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  • 「夢の素材と夢の源泉」(a)まとめ
    現在通勤時間帯に読んでいる「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)の第五章「夢の素材と夢の源泉」の(a)「夢における真新しい事柄ととるにたらない事柄」のまとめを行います。第一章では分節された章論が8つもあったにも関わらず、大きなまとめをしてしまいましたが、章論のまとめは小まめにやった方が良いと判断し、第五章では4つから章論から成り立っているため、ひとつずつまとめをしていきたいと思っています。因みに第二章、第三章、第四章には分節された章論はありません。「夢における真新しい事柄ととるにたらない事柄」の中に些細な体験が価値のある体験の代理をしている、つまり「力点のずらし」があるという理論が導かれています。その文を引用します。「私たちは、ある心理学的な行程によって、些細な体験が心的に価値のある体験の代理をするに至ることを明らかにした。~略~夢分析の際に数えきれぬほどの経験をいやというほど繰り返すことで、私たちはそうした行程があると想定せざるをえなくなった。ここではこの行程から生じた結果のみを考察するにすぎない。そして、それは、ずらし~言うなれば、心的な力点のずらし~の行程であるようだ。これは仲介的要素をたどって成立する。そしてその結果、もともとに低い強度しか帯びていなかった表象が、高い強度の充当を当初から受けていた表象から負荷を受け取り、そのことで、その表象は意識への立ち入りを強いるだけの強さを得るのである。~略~夢内容が副次的な体験の残余を受け入れるという事実を、夢の歪曲(ずらしによる歪曲)の発現と解釈する。さらに、夢の歪曲は二つの心的機関のあいだに存する通行検閲の結果として生じるというのが私たちの認識であったことを想い起こす。その際、私たちが夢分析に期待するのは、心的に重大な意味のある、実際の夢の源泉はかならず日中生活のなかにあり、その想い出の力点が些末な想い出へとずらされることを夢分析が明らかにすることだ。」
    Exhibitionに10回目の個展をアップ
    私のホームページにはExhibitionという頁があります。毎年ギャラリーせいほうで個展を開催していますが、その個展会場の様子を撮影した画像をExhibitionにアップしています。今年の画像が出来たので、さっそくホームページにアップしました。今回で10回目のアップになります。先日送らせていただいたお礼状にも個展会場の画像を使いましたが、Exhibitionにはいろいろな角度から撮影した画像を載せていて、会場の雰囲気を余すところなく伝えているように思えます。ホームページには他の頁もあって、その頁ごとにコンセプトを変えています。カメラマンが画像処理を自由に行い、遊び心満載な要素がある頁もあります。野外で撮影し、風景を取り入れた頁もあります。どれをとってもその全てが自分の作品を契機に作り上げた世界観であることに相違ありません。Exhibitionは、その中で現実的な空間を伝える頁です。一度御覧になっていただけると幸いです。私のホームページに入るには左上にある本サイトをクリックすれば入れます。よろしくお願いいたします。
    9月RECORDは「間」
    今月のRECORDのテーマを「間」にしました。RECORDは一日1点作ることを課題にした平面作品でポストカード大の大きさです。毎月テーマを決めて、そのうち具体的なカタチが5日間で展開できるようにしています。そうした理由はRECORDの制作時間に関係しています。公務員との二足の草鞋生活をしている自分は、仕事から帰宅した夜でなければ、RECORDの制作に取りかかれないのです。展開がシステマティックであれば時間的な節約になるし、精神的な疲労感も少なくて済みます。これがいいとは思いませんが、現在の生活形態であれば仕方ない面もあります。ともかく帰宅した後は、時折工房に行く夜もあれば、このRECORD制作とNOTE(ブログ)への書き込みは毎晩のメニューになって、既に定着しています。今月のテーマはもう始めていますが、若かりし頃、地中海を旅した印象で、遺跡として残っているギリシャ柱と柱の隙間に昇っていく朝陽が眩しくて清々しかった思い出があるのです。そんな契機でテーマを決めていますが、その後は幅広く展開することを楽しみながら、RECORDを作っていきたいと思います。
    7月個展のお礼状郵送
    例年個展に来ていただいた方々にお礼状を用意しています。わざわざ東京銀座まで時間を割いて足を運んでいただけたことに感謝いたします。今年はお礼状が遅れて失礼いたしました。画像はギャラリーせいほうの空間と陶彫作品がバランスよく見えるものにしました。図録や案内状にないその場の雰囲気を感じていただこうという思いが、今回のお礼状にはあります。芳名帳を見ると、毎年継続的に来ていただいている方や今回初めての方もいらっしゃいました。ギャラリーから案内を郵送した方々の中にはお名前だけしかわからない方もいて、その方々にはお礼状が出せないことが悔やまれます。もしこのホームページをご覧になってくださっていたら、この場を借りて御礼申し上げます。もう個展がずっと昔のように感じているのは、自分が新作のことで頭がいっぱいになっているからだと思います。自分はかなり未来志向で、過去に固執しない傾向があります。過ぎたことは即忘れる楽天的なところがあります。過去の蓄積された作品を眺めるのは、あくまで将来的な見通しをもつためなのです。お礼状の郵送時期にも気をかけないでおいたら、こんなに遅くなってしまいました。申し訳ありません。
    週末 創作活動の魔力
    涼しかったり、蒸し暑かったり、このところ天候が安定せず、今日も昼過ぎに豪雨がありました。今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。在日留学生企画のグループ展を控えている中国籍の子も朝から来ていて、猛烈な勢いで作品を作っていました。「最近、夜寝ていないので肌が荒れている。」と彼女は嘆いていて、来週の搬入までは気合を入れているようでした。私は新作の成形や彫り込み加飾、それから次の制作のために土練りもやっていました。既に制作サイクルが始まっています。身体は五十肩の痛みもあって厳しい状態ですが、創作活動には魔力があって、痛みが感じなくなる瞬間が何度もやってくるのです。身体が機敏に動くのが不思議です。人間の精神力は時に素晴らしいと感じますが、制作を止めた時は悲惨な状態になります。疲労を伴って自宅に帰り着くと、身体は完全に動かなくなります。脱力なんてものではなく、金縛りにあったような身体になり、天国から地獄に突き落とされるマイナス思考に襲われてしまいます。暫く身体をソファに横たえていると、少しずつ回復してきますが、これは一体何だろうと思っています。少し前までは作業でこんなになることはほとんどなく、作業後に近隣のスポーツ施設にも通っていました。今はスポーツをすると翌日ではなく、翌々日くらいに疲れが出てきます。そんな身体の状態をウィークディの勤務やスポーツでは気にかけているのに、創作活動となると昔のままで、身体も精神も長い間に亘って酷使していることも充分自覚しています。だからといって制作が始まるとコントロールが効かなくなるのです。自分を追い詰めていくのが創作の創作たる所以です。そのトレーニングが若い頃から出来ていて、つい創作活動の魔力に溺れてしまい、その振り戻しが自分の身体にやってきても、どうしようもない癖になっているというのが今の自分ではないかと思っています。