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  • 猫の生態
    このところ厳寒の後に、妙に暖かい日があったりして真冬の感覚になれません。そのせいか無性に眠くなったり、体調を崩しそうになります。人は自分の身体の都合を考えず、仕事を優先することが多く、空調が効いている部屋では気候の変動に左右されることはありません。しかし、元来人間も自然界にあって、四季の周期は頭のどこかに刻印されているのではないかと思うことがあります。社会システムが私たち人間に季節感のない不自然な生活を強いていて、それがストレスに繋がっているようにも思えます。気候の変動が激しい時は無理をせず何もしないでいる方がいいのかもしれません。そんなことを考えたのは飼い猫のトラ吉がいたからです。トラ吉は気候が安定している時は、至って活発で下から階段を一気に駆け上がってきます。その勢いで私に飛びついてきます。気候が不安定な時は、ほとんど寝ていて動きません。本能に忠実なトラ吉の生態を観察していると、自分が最近眠くて仕方がないのも頷けます。トラ吉も気持ちよさそうに寝ているからです。猫の生態観察は、決してバカにできるものではなく、時に体調を保つために見習うべきものがあると思っています。私はトラ吉を人間に癒しを齎すペットとは思っていません。人間の都合で飼っているとは思いたくないのです。人間と動物が共存し合う中で、トラ吉の行動が自分の不自然な振る舞いを気づかせてくれるバロメーターであると思っているのです。
    映画「こころに剣士を」雑感
    昨日、横浜のミニシアターにフィンランド・エストニア・ドイツ合作映画「こころに剣士を」を観に行きました。監督はフィンランド人、出演した多くの俳優陣はエストニア人という構成でした。時代は1950年初頭、舞台は旧ソビエト連邦にあったエストニアでした。ソ連の秘密警察に追われ、エストニアの田舎の学校に体育教師として赴任した元フェンシングの選手が主人公で、最初の画面には素朴な風情漂う街並みが映し出されました。その町の多くの子どもたちがソ連の圧政によって親を奪われていました。実は子どもが苦手だった主人公は、ひょんなことからフェンシングを子どもたちに教えることになり、枝を剣にして簡易な道具で子どもたちを相手に指導を始めました。フェンシングに熱心に取り組む子どもたちの実直な眼差しによって、主人公は次第に自分が変わっていくのを感じていました。校長の身辺調査により、彼の素性が明らかにされることと同時並行して、子どもたちの夢を叶えようと、自分の置かれている状況と自ら闘うことを主人公は決意します。フェンシングの全国大会がレニングラードで開催されることを知って、子どもたちと主人公は希望を胸に出場することを決めました。用具も揃わない田舎の学校からやってきた子どもたちは果敢に試合に臨み、自分の運命を切り開こうと戦います。主人公も嘗てドイツ軍としてソ連軍相手に戦った運命と対峙していきます。フェンシングの全国大会決勝戦を見届けた主人公は、勝利した子どもたちに振り向くことなく秘密警察に連行されていくのでした。これは実話を基に制作された映画です。今もエストニアのハープサルにある学校にはフェンシング部があるそうです。第二次世界大戦中はドイツに、大戦末期からはソ連に占領された暗い歴史の中にも光り輝く瞬間があったことを、この映画は知らせてくれました。
    冬季三連休 制作&映画鑑賞
    三連休の3日目です。相変わらず工房で朝から制作に没頭していました。大学院生と競い合うように、また制作時間を惜しむように陶土と格闘していました。今日はクリスマスです。今晩、大学院生は家族や親戚と外食して過ごすと言っていました。私は昨年に引き続き、一人で映画に行こうと決めていました。家内は邦楽器関係の人たちと忘年会があって、帰宅が遅くなると言うので、それならば私好みの映画に行ってみようと思っていたのでした。家内は娯楽性のある映画なら一緒に行ってくれますが、社会性が強い映画は敬遠する傾向があります。確かに観ていて心が追い詰められる映像表現もあり、ミニシアター系の映画は人によって好き嫌いがあるのは否めません。でも今晩観たかった映画は過激なものではありませんでした。私は社会や政治情勢が厳しい中で、芸術やスポーツによって人が尊厳を取り戻す物語が大好きです。ナチス政権のベルリン・オリンピックに出場したアメリカの陸上選手を描いた「栄光のランナー」は、私の大好きな映画です。今晩観に行った「こころに剣士を」もこの範疇に入る映画で、もちろん実話です。舞台であるエストニアという国も日本には馴染みの薄い国で、嘗ては旧ソビエト連邦に組み込まれていました。そこで子どもたちが出会ったフェンシングというスポーツ。この映画はフェンシングを通し、人の生きる希望を子どもたちの眼差しで表現している秀作ではないかと思いました。昨年の今日、横浜のミニシアターに私の他に若者が一人いただけでしたが、今晩は8人の観客がいました。クリスマスの夜に一人でミニシアターに来る人は、私と同じような年齢の男性が多かったのは偶然でしょうか。映画の詳しい感想は後日改めたいと思います。
    クリスマスの思い出
    三連休の中日です。今日も朝から工房に篭り、制作に明け暮れました。今日はクリスマス・イヴです。工房にあるラジオのFM放送からクリスマス・ソングが流れていました。私はその雰囲気をラジオでしか味わうことしか出来ず、陶彫の制作サイクルの中に身を委ねていました。可憐な大学院生も修了制作にどっぷり浸かって、クリスマスどころではない状況が垣間見えました。クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝う日で、私が30年前に住んでいたオーストリアのウィーンでは、家族でゆっくりと過ごす日とされていました。クリスマスのグッズは市庁舎前に市場が立って、そこで販売していました。先日ベルリンであったトラックによる襲撃事件は、人で賑わうクリスマスの市場であったものでした。市場の楽しい雰囲気を知っている自分にとって、それは許すことの出来ない惨劇でした。イエスの生誕を喜びをもって祝うクリスマスの儀式は、ルーマニアのマラムレシュ県で忘れられない思い出として今も私の心に残っています。あの時は村人たちの祈る姿勢に心打たれました。木造の正教会は今も村に残っているのでしょうか。ガラス絵に描かれたイコンは今もそこにあって村人の接吻を受けているのでしょうか。宗教の違いはあっても、人々が願う家内安全や五穀豊穣、平和な暮らしは世界共通ではないかと思っています。救済を待ち望む人々の上に、一刻も早く安堵できる環境が与えられて欲しいものです。日本でイルミネーションが楽しめるのは安心安全あってのことだなぁと思いつつ、毎年この時期になると外国で出会った敬虔な信者たちに思いを馳せている自分がいます。
    冬季三連休の制作目標
    職場の仕事が一段落したところで、今日から大晦日までの9日間を可能な限り、創作活動に充てていこうと思います。職場に顔を出さなければならない時は仕方ないにしても、新作「発掘~宙景B~」の大きな陶彫部品を作り上げるべく努力をしていきたいと思います。制作目標としては「発掘~宙景B~」の一段目になる大きな陶彫部品全ての成形と彫り込み加飾を終えることです。陶彫部品は全部で6個必要です。土練り、タタラ、成形、彫り込み加飾を制作サイクルにのせて次から次へと作っていく予定です。併せて「発掘~宙景A~」と「発掘~宙景B~」の柱陶も作っていこうと思っています。これは大きな陶彫部品の余った陶土を再生してやっていこうと考えています。柱陶は果たしていくつ出来るのか、制作サイクルにないちょっとした頑張りが必要だと思います。差し詰め今日から始まる三連休の制作目標としては陶彫成形を2個作ろうと思っています。今日はそのためのタタラと次に使う陶土を土練りして準備を行いました。朝9時から夕方4時までという制作時間も決めました。長丁場の制作には規則正しい時間が有効で、気分次第で制作時間を変えることをしないようにしたいと思っています。工房に通ってくる大学院生は、いよいよ修了制作の締め切りが迫ってきていて、彼女の横顔には緊張感が漂っていました。今回長丁場の制作にはこの大学院生も一緒にやっているので、張り合いがあります。大晦日まで体調管理に気をつけながら頑張っていこうと思っています。