Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 職場の野外イベント
    私の職場では年間数回、職場全体を上げての大きなイベントがあります。今日は野外で行う祝祭的な要素の強いイベントがありました。イベントは時に応じて儀礼的だったり、祝祭的だったりしますが、通常は専門性の高い仕事をしている全職員が、自分の専門性を差し置いて、全員で協力体制を組むのがこうした行事を行う意義です。私は何回か職場を異動してきましたが、どこの職場においてもこうしたイベントが企画されていました。野外イベントは気象条件があって、天気の影響を受けやすいのです。実は先週の金曜日がイベント予定日だったのですが、前日まで続いた台風による大雨の影響で、今日に延期されたのでした。準備段階から職員はよく働きます。私たちの職種の採用試験は狭き門で、有能な人材が選抜されますが、時に応じて指示系統での動きがあったり、また自らの判断で動く場面があったりして、用意周到と臨機応変が絡む複雑な働き方をします。指示待ちをしている若手には容赦ない指導が入ります。そんな中で決行されたイベントは成功を収めました。夜の打ち上げでも振り返りを行い、次の職務に生かしていくのです。若手にはスキルを上げる絶好の機会です。
    もうひとつの彫刻イメージ
    彫刻の新作に取り掛かる前に、現行作品の延長として湧いてくるイメージがあります。いくつものイメージが現れては消えていきますが、その中で頭に刻み込まれるイメージをひとつ決めて、新作にするための具体案をまとめるのが自分の流儀です。今まで自分はずっとそんな方法で作品にしてきましたが、現行作品の延長とは無関係に現れるイメージがあって、それも頭に刻まれて、夢の中で執拗に繰り返されているのです。以前のNOTE(ブログ)に書いた記憶がありますが、素材は廃品になった錆鉄です。牢獄のような鉄格子に寄り掛かる人体がモティーフですが、人体を形成するギリギリのところまで量感を削り取った痩せこけた彫刻です。頭部はありません。胴体にも穴が空いた屍状の人体になっていますが、鉄格子に捉まった手と床に立つ足はしっかり作っていて、そこに存在の意味を見いだそうとしているかのようです。どうしてそんなもうひとつのイメージに自分が囚われているのか分かりませんが、学生時代に塑造を自分なりに頑張っていたという自覚があるにも関わらず、充足感が得られていない自分の精神的な部分が、そんなイメージを呼び寄せるのかなぁと思っています。度々現れるイメージはRECORDにして記録していこうと思います。
    週末 休日出勤&制作
    今日は日曜日でも休日出勤がありました。午前中はどうしても職場周辺の地域の行事に出るため出勤をしなければならず、丸一日制作三昧というわけにはいきませんでした。日頃、地域の方々の職場に対する理解にお礼を述べ、挨拶を交わすだけの公務でしたが、顔の見える関係作りに欠かせないのです。2つの別々の会合を掛け持って、昼過ぎに帰ってきました。工房へは午後2時に行きました。昨日準備しておいたタタラを使って成形に励みました。昨日といい今日といい、ちょっとした時間で制作をしています。じっくり腰を据えられないのが厳しいところですが、それでも制作を止めるわけにはいきません。制作工程に従ってコツコツ作っていかないと間に合わなくなるからです。このところ涼しくなって作業は楽になりました。夕方になると工房の窓から涼しい風が入ってきます。風を受けながら、もう少しのんびりしたいところですが、限られた時間内で陶彫部品を着々と作っていかなければならず、休む間もなく矢継ぎ早に作業を進め、今日で6個目の陶彫部品の成形が終わりました。残り94個となり、まだ登山の麓にいるような気持ちです。見上げると険しい坂道が控えているような錯覚を持ちます。あまり先を見ていると虚しくなるので、自分は目の前の小さな目標に向かって頑張ろうとしています。それは自分の得意とするところで、小さな目標の積み重ねがゴールに導いてくれると信じて、一歩ずつ確かな足取りで進んでいくのです。気が急いてダッシュをしたり、長く休むことはしません。同じペースで焦らず休まずやっていくのが自分の流儀です。1年間走り続ける長距離ランナーにも喩えていて、そのために健康にも留意しています。来週もペースを崩さず、決まった時間内で集中したいと思います。
    週末 声楽家の叔父との対話
    家内の叔父下野昇は声楽家です。私たちが結婚して間もない頃、叔父は二期会オペラのテノール歌手として華々しい活躍をしていて、私が志す美術とは違う世界を見せてくれていました。当時は指揮者小澤征爾との共演も複数回ありました。私も誘われるまま東京文化会館のリサイタルに行き、ドイツやイタリア歌曲に酔いしれました。私が彫刻家としての力量をつけていくにつれ、叔父夫妻との仲も濃密になり、芸術の話が出来る唯一の親戚として、私には大切な存在になりました。最近は夜遅くまで語る機会も減っていましたが、久しぶりに叔父宅に私たち夫婦が呼ばれて、大いに語る時間を持つことが出来ました。週末ともなれば自分は新作の制作があって、朝早くから工房に篭らなければ時間を空けることが出来ません。今日は叔父宅に行く時間を作るため、成形加飾1点とタタラ4枚を午後2時までに作り上げました。家内は午前中から叔父宅に出かけていました。夕方、私が到着すると夕食のレストランを予約して頂いていました。来年80歳を迎える叔父はラストリサイタルを東京文化会館でやりたい意向があります。競争率の高い施設でのリサイタルを諦めていた矢先、二期会の事務から連絡があって、何とか叔父が希望する日で来春の東京文化会館を押さえてくれたらしく、これも叔父のキャリアの成せる業かなぁと思いました。大学の同期は亡くなった人も多いと叔父は嘆いていましたが、この年齢でリサイタルが出来るのは、叔父は選ばれた人ではないかと私は主張し、叔父の背中を押しました。自分も叔父の年齢まで展覧会をやれたらいいなぁと願っています。レストランでの話は夫婦の話にも及び、叔母は昔から手作りの食事で叔父の健康を気遣ってきました。その分叔父はリサイタル予約のこと等なかなか叔母に言い出せなかったようです。叔父を徹底して管理する叔母に心配をかけたくないと思ってのことでしょう。家内も叔母から学ぶべきことがあったようですが、家事に情熱を燃やす叔母と違い、家内は胡弓奏者として巡業を行っているため、家事に時間を避けない事情があります。私は家内の表現活動を認めていて、家事で自分を気遣わなくても良いと思っています。夫が重責を担う管理職としてやっていて果たしてそれでいいのかと叔父夫妻に心配されましたが、私たち夫婦の在り方は少し違っていて、私が突如美術館に行きたい、海外に行きたいと言い出すと、家内は可能な予定ならそこを空けて付き合ってくれるのです。しかも鑑賞の感想も忌憚なく言います。私の創作活動に対しても同じです。家内は私にとって一番近い冷静な評論家です。そんな関係があるからこそ私たちはやっていけるのだと叔父夫妻に言いました。ともかくこんな話が出来る親戚がいることが幸せと私は感じています。叔父には長く表現活動を続けて欲しいと願うばかりです。
    練馬の「舟越保武彫刻展」
    既に終わっている展覧会を取り上げて恐縮ですが、先日練馬区美術館で開催していた「舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」に行ってきました。ギャラリーせいほうでの私の個展の前週が「舟越保武デッサン展」だったので、その卓抜した素描に触れ、同美術館の彫刻展には必ず行こうと決めていたのでした。彫刻家舟越保武は自分にとって大変存在感がある巨匠です。キリスト教関連の彫刻作品が、私の師匠である池田宗弘先生に引き継がれていることへの影響もあります。私自身は宗教観をテーマにしていませんが、特定宗教のもつ哲学や祈りの深さは理解しています。長崎県に行った時に「長崎26殉教者記念像」を見てきました。外壁から突き出た聖人たちのもつ静謐さに心打たれました。今回の展覧会でもそのデッサンや雛型が展示されていました。「病醜のダミアン」の展示もありました。ハワイでハンセン病患者に寄り添ったベルギー人神父の、病気に冒された容貌と崇高な精神が相まって、彫像には清々しい空気が漂っていました。「原の城」は今まで何度も見ている馴染みのある彫刻です。初めて「原の城」を見た時は深い感動がありました。聖母や女性像を石彫した優美な作品群もありました。改めて舟越ワールドに触れて、現代彫刻界を支えてきた人の表現力の凄さや巧みさを確認しました。前のNOTE(ブログ)にも書きましたが、私が美術館を訪れた日は大変混雑していて、特にご高齢の方々が熱心に彫刻を見ている様子を見るにつけ、彫刻という表現が漸く社会的にも評価を得たのかなぁと思っています。もちろん舟越保武の彫刻だから、その知名度と関心度で群を抜いているのもわかります。それでも彫刻が身近になってくれれば、これほど有り難いことはありません。