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  • 2024年HP&NOTE総括
    2024年の大晦日を迎えました。昨年のNOTE(ブログ)でも伝えていることですが、世界情勢で世界史に残るような悲劇的な事件があり、それは今年も継続されています。ウクライナに軍事侵攻したロシアやイスラエルがハマスを撲滅するための軍事作戦は、今年になってさらに民間人の被害が増大しています。また今年は政治とカネをめぐる問題で、自民党政治が揺らいでいます。これは民意が反映したということでしょうか。また、元旦に能登を襲った大震災に驚かされ、私は嘗て輪島塗の職人を訪ね、話を聞いた記憶が甦りました。一刻も早い復興を心より願っています。こう羅列すると不安を煽る記事ばかりですが、スポーツの世界では気持ちが高揚することがありました。パリ・オリンピックでの日本選手団や米大リーグでの大谷翔平選手の活躍は、私たちに前向きに生きるパワーを与えていただきました。今年ほど毎日のニュースに見入った1年間はなかったなぁと思い返しています。創作活動では7月の個展で発表した2年越しの「発掘~記録~」が私にはインパクトが強く、1年間分365体の立方体を展示出来ました。工房には平日も週末もなく籠りましたが、夏の暑さにはさすがに辟易しました。毎年こんな記録更新の気温が続くのでしょうか。季節がどうであれ、陶彫制作は私の創作活動の中核を成すものであり、私はこの素材から大きく離れることはないと思っています。この素材を礎にしてイメージを膨らませ、実物の作品以上の空気感を醸し出したいと思っています。私の作品は空間演出するものなので、実物は空間を変える装置に過ぎません。そうした思索を推し進めていかれるように日々精進したいと思います。最後にホームページについて。このホームページは私の創作活動の面から情報発信をしているもので、画像は陶彫作品とRECORD作品に限られています。カメラマンと相談しながら画像の構成をしていますが、今後はさらに充実させたいと考えています。NOTE(ブログ)は日々の記録ですが、日記というより展覧会や映画の感想、書籍等から得た知識、作品の進行具合など思いつくまま書いています。拙い文章を読んでくださっている方々に感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。皆さまにとって来年が良い年でありますようにお祈りしています。
    「象徴主義」について
    「世紀末芸術」(高階秀爾著 筑摩書房)の第四章「世紀末芸術の美学」の初めに「象徴主義」の単元があり、これについて気に留めた箇所をピックアップしていきます。最初にオーリエが記した象徴主義の定義から始めます。「《芸術作品の必要条件は、(1)理念的であること、なぜならば絵画の唯一の理想は、理念の表現であるから、(2)象徴的であること、なぜならば絵画は、その理念を形態において表現するから、(3)綜合的であること、なぜならば絵画は、これらの形態、記号を一般的理解の方法にしたがって表わすから、(4)主観的であること、なぜならば絵画においては、客観的事物は決して客観的事物として考えられず、主観によって知覚された観念の記号として考えられるから、(5)(したがってその結果)装飾的であること、なぜならばエジプト人、そしておそらくはギリシャ人、およびプリミティフ芸術家たちの考えていたようないわゆるほんとうの意味での装飾絵画は、同時に主観的、綜合的、象徴的、理念的である芸術の表明にほかならないからである。》」象徴主義という言葉を私はよく使いますが、その定義を述べた箇所をここで敢えて載せることにしました。その代表格が画家ルドンです。「モーリス・ドニは、さらに明確な言葉で、彼らの世代に対するルドンの影響力とその意味とを説いている。《ルドンは私の青年時代の師であり、友人の一人であった。深い教養と音楽に対する才能に恵まれ、親しみ易く親切な性格の彼は、象徴派の世代の理想像ーいわばわれわれのマラルメであった。セザンヌの影響がゴーガンとベルナールを媒介としてはっきりあらわれてくる以前に、1890年前後の芸術の発展を精神的な方向に定めたのは、ルドンの石版画のシリーズと驚くべき木炭デッサンの影響力であった。彼は、その時以後われわれがその証人として立ち会ったすべての美的改新、または革新、あらゆる趣味の革命の起源となった…。ルドンの教えは、彼が何か魂の状態を表明しないようなもの、深い感動と心の奥底の幻想とを伝えないようなものは何ひとつ描くことができなかったというまさにその点にある…。》」今回はここまでにします。
    週末 ロフトへの荷揚げ作業
    日曜日になり、いつもなら創作活動について書いていますが、今回は新しくロフトの拡張工事が終わり、1階の作業場に置いてあった今年7月に展示した個展の梱包作品を、ロフトに揚げる作業を行いました。一辺20cmの立方体である陶彫作品は、全部で1年間分365個あり、そのうち売れた作品もあったのですが、ほとんどが8体ずつの木箱に収めていて、その夥しい数の木箱が制作の邪魔にもなっていました。今日を ロフトへの荷揚げ作業の日と決めて、後輩の彫刻家や教え子たちに連絡を入れました。人員としては後輩の彫刻家と私で男性は2人、教え子の女子3人の合計5人が来てくれて、このメンバーで今回の荷揚げ作業を行うことにしました。昇降機(リフト)に木箱を2つずつ乗せてロフトに揚げるまでを男性2人で行い、女子3人はロフトで待機していて、木箱を収納する仕事を行ってくれました。決して楽な作業とは言えなかったものの、それでも嫌な顔ひとつせず楽しみながら仕事をしてくれたスタッフたちに、私は心から感謝をしました。実は私の個展の搬入搬出もこの人たちがいなかったら出来ないのが現状です。皆ボランティアですが、その代わり工房に出入り自由で、それぞれの制作で工房を使うことは了承しています。自宅以外に作業場があるという環境を、私は若い頃から夢見ていました。その環境を運よく得ることができた自分は、今度は教え子たちにそれを提供しているのです。休庁期間に入り、職場も大学も休みになったこの時が、スタッフが集まれる機会と捉えて、今日の荷揚げ作業になりました。明日から私は通常の陶彫制作に入ります。後輩の彫刻家も休庁期間を利用して木彫に取り組むようです。
    週末 今年最後の1週間
    土曜日になりました。1週間を振り返ってみたいと思います。来週は途中から新年を迎えるため、2024年としては今週が最後の1週間になります。今週は相変わらず陶彫制作一辺倒で、変わり映えのしない1週間でしたが、新作では古材加工をかなり行い、ギャラリーの床に並べる4本の柱の長さを決めました。今年中にこの古材加工で4本の長さが決定できるといいなぁと思っていたので、とりあえずサイズに関しては着実に進んでいると自覚しています。その4本の古材の両端には、それぞれ背の高い陶彫部品を配置する予定でいて、そのうち何点かは彫り込み加飾が出来て、乾燥棚に置いてあるため、イメージがより具体的になってきたように感じています。陶彫制作では原初的なイメージがある程度出来上がってくると、気持ちとしては楽になります。7月の個展までにはちょうど折り返し地点にあって、あとは作品の質を高めていくだけなのです。前にも書きましたが、陶彫は毎日制作をしていかねばならず、今日から年末年始の休庁期間に入っても、私には関係ありません。それは教職に就いていた頃も同じで、寧ろ学校が休みに入った時期から、創作活動を本格的に始めるという習慣が私にはありました。陶彫は陶土の都合で制作を進めていくため、何日も休暇が取れないのも休めない要因でもあります。教職に就いていて、まだ工房がなかった時代は、土日でも休庁期間でも学校に出かけていきました。大晦日の誰もいなくなった夜の学校で、私が一人で制作に励んでいて、全て戸締りを済ませ、警備会社に連絡を入れることもよくありました。それでも元旦は何とか休もうと陶土にたっぷり水を打ったことも思い出されます。それは工房が出来た今でも同じで、元旦には窯入れを考えています。この休庁期間には後輩の彫刻家がやってきます。昔の私を見ているようで、彼のために融通を効かせようと思います。
    「音楽性と文学性」について
    「世紀末芸術」(高階秀爾著 筑摩書房)の第三章「世紀末芸術の特質」の最後に「音楽性と文学性」の単元があり、これについて気に留めた箇所をピックアップしていきます。まず、音楽性について。「あらゆる芸術のジャンルの中で、音楽は最も現実を遠く離れた素材を用いる。音楽の材料となるのは、自然の騒音から抽象され、純化された楽音であり、自然界の音の再現ということは、ごく稀に試みられることがあるとしても、その本質をなすものではない。描写音楽といっても、絵画の場合の細密な写実力とは比較にならないほど抽象化されている。」次に文学性について。「綜合主義や象徴主義、新印象主義の名称は、今日まで続いているが、そのほかにも、理念主義、色彩主義、新伝統主義、分割主義、点描主義、新プラトン主義等々、さまざまな主義や流派が、それぞれ理論的支柱を担って登場してきた。それはむろん、すべてが同じような重要性を持つものではないが、少なくともそこに見られる強いエネルギーと、新しい創造への意欲は、この時代のみの持つ豊かな幅の広さを示しているのである。理論に対するこのような好みは、ひとつには、19世紀の実証主義と科学主義を背景にするものであった。すべてを、芸術現象のようなきわめて微妙なものまでをも、いくつかの要因によって説明しきろうとする態度は、しばしば行き過ぎを招くことすらあったが、それらの行き過ぎをも含めて、美術に多少とも関心を持っている人びとは、それぞれ自己の一家言を披瀝し、それに対してまた賛否の議論が繰り返されるという、まことに文字通り百家騒鳴の時代であった。」世紀末芸術が隆盛を極めた19世紀末から20世紀初頭に、坩堝の如く芸術運動が起こり、現在も存在を誇るジャーナリズムが芸術議論を展開する形が作られたことを、私はここでよく知ることができました。現在から見れば、その活況が羨ましく映りますが、過渡期に見られる摩擦や共感が現在まで続いていると言っても過言ではないと思います。