Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 週末 映画「ロボット・ドリームズ」雑感
    日曜日になりました。日曜日は主に創作活動について書いていますが、今日は今年最初に出かけた映画鑑賞について雑感を述べてみたいと思います。今日の昼間は陶彫制作に精を出していましたが、夕方になって家内を誘って、横浜市の中心地にあるミニシアターにスペイン・フランスのアニメ映画「ロボット・ドリームズ」を観に行ってきました。映画「ロボット・ドリームズ」はネット情報で知りましたが、内容に素の感情に働きかけてくる温かさを感じ取り、これは絶対観に行こうと決めていました。登場する人物は全て動物の戯画化で、舞台は大都会ニューヨークでした。大都会でひとりぼっちのドッグは、組み立て式のロボットを注文し、そのロボットに唯一無二の友情を育んでいきます。ロボットも純朴な感情を持っていたため、お互いが信頼できる関係を築き、有名な公園や高層ビル街などを背景に楽しい時間を過ごしていました。夏の終わりに海水浴を楽しんだ帰りにロボットは錆びて動かなくなり、ドッグは砂浜にロボットを置き去りにするしかなかったのでした。海岸は閉鎖され、ドッグの懸命な救済も届かなくなり…。翌年の夏までそれぞれ離れ離れの時を過ごすことになりました。この離れ離れの時間がこの映画のもうひとつの見せ場になっているように私には感じられました。時間は留まった状態にはならず、再会を誓いながらも、それぞれの気持ちは確かに育っていて、そこに新たな出会いがあり、豊かな未来が待っていると私は思いました。CGアニメ全盛の時代に敢えて2Dのシンプルな線描アニメで描いた本作は、そのシンプルさ故に物語の強さや哀しさを謳っていて、また一切台詞がない画像展開も、観客を物語に没入させるには十分効果があったと私は考えます。スペイン人パブロ・ベルヘル監督は製作も脚本も兼任されていますが、実写では高い評価を受けている監督の初アニメーション作品だったようで、そのアプローチが輝いていると思いました。
    週末 年を跨いだ1週間
    週末になりました。休庁期間がこの週末で終了するため、9連休という長い休暇を過ごしている人も少なからずいると思います。今週は2024年から25年に年を跨いだ1週間になりました。こんな1週間であっても、私は毎日工房には通っていました。晦日と大晦日は後輩の彫刻家が来ていて、朝から夕方まで木彫をやっていました。私も陶彫制作に明け暮れていたので、年越しの気分にはなりませんでしたが、24年の最後としては充実した締め括りでした。大晦日の夕方に窯入れをしました。元旦は工房の窯に温度確認にやって来て、その後、裏山の小さな祠に行き、そこに収めてあるお札を交換するために、東京赤坂の豊川稲荷に家内と出かけて行きました。例年のルーティンですが、稲荷で護摩を焚いてもらいました。この日は相原の墓地がある浄土宗のお寺の住職にも挨拶に行きましたが、神社と仏教寺院に同日に出かけていく私は、まさに特定宗教を持たない日本人を体現しているなぁと思ってしまいました。2日は朝から夕方まで工房に籠り、創作活動中心のいつも通りの生活に戻りました。3日は工房で1時間程度の制作をしてから、東京渋谷のレストランに行きました。久しぶりに従姉妹会があり、スペイン料理に舌鼓を打ちました。今日4日はまた後輩の彫刻家が朝からやってきて、私も含めて制作三昧でした。今年も創作活動を中心に据えて1年間が回っていくように思います。私にとって陶彫はこれで終了というゴールがありません。この土肌を使った素朴な立体が、集合彫刻となり、空間に置かれて、その場所が変容していく様子は、私に限りない造形への期待を齎せます。空間の変容は私に刺激を与え、また新たな刺激を求めてイメージを紡ぎ出していくのは、私にゴールを与えてくれず、思考が立ち止まることも許してはくれません。その過程が何とも幸福なのだと私は考えています。
    25’も従姉妹会があり…
    昨年は親戚の叔父やら叔母が亡くなって喪に服している従姉妹もいるのですが、毎年新年にやっている従姉妹会は新年会の意味合いはないのだろうと思います。というのも、他界した声楽家の叔父の息子が、家内に店の選定をお願いしてきたからです。そこで家内は嘗て友人と出かけた際に立ち寄った渋谷のスペイン料理店に連絡を入れていました。この時期に営業している店が多くはないので、家内があれこれ探して、自分自身が入ったことのある店が信頼できると判断したようです。私は仕事を退職してから、複数の人が集まって店で会食する機会がなくなったため、こうした集まりは貴重なのです。25’も従姉妹会があるのは私にとっては嬉しいことです。自宅と工房を毎日行き来している私は、美術館と映画館しか足を運んだことがなく、また渋谷のレストランで長い時間を過ごすことはないし、会話を楽しみながらゆっくり食事することもありませんでした。親戚と言えども従姉妹会は文化意識の高いグループなので、毎回のことながら会話は弾みました。実は昨年あたりから私の意識に変化が生じ、誘われても行かなかった高校の同窓会に参加してみたり、退職校長会主催のグループ展に彫刻の出品もしました。今年も2月にあるグループ展に出品の希望を出したところ、先日は招待者向けの案内状が数十枚送られてきました。自分と関わりのあった人たちと出来るだけ関わっていこうとしてるのは、年齢のせいかもしれず、退職して3年が経ち、自分の社会的な居場所がなくなっていると実感しているのかもしれません。それでも毎日工房に通って、制作目標を持ち続けることは幸福なことだと思っています。
    新聞記事より「平和/それは花ではなく…」
    元旦の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「平和/それは花ではなく/花を育てる土  平和/それは歌ではなく/生きた唇  谷川俊太郎」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「平和は旗として掲げるものでなく、着なれた下着やいつも吸っている空気のように、『あたりまえなもの』としてあるはずだと、詩人はいう。『退屈』で『素気ない』のがその証しであるほどに。それは、願うものでも祈るものでもなく、待っていればいずれ訪れるものでもなくて、人びとの身を養うもの。だからなくてはならぬもの。詩集『うつむく青年』(1971年)から。」元旦の新聞に何で「平和」に関する詩があったのか、どうしてここで敢えて「平和」を文字として取り上げなければならなかったのか、どうやら「平和」は「あたりまえなもの」ではなくなっているのが昨今の世界情勢なのだろうと思っています。日本人である私たちの周囲には、まだ「平和」が保たれていると感じますが、情報過多な現代では世界の動向が瞬時に入ってくるし、またフェイクニュースもあり、どれが正しい情報なのか、どこから危険が忍び寄るのか、私たちは見当がつかなくなっているのです。安全安心は日常事ではなくなっているのは、些細な事件からも、また警察の注意喚起からも読み取ることができます。国家間で戦争が起きなくても、社会の歪みを私たちが日頃から感じていることで、それが弾けて、私たちの不満が政治や経済に向かうことも十分にあり得ます。社会の「平和」は心の「平穏」でもあり、そうでなければ「人びとの身を養うもの」にはならないからです。社会が安定していれば文化が育ちます。私の居場所はその文化的事業に存在し、私が工房に籠れるのは、「人びとの身を養うもの」の中にすっぽり嵌っているからだと思うからです。
    2025年になり…
    2025年の元旦を迎えました。今年は平和でありたいと願いつつ、残念ながら世界には紛争が絶えない場所がかなりあります。日本の周囲でもキナ臭い国際状況があって、わが国の防衛を真剣に議論する機会がきているような気がしています。さて、元旦になると私の恒例となる仕事があり、裏山に据えた小さな祠へ行って、奉納された稲荷の札を新しいものに換えるのです。その祠はもともとそこにあったものではなく、祖父母の時代に近所に捨ててあった稲荷を祖父母が拾ってきて、小さな祠を建てて祀ったものです。私は幼少のころから、朝食前に小さく刻んだ餅と油揚げを持って祠に行き、そこに納めてきました。次に菩提寺に出かけて行って住職に新年の挨拶をしてきます。それから家内と東京赤坂まで出かけていき、豊川稲荷で護摩を焚いてもらうのです。そこで受け取った木札は自宅のリビングに、紙札は祠に納めるのです。相原の家は、祖父までが何代か続いた大工で、父が造園業を営んでいたため、代々商売繁盛の稲荷を拝んできたと思われます。これは私にはあまり縁がないのかもしれず、彫刻はいっこうに売れません。それでも家内安全が守られているので、毎年同じことを繰り返しているというわけです。しかも宗教に疎い自分は、こんなことをするのは元旦だけです。明日からまた工房に行って陶彫制作に励みます。1年間制作をやっているのが私の心の安寧に繋がっているので、祈祷よりも創作活動が私に生きる喜びを与えていると言っても過言ではありません。ましてや新作は、祖父母や両親が住んだ旧家の大黒柱を使う計画なので、先祖を大切にする心を今年ほど強く感じることはないと思っています。今年はどんな1年になるのでしょうか。自然災害には見舞われず、人的災害も最小限になる1年になることを心より願っています。このNOTE(ブログ)を読んでくださっている皆様が平穏に過ごせるように祈っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。