Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 勤務後に味わう円空・木喰の世界
    今日は午後に横浜駅周辺にあるビルで会議があったため、昼過ぎに職場を出ました。横浜駅の雑踏の中を歩いていると「そごう美術館」で開催されている円空と木喰の仏像による展覧会のポスターが目につきました。「微笑みに込められた祈り」という副題に誘われて、この展覧会を見たい欲求に駆られました。会議が終わって、勤務時間終了後に「円空・木喰展」を見に行きました。癒しを求めて見た仏像の数々でしたが、円空の木片に最小限の刀を入れた独特な造形の他に、かなり作り込んだ釈迦如来や十一面観音菩薩があって見応えがありました。鋭い円空に比べ、木喰は丸みを帯びた仏像で知られますが、自分が注目したのは木喰が仏像を彫り始めた時期です。木喰は56歳の時に廻国の旅に出立していて、61歳の時に初めて像を彫っています。さらに80歳の時に千体造像の祈願をして90歳で成就、その先に二千体造像の祈願をしたというのですから、その生命力と意欲に驚かされます。そんな木喰の生き方をもってすれば、自分なぞ取るに足りない小僧になるわけです。それぞれの木彫の感想は後日改めるとして、今回はウィークディに思いがけない展覧会に接することが出来て楽しい時間を過ごすことが出来ました。
    自画像について
    モデルが雇えない時代にその代替として自画像を描いている画家がいて、そんな時代の優れた自画像が数多く残されています。そうでなくても自分を見つめることは表現者にとって必要なことで、そんな理由から自画像を描いている人もいます。自分は高校時代に受験デッサンで鉛筆による自画像を描いた記憶があります。大学に入ってデッサンと油絵で1点ずつ描いたくらいで、当時も自己を見つめていた自覚はありますが、実は自画像は得意ではありませんでした。自分の骨格に立体性が乏しいのが原因で、どう描いても気に入った作品が出来なかったのです。自分は自画像が極めて少ないのですが、ある時自分が作る作品は全て自画像ではないかと思ったことがあります。当時の人体彫刻は塑造台にモデルを立たせて作っていましたが、自分に何故か似ていました。どんなに技巧が身についても、どこまでも自分そのものでした。作品が抽象に移っていっても、自分自身がそこに存在していました。思索に富んだ作品を作る作家でも、そこに自我が隠されていて、それも自画像だと最近は思えてなりません。自己の在り方を顔のない自画像として具現化しているのが今の自分ではないかと思っています。
    宗教を超えた静謐な造形
    今日の日本経済新聞に「舟越保武彫刻展」の記事が掲載されていました。現在福島県で開催されているようですが、東京にも巡回してくるので楽しみにしています。故舟越保武は日本を代表する彫刻家の一人で、キリスト教信仰をテーマにした作品が多いことで知られています。島原の乱で殺害されたキリシタン武士をモチーフにした「原の城」をどこかで見て、自分は深い感銘を受けた記憶があります。宗教を超えた造形性を持つ彫刻で言えば、自分の師匠である池田宗弘先生の先達とも思えて、舟越保武は自分には身近に感じられる巨匠です。今日の新聞記事に興味のある一文がありました。「釣り好きだった舟越は、岩肌を削る渓流を彫刻家に見立てたことがある。何百年もかけた自然の彫刻に、数年がかりの我々の彫刻は及びもつかない。人間は、巨岩の前で風に吹かれる花びらのように小さな存在だ。」という箇所で、自然を前にして人間の作り出す造形の小ささを嘆きつつ、無駄を削ぎ落とした精神のカタチに自分は惹かれてしまうのです。
    天から降るイメージ
    新作のイメージはどこからやってくるのでしょうか。かつて見た実風景なのか、それとも映像なのか、ボンヤリしたものが天から降ってくるのが自分にはあります。イメージは消えては現れ、また再現されて自分の脳裏に刻み込まれます。自分はそれをスケッチブックに描き留めたりしません。描き留めるとそのイメージは定着して発展性を失うので、具体的なイメージになるまで放っておくというのが自分の常套手段です。新作のイメージは、現在作っている作品が佳境を迎えて喘ぐようにしている時に決まって降ってきます。現行作品が期限までに完成するかどうかわからない時に、追い打ちをかけるようにやってくるのです。ここ最近になって来年に向けて制作をするであろう新作が脳裏にあります。まだハッキリしませんが、大変手間がかかるものであることは確かです。自分の中で少しずつハードルを上げることを自分に課した使命にしていることがあって、新作のイメージを発展させる所以になっていると言えます。天から降るイメージは自分にとって苦しいものですが、枯渇しない発想は有り難いとも言えます。
    三寒四温の体調管理
    いよいよ寒さの疲労が出てくる季節になりました。このところ昼間の公務と夜の工房での制作が立て込んでいて、身体に負担を強いることが多くあります。予防策としては、ひたすら寝ることに徹しています。夜更かしは自分の生活ではまったくあり得ず、11時過ぎになると寝床に入ってしまいます。就寝までに陶彫の彫り込み加飾とRECORDのノルマを何とか終わらせ、寝ることを唯一の楽しみとしているのです。若い頃は深夜にならないと作品のエスキースが出来ず、机の前でボンヤリと過ごすことばかりでしたが、人は変われるものだとつくづく思います。もちろん素材を媒体とする彫刻は昼間の制作で、夜は版画やエスキースに限られていましたが、夜の暗闇がないと創作活動は出来ないと信じて疑わなかった自分がいました。創作活動は気候や時間に左右されるものではなく、気持ちの持ちようでいくらでも可能になると今では思っています。むしろ三寒四温の体調管理こそ大切で、身体を壊してしまったら何にも出来ないと考えます。気分のコントロール、これが長い創作活動の中で自分が培ったものです。体調を万全にしておくこと、これが創作活動を実行するために留意することです。二束の草鞋生活の多忙感の中では、若い頃のような芸術家気取りの気分屋ではいられないと心底思っています。