2012.04.22 Sunday
今日の午前中は工房で「発掘~混在~」の色彩の再確認を行って、6つのボックスの側面と裏面に油性塗料で黒い塗装を施しました。作業を午前中で中断し、午後は展覧会を見に東京に行きました。工房に出入りしている若いアーティストの一人が2人展を開催しているのです。場所は原宿のデザインフェスタ・ギャラリー。今日の原宿は大変な人混みで、表参道を人を避けながら歩きました。展覧会名は「Lotus」。工房に出入りしている子は、画布にアクリルで肌理細やかな装飾を配した美少年像を描いていました。彼女は大人になりきらない美少年をテーマに、優雅と残酷が隣り合う耽美な世界を表現しています。ホモセクシュアルな面がありますが、表面に表れてくる印象は薄いベールで覆われた淡い色調の美しい世界です。彼女のさらなる世界観の広がりや追求に期待したいと思います。「Lotus」展は今月28日まで。時間は11:00~20:00。
2012.04.21 Saturday
今日は朝から工房に行きました。「発掘~混在~」の6つのボックスが床に横たわる中、先日までドリッピングを繰り返した色彩の面をどのように仕上げていくか検討に入りました、油絵の具を霧状に吹きかけて、やや色彩を抑えた箇所を作りました。それも強弱をつけてみました。常に全体を把握しながら作業を進めました。そこに陶彫部品が設置されるとどうなるのか、陶彫の焼き締めた素材と油絵の具の色彩をどのように融合させるかが大きな課題です。今日はじっくり作品を見つめながら全体と個々の関わりを考えました。作品完成まで一息のところですが、この最後の工程が苦しく、また楽しいのです。いろいろ作業して考えを巡らせたので一応今日はこれで終了します。明日は再検討して、さらに思索を深めます。
2012.04.20 Friday
昨年度までいた職場と現在の職場の歓送迎会がちょうど重なってしまいました。現在の職場の歓送迎会に1時間程度いて、その後に昨年度の職場の歓送迎会に向かいました。2つとも横浜駅周辺のホテルだったので、移動にさほど時間がかからず助かりました。昨年度までお世話になっていた職場は大所帯で、おまけに今年度新任が増えたため一気に若返った感じを持ちました。大所帯のパワーに圧倒されてしまいました。20代の人たちが幹事をやっていて、エールにも覇気がありました。元気をもらって、明日から現在の職場で頑張ろうという気が起こりました。その後、気の合う人と二次会に行き、夜更けに帰宅しました。
2012.04.19 Thursday
通勤の友に今日から新しい本を携帯しています。新しいと言っても30年以上前に読んだ「芸術の意味」(ハーバート・リード著 瀧口修造訳 みすず書房)です。途中で放棄してしまった書物をずっと後になって再読する癖が自分にはありますが、「芸術の意味」は全部読んだ記憶があります。でもその時に読んだ本はどこかで無くしてしまって、再読を始めようとする現在の本は最近購入したものです。20代の時と50代の今では同じ内容でも捉えは大きく変わっていると思っています。20代の時に感じたことは、詳細な論理は忘れたものの本書は創作活動を展開する上でのバイブルだと認識したことでした。それでは現在はどうでしょうか。20代の初めの頃に彫刻を学び始めて30年が経とうとしています。本書で語られている芸術の意味を今一度再確認しておきたいと考えています。この年齢になって敢えて再読する意味は十分にあると思います。通勤時間も多少長くなったので、今回もじっくり時間をかけて読み解いていきたいと思います。
2012.04.18 Wednesday
「ジョージ・グロッスーベルリン・ダダイストの軌跡ー」(宇佐美幸彦著 関西大学出版部)を読んで感じたことは、政治的主張をもって人々を喚起させる手段に芸術がなり得たことです。時代のニーズもあったのだろうと推察していますが、反戦を掲げて共産主義に歩み寄った画家は、ただし、そのコンセプトで首尾一貫することはなく、主義主張に生涯囚われることはなかったようです。グロッスはヒトラー台頭前に渡米し、アメリカでは過去を清算しようと努めますが、不成功に終わりました。幼少より憧れたアメリカで、酒に溺れた貧困な生活を送ったグロッスは芸術のコンセプトをも薄らいでいきました。晩年ドイツに戻っても安定した余生を夢見ていたため、かつての社会的なテーマを扱った斬新な表現はなくなっていました。では、グロッスが輝いていた頃はいつだったのでしょうか。世相に眼を向け、辛辣な風刺を絵画化し、絵画や詩の出版を繰り返していた時代こそ、グロッスが一世を風靡し面目躍如とした時代です。そうしたグロッスの世界は、ナチスによって「退廃芸術」という烙印を押され、多くの作品が失われました。もし、グロッスが渡米をしなかったら、ヒトラー政権によってグロッスは抹殺されていたかもしれません。渡米という選択肢がよかったのかどうか神のみぞ知るところですが、時代とともに生きた画家は、運命に翻弄されながら人間臭い世界を漂っていたように思えます。