Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 工房内の飾りつけについて
    このところ仕事帰りに工房に立ち寄り、加飾の作業を1時間から2時間程度やっています。先日の嵐の夜に考えた収納部分の改造とともにやりたいのが、工房内の飾りつけです。工房には内壁がなく作品等を掛ける場所がないのです。工房は住居ではないし、制作するだけの空間ですが、願わくば世界各地の仮面を掛ける場所を作りたいと考えています。自分の仮面コレクションはアフリカやヨーロッパ、アジアや日本の仮面があって、自分の制作意欲を高めるために集めたものです。展示を考えている場所は天井に近い切妻屋根の三角形の場所です。鉄骨で囲まれた外壁パネルの内側に板材を張っていこうと思っています。これは足場を築かないと出来ない作業です。かつては自宅の壁に掛けていた仮面ですが、数が増えて壁が狭くなり、工房に持ってきているのです。収集した仮面は骨董価値があるわけではなく、自分にとってだけ貴重なものです。素材も木彫、陶彫、和紙に極彩色が施されたものや素材そのものを生かしたものがあって見ていて飽きません。コレクションには自分の個性が表れているようにも思えます。
    アフリカの楽器 XYLOPHONE
    私の職場の近くにアフリカ雑貨店があります。先日その店でナイジェリアとガーナの仮面を購入しました。その時、家内が店内にあった素朴な木琴に注目し、その音色に憑かれたようです。家内はもともと美大で空間デザインを学んだ人ですが、現在は縁あって胡弓奏者として「おわら」を演奏しています。三味線も名取になって弟子を抱えています。義母の故郷である奄美大島のサンシンも見よう見まねで弾いています。家内は幼い頃バイオリンをやっていて、バイオリンと三味線が融合したものが胡弓に結実したと言っても過言ではありません。絶対音感はその頃培われたものか、それとももともと家内に備わっていたものかわかりませんが、胡弓にしろ三味線にしろサンシンにしろ音感のよさが大いに役立っているようです。今回、家内が注目したアフリカの楽器は、西洋音階ではなく板木が響く独特な音を醸し出します。音域にとらわれない素朴さが逆に刺激的だったようです。日曜の法事の後、もう一度アフリカ雑貨店に行き、家内から何度も説得されて、このXYLOPHONEという木琴を買いました。いつの間にか自宅には独特な楽器ばかりが揃っています。
    嵐の中の工房で…
    台風4号の雨風が吹き荒れる中、仕事帰りに工房に立ち寄り、成形した陶彫部品に加飾を施しました。夜の工房は雨風の音で賑やかでした。不思議と集中して作業ができました。農業用倉庫として建てた工房には内壁がありません。工房は鉄骨を組み合わせてコンクリートパネルで覆っただけの簡単な構造で仕切りもありません。外の音が響き渡るのは外壁だけのせいかもしれませんが、工房内の空間には大変満足していて、多忙な中で制作に勤しめるのは工房のおかげだと思います。鉄骨が張り巡らされているので、近い将来は天井部分に厚板をおいて屋根裏収納を作ろうと思っています。簡易梯子をかけて比較的軽い作品を屋根裏に収納できれば、工房内をもっと広く使えると思います。亡父が残してくれた植木畑があったればこその工房ですが、自宅とは別の場所に非日常空間が持てる幸せを噛みしめています。時間に余裕ができれば収納部分を改造していきたいと思っています。これから時間をかけて工房内の有効利用を計画していきます。嵐の晩にそんなことを考えました。
    Gせいほう「信濃国善光寺道記録絵図展」
    今日は土曜出勤日の代休でした。東京銀座のギャラリーせいほうへ7月の個展のための図録100冊と案内状1500枚を届けに行きました。画商の田中さんがいてくれたので7月の搬入の確認をしました。田中さん宅にも拾った猫がいるとのことで、家内と猫談義になりました。ギャラリーせいほうでは師匠の池田宗弘先生が個展をしていたのですが、先生は残念ながら不在でした。先生の個展は善光寺の旧道発掘調査をまとめたもので、夥しい数の現地デッサンと水彩が展示されていました。真鍮の彫刻も3点展示していました。「彫刻と善光寺道を描いた絵の作風が違いすぎるので、見に来た人が同じ作家と思ってくれないんだよ。」と田中さんがおっしゃっていました。成程その通りですが、池田先生は日本の聖地巡礼路とも言うべき善光寺道の記録を、どうしても東京銀座で発表したかったのでしょう。その研究ぶりが伝わる内容だと思いました。ギャラリーせいほうを出てから、東京スカイツリーを見に行きました。ウィークディに東京に来られる機会は滅多に無いので、物見遊山に出かけてしまいました。もちろん予約券がないので展望台に上がることは出来ませんでしたが、下から見上げるスカイツリーは圧巻でした。今日は青空に雲が浮かんでいたので絶好の撮影日和でした。スカイツリータウンの「ソラマチ」を散策して帰途につきました。週末でもないのにかなり混んでいました。
    父の七回忌
    ついこの間、父が亡くなったと思ったら、もう七回忌かぁと月日の経つ早さを感じます。明治の頃は小作人だった先代が僅かな土地に農作物を作っていた時代があり、農業と兼業しながら大工の棟梁として仕事をしていた祖父、その後を継いだ父は農作物をやめて土地のすべてを植木畑に替えました。造園業としては小さな個人営業でしたが、それでも父は数人の職人を使っていました。私も中学生の頃から「相原園」を手伝い、当時は嫌々ながらも造園のノウハウを覚えさせられました。父の代で大半の土地を手放し、自宅の周辺に植木畑が残りました。さらに父が亡くなってから植木畑に私が工房を建てています。もともとは大地主でもなく、多少の土地を手に入れてやってきた相原の家ですが、私が生活の糧にもならない彫刻ができるのは父を初めとする先代のおかげと思っています。父の七回忌にそんなことが頭を過りました。