2016.12.03 Saturday
12月になって初めての週末ですが、先月のモチベーションを保ったまま、今日も朝から夕方まで陶彫制作に明け暮れました。今日は暖かい一日でしたが、工房内は寒々としていたので、大型ストーブを点けました。いつものように大学院生が来ていて、彼女は来月早々に修了制作の締め切りが迫っているので、緊迫した雰囲気を纏っていました。私は彼女に背中を押されるように制作に没頭しました。私にとってはこれは有り難い状況で、彼女の姿勢は好影響を齎せてくれているのです。一日7時間近く陶土に触れていると、手がガサガサになって皮膚に皸(あかぎれ)が始まり、私には薬用クリームが欠かせなくなっています。クリームを塗ると皮膚がピリピリ痛みます。もうこの時期からクリームが必要になっているのは、それだけ制作にかける時間が長くなっている証拠かもしれません。作業は柔らかい陶土ばかりではなく、乾燥した陶土にもヤスリをかけることがあり、手を酷使しているなぁと思っています。創作は精神の成せる技なので、手がどうであれ作業を止めることはしません。制作が乗ってくると身体を省みないことも暫しあります。ただし、創作活動は精神的な快さを齎せることがあって、制作中に空腹を感じたり、便意を催すこともよくあります。こうした体調に関することは、本能的なものだけではなく、精神に負うところが多いのではないかと思うのです。しかしながら手の皸は精神性で片付くものではありません。酷くならないうちに養生したいと思います。
2016.12.02 Friday
今日は夜になって東京の美術館から帰ってきました。実は今日は美術館巡りではなく、別の用事があって仕事を早めに切り上げ、午後は年休を取得したのでした。用事が意外に早く終わったので、家内を誘って東京の美術館巡りを決行しました。上野の国立西洋美術館は20時まで開館しているので、ここは最後に回しました。金曜日の夜は美術館の開館時間が延長しているため、通常の勤務時間が終わってからでも充分見に行けるので、今まで何回も夜の鑑賞をしているのです。今日は早めに東京に出て来られたので、まず表参道にある根津美術館に行きました。前から見たいと思っていた「円山応挙展」に行きました。ウィークディだというのに館内は混んでいました。円山応挙の画力に、自分は学生時代から傾倒していて、鯉の絵を模写をしたこともありました。自分の学生時代は、伊藤若冲は現在のように有名ではなく、画力を誇る画家の代表格と言えば円山応挙だったのでした。展覧会の詳しい感想は後日改めます。次に両国に向かいました。新設のすみだ北斎美術館に行って、前にTVで見た「須佐之男命厄神退治之図」の復元された絵をこの眼で見たかったのでした。ここも館内は混んでいました。北斎の木版画だけではなく肉筆画にも触れ、画家が発する創造のパワーに打たれました。これも展覧会の詳しい感想は後日改めます。ここまで美術館を2つ回ると疲れも出てきますが、身体に鞭を打って、最終地点の上野に向かいました。国立西洋美術館に着いた時は、日も暮れていましたが、「クラーナハ展」を見てきました。クラーナハは北方ルネサンスの巨匠で、日本では馴染みの薄い画家ですが、私は20代の頃オーストリアにいたためクラーナハには親しんでいました。私にはイタリアルネサンスの巨匠より身近な存在なのです。クラーナハの独特で硬質な裸体画が好きになったのはウィーン留学中のことでした。彼の地にある母校の美術館から1点作品が来日していました。これも詳しい感想は後日改めます。たまにはこんな日があってもいいのかなぁと思いながら、職場から緊急な連絡も入っていなかったので、そのまま帰宅しました。今月に入ったばかりで、大きな展覧会を3つも網羅してしまいました。
2016.12.01 Thursday
早いもので2016年も残すところ1ヶ月となりました。12月は先月以上に充実した1ヶ月にしたいと思っています。今月末には、今月から来月にわたる6日間の休庁期間があります。毎年この休庁期間をフル活用して創作活動に勤しんでいます。今回も例外ではありません。晦日の家の用事は家内に任せ、正月の年始や親戚の集まりも最小限に留めて、浮世離れした創作活動一辺倒でやっていける幸せを感じながら、制作を進めていきたいと思います。連続した休日では工房の照明など電気の関係で窯入れはできません。陶彫部品の成形や彫り込み加飾を延々と続けていくしかありませんが、真冬は陶彫部品の乾燥が遅くなるので、ちょうど良いと思っています。背の高いテーブル彫刻の下部に吊り下がる大きな陶彫部品を作り切れたらいいなぁと思っていますが、柱陶の制作も併行してあるので、時間的には無理だろうと予想しています。ただし、目標としては大きな陶彫部品全部の成形・加飾の完成を掲げたいと思います。RECORDは今月も継続ですが、ひらがな4文字によるテーマは今月が最後です。今年最後を飾るに相応しいRECORDにしていきたいと思っています。鑑賞はまだ行っていない大きな展覧会があります。今年中にいくつ見られるのか分かりませんが、会期が終わらないうちに行きたいと思っています。読書は精神分析の書籍をまだ読んでいます。そろそろ次の書籍を探そうかなぁと思っているところです。
2016.11.30 Wednesday
11月の最終日になりました。今月を振り返ると、勤務を要しない日が10日間あり、創作活動に邁進していました。背の低いテーブル彫刻の天板の設置、テーブル上部に置く陶彫部品の仕上げと焼成、背の高いテーブル彫刻の天板の加工とテーブル下部に吊り下げる陶彫部品の成形・加飾、仕上げと焼成など、ともかく頑張って作っていた感覚が今も残っています。朝から夕方まで工房で集中して制作し、自宅に帰ると疲れて倒れてしまう日々でした。修了制作を抱えた大学院生との社会的促進も影響していました。新作の窯入れは今月だけで5回やりました。その分RECORDが微妙で、日程の遅れがあったり、下書きが緩慢になったりしていました。彩色の新しい試みもしましたが、今ひとつ成功していません。まだまだ実験の余地があると思っています。RECORDの内容はともかく、実験的試行錯誤があったことは評価してもいいかもしれません。鑑賞は充実の極みでした。展覧会には5回出かけました。現代彫刻では「鈴木久雄展」(武蔵美大美術館)と「新宮晋展」(横須賀美術館)、現代アートでは「杉本博司展」(東京写真美術館)、伝統美術では「平安の秘仏展」と「禅展」(東京国立博物館)の計5回でした。今月出かけた展覧会は、どれも自分にとって印象に残るものばかりでした。これも多忙な中でよく出かけたもんだなぁと振り返っています。制作と鑑賞は車の両輪とも言うべきもので、お互いを通して思索を深め合うものだと自分は考えています。読書はシュルレアリストの精神分析に関する書籍を読んでいます。大変面白い内容で、NOTE(ブログ)で芸術家別にまとめて文章にしています。来月は晦日を迎え、休庁期間があります。制作は今月以上の成果が期待できるのではないかと楽しみにしています。
2016.11.29 Tuesday
社会人となって30年以上過ぎましたが、職場で私はすっかり仕事上の顔をして、立場でモノを申すことに時間を費やしています。仕事には熱心に取り組んできたと自負しているし、私のような者でも背中を追ってくる後輩がいます。ただ、私はたとえ懇親会でも仕事の匂いがすれば素の自分を出しません。素の自分とはどんな自分なのか、創作活動をしていないとしたら、私はそんなことを考えることもなく自分自身をどこかで押しやっているのではないかと思うことが暫しあります。たとえ一時的な自己喪失感があっても、仕事が穴埋めをしてくれるから、そんな考えも出てくるのです。私の仕事には定年があります。仕事を退いたらどうするのか、退職者全員が直面することですが、私には公務員になる前から培った創作活動があります。それは素の自分を出す時でもあり、たまに幸福を感じる瞬間もやってきます。現在でも週末になれば素の自分に戻ります。創作活動の世界では自分は専制君主になり、時に暴君になり、素材の奴隷にもなって翻弄される時もあります。これは人に迷惑のかからない、昨今言われている「おひとりさま」の成せる技で、内面的には地獄から天国まで振幅の大きい精神世界に生きています。素の自分が住む世界は、社会システムからの解放がありますが、精神の深淵を覗き込むと、それはそれで大変な労苦を背負うことにもなります。素の自分でいたい時や素の自分でいてもっと生き甲斐を感じたい時には、チャランポランですまない生真面目すぎるナイーヴな自分がそこにいると常々感じています。