴン発祥の源になっています。黄金色の鱗をもち、有翼のドラゴンが登場するのは中世からのようです。聖書には大天使ミカエルと闘った赤いドラゴンが登場し、それが悪魔と呼ばれるようになったそうで、ゴシック時代の図像では有翼のドラゴンが口から火を吐いています。さらに王がドラゴン退治をする「黄金伝説」(13世紀)がヨーロッパ全土に広がり、民衆劇の題材にもなって、現在のドラゴンに近い形態になっていきました。ネットには詳しい説明がありましたが、概説をすればこんな具合です。翼で飛ぶには、図像にある翼では小さすぎるというリアルな指摘もありました。架空の動物なので、そこはファンタジーを優先させていきたいと感じました。映画やアニメやゲームにも登場するドラゴン。凶暴なだけではなく知恵をもっていたり、人間を援助するドラゴンは、愛される怪物といったところでしょうか。
    NOTEの考え方
    知り合いの文筆家から、ホームページのNOTE(ブログ)の文章を簡潔化できないかと言われました。読み手のことをもう少し考えろと言うわけで、この不明瞭なNOTE(ブログ)を読んでいただいている方がいらっしゃることで、少なからず自分は感銘を受けました。いい訳になってしまいますが、NOTE(ブログ)は自分の感情の吐露であり、思索の途中経過であり、自分が制作工程を振り返るための記録です。悶々とした部分があって、読み手のことを考える余裕がないというのが正直なところです。それでもホームページにアップしている以上は、どこかに読者がきっといるはずなので、出来るだけ簡潔化に努めたいと思います。確かにアクセスは毎日あるので、自分の拙い感想なり理論なりに粘り強く付き合ってくださっている方がいることは間違いありません。自分にとってのNOTE(ブログ)の考え方は、造形的な創作活動と何ら変わることがありません。ネットは情報媒体による自己表現であり、NOTE(ブログ)における思索も感情吐露もネットという世界の中でのことと考えています。拡散も考えて、私の文章が誤解を生まないように、また個人情報をどこまで出すか考慮しながら毎晩書いている次第です。面倒くさい言い回しが得意だなんて言われたことがありますが、これは素顔の自分と言うより、やや武装した厚化粧の自分なのかもしれません。ネットを介さなければ自分は案外付き合いやすい人間ではないかと自画自賛しているところです。
    カサット絵画におけるジャポニズム
    19世紀から20世紀にかけてパリで印象派が活気を呈していた時代に、日本の浮世絵等がヨーロッパで紹介され、その画面の構成や色彩の象徴化に感銘を受けた芸術家が多かったのは美術史が示すところです。横浜美術館で開催中の「メアリーカサット展」でも同時代を生きたカサットが、喜多川歌麿や鳥居清長の浮世絵に影響されて、10点組の多色刷り銅版画を制作していました。本展では10点全てが展示されていて、カサット流の単純化が本当に美しいと感じました。日本絵画は線の文化で、西洋絵画は面の文化であると自分は思っています。日本は線で囲んだ面を平塗りしていて、西洋は面に陰影を作って立体感を描きだそうとしています。そうした文化の相違をカサットは上手に取り入れて、美しい線を獲得していました。当時の潮流で、マネの「エミール・ゾラの肖像」やゴッホの「タンギー爺さん」は背景に浮世絵を配置し、浮世絵の模写を試みていましたが、カサットは一歩踏み込んで、日本の絵画要素をアレンジして自己表現まで高めているように思えます。居並ぶ高水準のカサットによる印象派絵画の中で、この銅版画連作にふと親近感を感じたのは日本人として当然の感覚かもしれません。自分はとりわけ「手紙」と題された版画が好きです。ほとんど浮世絵といってもいいくらいの構図と内容で味わい深い作品のひとつでしょう。女流画家らしい肌理の細かさを感じます。