2016.12.12 Monday
今年もクリスマス時期が到来し、ドイツ発祥のシュトレンを味わえる季節になりました。川崎市中野島にある洋菓子店「マリアツェル」に例年通りシュトレンを複数個注文しました。「マリアツェル」は自分が20代の頃、滞欧中に知り合った年上の友人であるパテシェが経営をしている欧州菓子の店です。オーストリアの首都ウィーンで、当時はよく彼と遊びました。友人は帰国して店舗を構えてからも、よく外遊してスィーツを食べ歩き、菓子材料を仕入れています。「マリアツェル」のシュトレンは材料を惜しみなく使っている上、彼の技巧もあって絶品の菓子パンになっています。シュトレンとはドイツ語で坑道とか地下道の意味ですが、キリスト教関連で幼子イエスを包むおくるみのようなカタチをしているとも言われていて、実際に白い砂糖で覆われた楕円形をしています。ドライフルーツやマジパンが入っていて、どっしりとした重みもあります。発祥は古都ドレスデンで、当初は現在のような豪華なものではなかったようですが、現在売られているシュトレンは私の大好物になっていて、職場に持っていってお裾分けもしています。我が家にはこの時期だけ、友人の丹精込めたシュトレンが溢れています。私はキリスト教信者ではないので、クリスマスはしませんが、シュトレンがあるためにクリスマスが近づいたんだなぁと感じているこの頃です。
2016.12.11 Sunday
現在作っている新作は全てテーブル彫刻で、背の低いテーブル彫刻と背の高いテーブル彫刻です。背の低いテーブル彫刻は4畳大のテーブルを設えた1点のみで、テーブル上に陶彫部品を複数配置して、架空都市をパノラマにして見せようとしています。一方、背の高いテーブル彫刻のテーブルは、面積で言えば1畳くらいの正方形ですが、テーブルの下に陶彫部品を吊り下げて、地下に広がる世界を表現しようとしています。背の高いテーブル彫刻は2点あって、両方並べて一対として展示する予定です。ただし、もうひとつのテーブル彫刻が個展に間に合うかどうか微妙だったため、1点だけ集中的に作っていました。最近になって制作状況が充実してきて、もうひとつのテーブル彫刻も制作可能と判断し、今日からもうひとつの新作に向けて猛ダッシュでスタートを切りました。テーブルの下に吊り下がる大きな陶彫部品が、今までの2倍必要になったわけですが、初めに作っていた陶彫部品とは、彫り込みを異なる加飾にしようと決めていて、当初のイメージをもう一度確認しました。今後は時間との勝負になります。今月後半に控えている休庁期間でどのくらい制作が進むのか、ここまで身体を酷使して大丈夫か、その都度折り合いをつけて頑張ってみようと思っています。気力は充満していて、今が人生を謳歌する時なのかもしれないと思いつつ、工房を一歩出ると疲労に襲われて弱気にもなります。明日から5日間は公務員管理職としての仕事が待っていますが、猛々しくなった創作活動に小休止を入れて、来週末にもう一度意欲を確かめようと思っています。
2016.12.10 Saturday
週末がやってきました。このところ週末の創作活動は充実しています。集中力によって周囲が気にならなくなる状態が続き、心の充足感を得ています。今日も例外ではなく作業中は時が経つのを忘れました。最近の土曜日はウィークディの疲労が残り、身体が思うように動かず、いつものように焦燥感がありました。今日もその兆候はあったにも関わらず、何とか集中できたのが不思議です。ただし、制作工程のノルマは朝から夕方までの制作では終わらず、夕食後、再び工房にやってきて夜間制作で今日のノルマを達成しました。今日はどのくらい工房にいたのでしょうか。夜9時前に自宅に帰ったら、身体は完全に動かなくなりました。手もガサガサでした。昼間の制作と夜間の制作では気分が変わります。まず陽光が入るかどうかは大きな変化で、心理的な作用が影響します。人によっては人工照明の方が作業に集中できる人も多いのではないかと思うところです。私もきっと夜間の方が、陶彫の部分を作るには効果的ではないかと思っています。とりわけ彫り込み加飾は夜間の方が進みます。全体を眺めるのは昼間の光が必要です。今日のように昼夜を通して常に制作できるならば、その効果を狙うことができますが、なかなか今日みたいなわけにはいかないのが現状です。明日は元に戻して通常の制作にしようと思っています。
2016.12.09 Friday
文豪夏目漱石が亡くなって今日が100年目にあたる命日だそうです。大学の研究室が開発した漱石のアンドロイドがマスコミに紹介されていました。齢49歳で逝去した漱石は、早くして世を去った印象を拭えません。中学生の頃から読書癖があった自分は、漱石の小説に親しみました。日本の文豪の中でも一番作品に親しんだ作家と言えます。漱石ワールドの導入として「坊っちゃん」と「我輩は猫である」を読み始めました。その2つの小説は中学生だった私の気持を掴み、大変面白く読んだ記憶があります。言い回しの古さにも感銘して、当時の私の文章は恥ずかしいほど影響を受けていました。猫の眼を通して人間観察する場面では、その表現の巧みさに何度も笑わされてしまいました。20代でもう一度読み返したときには、中学生の頃には気づかなかった奥深い意味が理解できて、これは愉快なだけで終わってはいない小説であることを認識しました。抱腹絶倒な文章に多少苦みを感じたのもその頃でした。晩年の「こころ」に見られる倫理観の葛藤のような内面に迫る小説は、中学生の頃には完全に理解できず、年齢を重ねて漸く分かった次第です。夏目漱石が時代を超えて愛されている理由は、自己を含む人間の寄る辺ない存在の描き方が現在でも通用していて、年齢ごとの読書選択によって深い深層心理へと導かれるからではないかと思っています。「我輩は猫である」を傍らに置いて、飼い猫を観察していると、猫が逆に私を観察していて、その場その時の行動や思考を猫が批判しているように思えてきます。じっと遠くから私を見つめる猫の目力に、つい意識してしまう情けない自分がいます。
2016.12.08 Thursday
東京両国にある「すみだ北斎美術館」は、葛飾北斎のあらゆるジャンルの作品を集めていて、北斎ファンならずとも一見の価値がある美術館です。建築は近未来的な装いがあり、またICT活用により楽しく北斎ワールドを堪能できるようになっています。北斎と言えば長寿を全うした画家として有名ですが、私が何より注目しているのは傘寿、つまり80代に描かれた作品の表現力の凄さです。寛永2年の春に90歳で世を去った北斎でしたが、「天我をして十年の命を長ふせしめば」さらに「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」と死ぬ間際に語ったそうです。あと寿命が10年あれば、いや5年あれば本当の画家になれるのに、という意味です。画工への道半ばという意識があればこそ、傘寿に描いた「南瓜花群虫図」(84歳制作)「朱描鍾馗図」(87歳制作)「柳に燕図」(88歳制作)に見られる卓抜した観察眼と和漢洋の技法を巧みに操った凄まじい表現力が表出しているのも納得できます。言うなれば、北斎の傘寿を晩年と呼ぶには、あまりにも強烈な作品群があって躊躇されるところです。私事になって恐縮ですが、私は60歳になって彫刻のことが少し分かってきたように思えています。20歳で彫刻の手ほどきを受けて40年が経ち、紆余曲折があっても東京銀座で個展開催も11回目を数えています。それでも本当に彫刻家と言えるのか自問自答するところですが、彫刻家になりきれていない自分を自覚する度、真の立体芸術を掴むのはまだまだ先のことと感じます。今が折り返し地点かなぁと何の衒いもなく思っています。北斎に倣うのは烏滸がましいのですが、あと30年自分に寿命が許されれば、きっと納得がいく彫刻ができると信じているのです。