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  • 猫の仕草
    今は空前の猫ブームです。それに倣ったわけではないのですが、我が家では数年前に捨てられていた子猫を拾い、トラ吉と名づけて育てています。普段の生活を観察していると、猫は一日のほとんどを寝て過ごしています。狩りに瞬発力を使うので、エネルギーを溜め込むために寝て、体力を温存しているのかもしれません。鳴き声を発するのは、人間に何かを伝えようとする時だけで、猫同士の会話では鳴かないといっても過言ではありません。猫が集まっていても無言でいる場合が多く、何かしら意思の疎通をしているのか、猫界に疎い自分にはよくわかりません。猫は飼われると人の見分けはつくようになって、私が仕事から帰るとトラ吉は玄関に迎えに出てきます。そのまま私の足元に絡みつき、私の前を歩いたり併走したりして、私が主人であることがわかっているような素振りを見せます。食事をあげる家内にもじゃれついていきます。猫の行動は人に媚を売っているように思えます。しかし、猫の風貌は知性を感じさせるものがあって、その眼でじっと見られていると、何事かを思考しているように思えます。夏目漱石が猫を「我が輩」としたのも分かります。偉そうにして自信たっぷりに闊歩する様子は、まさに学者然としているからです。そのうちトラ吉をモデルにして彫刻を作ろうと思っているうちに数年が経ってしまいました。猫の仕草をすっかり把握したので、実行に移すばかりですが、私は時間に追われていて、トラ吉のように悠然と学問や芸術を思索できる風貌が自分に未だ備わっていないのに気づきました。一日のほとんどを寝ていられる身分になったら、自分も猫をモデルに彫刻できるのではないかと思うこの頃です。
    11月最後の週末に思うこと
    11月の振り返りは最終日に行うつもりですが、週末としては今日が最後なので、制作状況を踏まえながら週末の成果を振り返ってみたいと思います。今月は週末8日間に文化の日、勤労感謝の日を加えて10日間の制作を行いました。内容としては、背の低いテーブル彫刻の天板の設置、背の高いテーブル彫刻の天板の切断と、吊り下がる大きな陶彫部品の制作、窯入れも4回行い、10日間の制作はかなり充実していたのではないかと自負しています。休日出勤がなかったことも、制作を進められた一因だろうと思っています。新作の制作工程は厳しいことに変わりはありませんが、なかなか理想通りにいくことは今までもなかったので、現状ではまずまずの成果が得られていると判断しています。今日も朝から夕方まで工房に篭りました。6時間以上も陶土に触れていると手がガサガサになってきます。寒くなってきたので、そろそろ手を保護する薬用クリームが必要かなぁと思っています。大型ストーブも点けていて、時折身体を暖めています。背の高いテーブル彫刻に吊り下がる大きな陶彫部品の成形も5点目に入りました。焼成は1点完成していて、2点目が現在窯に入っています。今日も大学院生が来て、修了制作を頑張っていました。彼女の締め切りは1月初旬で、今まさに佳境に入っている状況です。年末年始の休庁期間は、おそらく私は大学院生と2人で競うように制作に没頭することになりそうです。クリスマスも大晦日も正月もあるというのに、若くて綺麗な彼女はこんな素っ気の無い工房で絵の具だらけになっていて平気なのだろうかと思うことがあります。彼女がアートの道を選んだのは私の影響が大きく、一般的な女子の感覚から外れてしまったことに申し訳ないと思いつつ、生きている証を実感しているこの瞬間を大切に出来れば悔やむことはないのではないかとも思っているのです。それは私も同じです。そんなことを思いながら今日の作業を終え、彼女を駅まで車で送りながら工房を後にしました。
    週末 制作サイクルの遂行
    漸く週末がやってきました。週末は創作活動をやれるぞと思うと心が高まります。私は限られた時間の中で一生懸命制作に取り組むことに慣れていて、全ての時間が自由になったら、果たして創作活動が真っ当に出来るのかどうか疑問です。公務員との二足の草鞋生活は、私の中では定着してしまっていて、その縛りの中で緊張感を孕む作品が生まれるのではないかと思うことがあるのです。私にとって週末の2日間は貴重です。2日間でやるべきことはしっかりやらなければ来年5月の新作完成が厳しくなるのです。今年の制作サイクルは既に出来上がっていて、それに従って今日も頑張りました。陶彫は土練りから焼成に至るまで制作上の順序があります。しかも集合彫刻なので、次々と陶彫部品を作り出すために1番目の部品制作と2番目の部品制作をずらしてやっています。それが制作サイクルと私が言っているもので、たった一人による流れ作業です。問題は私自身に休む暇が与えられないことで、こればかりは健康に留意しなければならないと思っています。朝から夕方まで6時間から7時間やったところで、明日へ継続していきます。陶彫部品を作るときに当然悩みが生じますが、何時間も悩むことはありません。寧ろ完成に近づくと全体構成での悩みを抱えます。部品を差し替えることもあります。今日はまだ全体を考えるよりは近視眼的になって只管陶彫部品を作ることに専念しています。今日も精一杯作業をしました。土曜日はウィークディの疲れを引きずっていて身体が動き辛いのですが、何とか夕方までやっていました。明日はもっと頑張れるはずと思っています。
    積雪の思い出が甦る
    昨日は橫浜で雪が積もりました。11月に積雪があったのは54年ぶりだそうです。雪が降って気分が高揚したのは子どもの頃の話で、社会人になってからは交通の乱れや転倒もあるので、私はいい気分はしません。そこで思い出すのは数年前の出勤途中に転倒し、背中を思いきり打ってしまった事故です。自宅は小高い丘の上にあります。バスの停留所まで急な坂道を降りていかなくてはなりません。自分が出勤する6時半では、まだ道は凍結していて滑りやすくなっているのです。今回の積雪でも道の状態を心配しました。自宅から道を挟んだ向かい側に亡父の残した植木畑があって、そこに工房があります。窯に作品を入れているときは毎朝窯の温度を確認してから出勤しています。昨日も今日も窯の温度を確認してから職場にやってきました。自宅の前の急な坂道を降りていくより、工房に立ち寄ってから別の道を選んだ方が勾配が緩やかで安全なのです。その道には階段もあり、手すりもついています。雪が降ると、私はその道を選んでバスの停留所まで歩いて行きます。例年なら12月か1月に少し遠回りになるその道を選ぶのですが、今年は早くも今日からその道を通って出勤しました。積雪の苦い思い出は忘れることはありません。
    大作復元 「ロスト北斎」より
    昨晩、何気なく見ていたTVで思わず見入ってしまった番組がありました。NHKの「ロスト北斎」という番組で、葛飾北斎の失われた大作を2年間にわたって復元したプロジェクトを追ったものでした。副題は「幻の巨大絵に挑む男たち」で、ICTを駆使する人や修復にかける人が分野の垣根を越えて連携する場面では、濃密な雰囲気が漂っていました。また僅かな手がかりで原画を復元していく手法にも溜息が出ました。北斎が86歳の時に描いた幅3メートル近い大作「須佐之男命厄神退治之図」(弘化2年 1845年制作)が関東大震災の時に焼失され、残ったのは白黒写真一枚だけでした。そんな中で立ち上がった復元プロジェクト。写真の明暗差から色彩を割り出し、修復家が手製の色見本を作っていく微細な仕事に驚かされ、また絵の輪郭に強調する重複した線を発見したことで、絵全体の緊張感を高めていく技法に辿りつくまで私は固唾をのんで見ていました。完成した実際の復元絵を「すみだ北斎美術館」に行って見てみたいと思いました。それにしても北斎は晩年に至るまで奇跡としか言いようのない生命感に溢れた絵を多作した画家で、世界が認めるのも納得ができます。86歳の時に描いた「須佐之男命厄神退治之図」の構成や人物の躍動感に、私は改めて感嘆しています。人々を病の恐れから救済するため描かれ、向島の牛嶋神社に奉納された同絵は、堂内の光を取り込む時に輝いたであろう推測のもとで、金泊を貼ることにしたのでした。それは江戸の人々に希望の光を与えたのではないかという学者の意見を取り入れた結果でした。番組にはアニメーションが挿入されて、北斎その人に迫るストーリーもありました。90歳で死の床にある北斎が発した言葉が印象的でした。これからもう10年、いや5年の寿命を与えてくれたなら真の画工になれたであろうという言葉です。これは自分も耳にしたことがあるので真実の言葉だったろうと思います。自分もこうありたいと願うばかりです。