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  • 9月は美術鑑賞が充実
    今日で9月が終わります。今月の特徴だったところは、頻繁に美術館に足を運んだことです。「舟越保武彫刻展」(練馬区美術館)、「アールヌーボーのガラス展」(汐留ミュージアム)、「二科展」(国立新美術館)、「オスカー・ニーマイヤー展」(都現代美術館)、「月映展」(東京ステーションギャラリー)、「ニキ・ド・サンファル展」(国立新美術館)、「若林奮展」(県立近代美術館葉山)が週末に出かけた展覧会(美術館)ですが、それに小さなグループ展が加わって、今月は美術鑑賞が充実していました。鑑賞した展覧会数は9つに上ります。その分、映画や演劇等に出かけることはありませんでしたが、二足の草鞋生活をしながらの鑑賞散策としては精一杯な状況ではないかと思います。楽しい1ヶ月でした。制作は連休を利用して陶彫部品を10点ほど乾燥段階まで進めました。新作は心配な面もありますが、まずまず頑張ったのではないかと思っています。RECORDも陶彫制作に負けじと取り組んでいて、最近は緊張感のある作品が出来ているかなぁと感じています。読書は滞ってしまいました。全てが調子よく出来るものではなく、どこかに負担をかけながら、それでも前向きにやっているのであれば良しとしたいと思います。来月も頑張ります。
    六本木の「ニキ・ド・サンファル展」
    女流造形作家ニキ・ド・サンファルの作品を知ったのはいつだったのか、きっと自分が彫刻を学び始めた20代初めの頃だったろうと思います。現代美術の奔流の中で、鉄で動く彫刻を作っていたジャン・ティンゲリーのパートナーとして、鮮やかな色彩を纏い、デフォルメされた女性像を作る作家としてニキを知ったように記憶しています。私がニキの全貌を見たのは栃木県の那須高原にあったニキ美術館でした。今回、東京六本木にある国立新美術館で開催している「ニキ・ド・サンファル展」を見に行って、ニキ美術館が閉鎖されたのを初めて知りました。美術館はなくなったけれど、ニキ作品のコレクターだったYoko増田静江氏のお陰で、数多くのニキ作品が日本にあることは喜ばしいと感じています。それにしてもニキの作品が放つ途轍もない生命力はどこからくるものでしょうか。女性を前面に出し、暴力や性差別、社会通念と闘う造形作家の刺激的な表現方法の原点はどこにあったのでしょうか。「テロリストになる代わりにアーティストになった」というニキの言葉はあまりにも印象的です。図録にこんな文章がありました。「11歳の時に父親から性的虐待を受けた少女は、1940年代に反逆する女性となり、50年代には前衛的なアーティスト、60年代にはメディアを利用する有名アーティスト、そして70年代にはパブリック・アートに取り組み、さらには、常に女性に関わるものを含んだ様々な信条に携わるアーティストとなったのである。こうして、犠牲者としての女性は、私的な物語を乗り越え、それを作品の主題とすることによって、20世紀の最初のフェミニストの一人に姿を変えた。」本当の生涯はもう少し複雑な要素もあったのでしょうが、現代美術史に残るニキ・ド・サンファルの世界において、その創作の秘密を垣間見たような気がしました。
    新木場の「オスカー・ニーマイヤー展」
    先日見に行った展覧会の詳しい感想をひとつずつアップしていきます。東京江東区にある東京都現代美術館は新木場に近く、橫浜に住む私の自宅からは遠い美術館のひとつです。ブラジルを代表する建築界の巨匠オスカー・ニーマイヤーの展覧会がここで開催されていると知って楽しみにしていました。テレビで紹介された雛型を複数配置した広い展示空間にも興味津々でした。「私は邪魔なものを排除していき、その結果、建物は独創性を増し、よりおおらかな空間を作り出す。」というインタビュー記事がアートショップにあった書籍に載っていました。ニーマイヤーの初期の作品にはル・コルビュジェの近代機能主義の影響がありましたが、次第にダイナミックで繊細な彼独特なセンスが現れ、その流麗なデザインは首都ブラジリア全体を成す建築群に昇華していきました。コンクリートという素材が生んだ曲線・曲面を多用した建築は、アートと相まって巨大な舞台を作り上げています。そこで自分が注目したのは人目を引く巨大建築群ではなく、ニーマイヤーの自宅でした。自然石のある地形を半分室内に取り入れた住宅は、周囲の風景との融合を図り、心地よい空間を作り出していました。また、ニーマイヤーは南米出身ということもあって政治色の強い建築家でもあったようです。とりわけ北米の資本主義の在り方に関して反発もあったことが分かりました。いずれにせよ多くの魅力ある建築物を数多く残したニーマイヤーの業績は、近代建築史の中で揺るぎない地位を与えられていることは間違いありません。
    週末 今月最後の終日制作日
    時間が経つのは早いもので、この週末が9月最後の週末で、終日制作できる日としてはラストです。今月の制作目標として掲げた10点の陶彫部品の成形と彫り込み加飾は既に出来上がっています。今日は朝から工房に出かけ、7時間かけて成形2点を作り上げてきました。夜まで気力が続かず、彫り込み加飾は後日にしました。今日は久しぶりに若いスタッフが来ていました。凌ぎ易い季節になり、制作がやり易くなっていますが、集中力が持たず、やはり6時間から7時間というのが作業の限界です。これから仕事帰りに夜の制作が可能になるかもしれないと思っています。何しろ新作には手間暇がかかりそうで、今後の制作工程を考えると焦ります。乾燥を待っている10点の陶彫部品のうち2点ほど仕上げて、化粧掛けを施し、窯入れをしてみようかと思っています。現在作っている陶彫部品の構成が今までの作品と異なるので、窯入れをしてみないと何とも言えないと思っています。どんな具合に焼成されるのか、試してみないとわからないのです。そんな不安を抱えながら、成形や彫り込み加飾をどんどん進めていて、そもそも大丈夫かという考えが頭に浮かびます。来月早々には新作の窯入れをやってみます。いよいよ制作が本格化する季節を迎え、気が引き締まる思いがしています。
    週末 制作&美術館へ…
    今日は工房で作業をやった後、家内と自家用車で葉山にある美術館に出かけてきました。先日もそんな流れで美術館巡りをしましたが、今日は東京方面ではなく神奈川県三浦方面に行きました。美術館に行く予定があっても制作を止めるわけにはいかず、朝7時に工房に出かけ、成形と彫り込み加飾を明日やるためにタタラを8枚用意しました。座布団大のタタラ8枚には結構骨が折れ、腕が痛くなりました。2時間かかって今日の作業を終えて、午前10時過ぎには家内と自宅を出ました。横浜横須賀道路を使い、神奈川県立近代美術館葉山に到着したのは11時を回っていました。「若林奮 飛葉と振動」展は必ず見に行こうと決めていた展覧会でした。若林奮先生は、私の学生時代に彫刻科研究室ではなく共通彫塑研究室におられました。そのため直接若林先生から教えを乞うことができず、先生の活動を遠巻きに見ているだけでしたが、当時から若林奮ワールドに注目し、個展には必ず伺っていました。先生が執筆された文章もよく読んでいました。当時の私には難解で謎解きのような理論でしたが、今の私は先生の思索がわかるようになりました。「振動尺」という先生が作り上げた空間を図る尺度、成長する植物を観察して得た時間の概念等、その独特な造形言語に私は今も魅了されています。若林奮ワールドにおいては、空間的な関わりを独自の尺度で捉え、また蓄積された時間を銅板や紙や植物の葉を重ねることによって捉える方法が、やがて庭園制作へと発展していくように思えます。考えれば考えるほど、その独自な視点には苦しさが伴い、また作家本人の神経質な面が覗けますが、生前はどうだったのでしょうか。本人の性格はともあれ、今の私には若林奮ワールドが刺激を与えてくれることは確かです。展覧会を見た後、無性に作品が作りたくなったのが何よりの証拠です。ただ、葉山から帰った後、工房に行くはずだったのがウィークディの疲れが出て、自宅のソファに寝てしまいました。明日は制作を頑張りたいと思います。