2017.01.01 Sunday
新しい年になり、気持ちを新たにしていきたいと思います。NOTE(ブログ)を見てくださっている皆様に、新春のお慶びを申し上げます。今年も何卒よろしくお願いいたします。今朝はまず工房に出かけて焼成温度を確認しながら、昨日鏡餅をお供えした窯の炎神に今年の無事を祈ってきました。それから母が長く住んでいた実家に出かけて、井戸の神や稲荷が祭ってある祠に小さく刻んだ餅や油揚げをお供えしてきました。先祖の代からやっている儀式ですが、御呪いと言うより、これは生きている自分が、この儀式をすることにより平穏になれることが第一なんだろうと思っている次第です。その足で菩提寺の住職に新年の挨拶にも行って来ました。今年も家内安全、身体堅固でいきたいと願っています。昨晩、母がいる介護施設から母のお札を下げてきました。それと私たち夫婦のお札を持って、午後になって東京赤坂にある豊川稲荷に家内と出かけました。毎年、母と私たちに護摩を焚いていただいているので、例年通りの慣わしとして稲荷に行ってきたのでした。新しくなったお札は母にも届けました。稲荷が相原の守護神となっているのは、祖父が宮大工、父が造園業を営んでいて、それぞれ商いをやって身を立てていた由縁があると母に聞いたことがあるのです。私は手堅い公務員と売れない彫刻家の二束の草鞋ですが、この先きっと良いこともあるかもしれないと僅かな期待を込めて、先祖に倣って商いの神に信心を続けようと思っています。創作活動は自分の生きがいです。それが商売になろうとなるまいと関係なく、創作は生きる証としてやり続けていきたいと思っています。公務員管理職は横浜市が必要として認めてくれれば、施設の運営をこの先もやっていきます。外見は変わらず、しかし心の世界は進歩し続けるのが自分の信条であり、今年の抱負です。全ての継続を基盤にしながら、自分の創作をさらに深く掘り下げ、また幅も広げることを目標としたいと思います。
2016.12.31 Saturday
2016年の大晦日になりました。毎年この日は1年間の総括をしています。今年は7月にあった11回目の個展に「発掘~環景~」と「発掘~表層~」を出品しました。「発掘~環景~」の陶彫部品の数が多く、個展搬入前日まで窯に入っていた部品がありました。図録撮影では足りない部品を見えないように隠して撮影をしていました。こんな思いは二度としたくないと思っていて、現在作っている陶彫作品は、この冬に精一杯時間を取ってやっています。これは成果として生きてくるのでしょうか。年越しである今日も窯入れしていて工房では現在焼成中です。公務員との二束の草鞋生活は今も続いています。4月から再任用管理職として現在の職場を任され、管理職としては正副合わせて9年目になりました。時間の有効利用を考えながら来年も頑張りたいと思っています。一日1点制作をしているRECORDも継続中で、そろそろ始めて10年になろうとしています。余裕のない中でイメージが掴めず困難を感じた場面もありましたが、来年もやっていきたいと思っています。現在の制作状況からすればポストカード大の平面作品を作っていくのが限界ですが、公務員を退職すればRECORDの発展形もありうると考えます。とにかく自分は日々蓄積される表現活動が大好きなので、陶彫による集合彫刻と平面によるRECORDは、自分に合った媒体と言えそうです。今年の鑑賞に関しては昨日のNOTE(ブログ)にアップしました。今年の鑑賞は美術・映画ともに充実していました。大ヒットアニメはまだ見ていませんが、娯楽性のある映画では「スター・ウォーズ」や「シン・ゴジラ」を見て楽しかった印象があります。映像の技術的進歩はまだまだ人を魅了できるものだと思います。わが職場でもプロジェクション・マッピングに挑戦しました。読書では精神分析や宗教に纏わる書籍をよく読みました。最近読書は中断することが多く、読破に時間がかかります。反省点はそこにあるので、来年は継続的に読書をしていきたいと思っています。最後に拙いNOTE(ブログ)を毎晩書き綴ってきましたが、辛抱強く読んでいただいている方がいらっしゃいます。心から感謝申し上げます。来年も変わらず創作活動を続けていく予定です。それでは良いお年をお迎えください。
2016.12.30 Friday
2016年の晦日になりました。明日は今年全般に亘るまとめをNOTE(ブログ)に書くつもりですが、今日は印象に残った展覧会を取上げます。まず西洋の美術展では東京六本木の国立新美術館の「ダリ展」と東京上野の西洋美術館の「クラーナハ展」でした。いずれも大規模な展覧会で来客数も多く、また見応えのある作品が来日していました。ダリの超現実的な風景や人物が配置された世界に、私は自己陶酔欲とも言える甘美な雰囲気を感じていました。一方、クラーナハは北方ルネサンスの独特なフォルムをもつヌードに魅了されてしまいました。私は若い頃、ウィーンに5年間滞在していたため、クラーナハに親しみを感じていました。日本でクラーナハを通じて当時の思い出が甦ったことが印象に残った個人的な事情でした。東洋の美術展では東京都美術館の「若冲展」と根津美術館の「円山応挙展」を挙げておきたいと思います。若冲は対象を象徴化して細部に至るまで丹念に描いた画家でした。全体構成力が見事で煌くような色彩が私の眼前で舞っていました。「若冲展」は大変な混雑ぶりで人を押しのけて鑑賞する有様でした。どうして若冲にこんなに人気が出たのか、またはマスコミの力によるものか見当がつかない状況でした。円山応挙は西洋画風の写実と東洋画風の運筆を巧みに組み合わせた達人で、冴え渡る筆の勢いが見事でした。本番では一点の迷いがないほど突き詰めた描写は、実は用意周到なスケッチに支えられていたことがわかって溜息が出ました。研鑽を積むことが名作を生むという当たり前な事実が、改めて示された質の高い展覧会だったと思っています。来年も多くの展覧会を見て歩き、自分の創作の糧にしたいと思っています。
2016.12.29 Thursday
今日から休庁期間になり、朝から工房に篭りました。年末の雑用は家内任せにしているので、自分は極楽トンボのような暮らしです。申し訳ないと思いつつ、工房では陶土と格闘していました。「発掘~宙景B~」の高いテーブルに吊り下げる陶彫部品は5個目の成形に入りました。今年中に6個作ろうと予定しているため、まだまだ予断を許さない状態です。一緒に制作している大学院生も、修了制作の締め切り間近のため必死の形相になってきています。工房には張り詰めた空気が漂います。自分はこうした緊張感が大好きです。午後は疲労で気持ちが緩みますが、意志の力で振り切ってしまいます。夕方、修了作品展のための展示用鉄柵が出来上がっているはずと彼女が言うので、発注した鉄工場へそれを受け取りに車で行きました。明日工房で組み立てて様子を見るようです。私は一応制作工程通りに作業が進んでいますが、陶彫は焼成してみないとわからないのが辛いところです。夜は年賀状の宛名印刷をしました。300枚あった年賀状が280枚ほど使ってしまいました。個展案内状の名簿をそのまま年賀状にも使用しているので、こんな数になるのです。絵柄はRECORDの11月17日付の作品を使いました。「ささえる」というテーマで制作した作品で、雛が嘴を大きく広げて親鳥から与えられる餌を待っている状態を描いたものです。酉年であることと未来に向かって生きようと主張することを表現した作品で、自分でも気に入っています。明日投函しようと思っています。
2016.12.28 Wednesday
幼い頃から内気なところがあった自分は、人に知られない秘めた内面の世界を持っていて、つい独り言を口走ったり、じっと黙ったまま過ごしたりしていました。内観は自分自身を探る上で重要なアイテムになり、今でも自己分析は習慣になっています。それは自分の理想化や夢想化もあって、ほとんど荒唐無稽な遊戯を繰り広げています。実際に夢を見た時は、夢は欲望の充足であると言うフロイトの言葉通り、本当の自分はこんな人生を送りたかったのではないかと思うこともあります。自分が評価する自己生育歴は、かなり歪曲したものであって、豊かな情操を正常に感受したことはないのではないかと思う所以です。学生時代は密かにコトバを綴っていて、恥ずかしくなると破って捨てていました。とっくに亡くなっている母方の祖母に当時のノートを見られ、自分を蝙蝠に喩えているコトバを発見されて赤面した記憶があります。いつからか内観は頭の中にだけに留めるようになりました。秘密のノートは私から消えてなくなりました。現在、私が持っている唯一の手帳は仕事上のメモがぎっしり書き込まれています。人から見られても恥ずかしさはありません。こんな書類を作成して、どこに提出したか、誰と面接をしたか、出張先や夜の会合も書いています。週末の工房での制作メモも同じ手帳に書いています。自分が過ごした記録です。手帳は10年間分くらい保管してあって、昨年この時期はどんなことをやっていたのか確認することに使っています。このNOTE(ブログ)も同じで、職種は書けないにしても、職場での出来事や美術や映画鑑賞、さらに創作メモを記録しています。これは嘗てやっていた秘密のノートではありません。公開するためのアイテムなので、人が見ることを念頭においた演出を考えて毎晩アップをしているのです。NOTE(ブログ)の記載事項に迷いがないわけではありません。もっと分かり易く書けとお叱りを受けたこともあります。秘密のノートが私に必要なくなったことが今もって不思議です。成長なのか感受性が緩んだのか、そこは定かではありませんが、NOTE(ブログ)は継続していくつもりです。