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  • 工房ロフトの最終拡張工事始まる
    工房は作業する空間と作品を収納しておく空間に分けています。作品はほとんど売れることがなく、陶彫作品を収納した木箱は増えるばかりです。5年前に工房にロフトを作り、そこに作品を上げるためのリフトを設置しました。ロフトは工房の3分の2を占める広さを確保しましたが、今後もロフトで作品を保管することを考えて、再び拡張工事を計画しました。今日からその最終となる拡張工事が始まりました。その時より付き合いのある鉄工業者さんは私より年上なので、お互い年齢的に厳しくなる前に拡張工事をお願いしたのでした。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、ロフトは5年前の2019年5月5日に施工を始めています。その日のNOTE(ブログ)を引用いたします。「今日から工房のロフト拡張工事が始まりました。朝9時から鉄工業者が来て、ロフト部分の鉄骨の補強を行なっていました。まず現在の鉄骨に、さらに追加して新たな鉄骨を連結するための補強金具を据え付けていきました。業者が2人がかりで朝から夕方まで作業していました。これから毎日工房に鉄工業者が入る予定です。」とありましたが、今日は3人の業者さんが工房に朝8時にやって来て、夕方4時半まで作業をしていました。これから最長で2週間、毎日工房に業者さんたちがやってくる予定です。5年前と違って私は教職を退職しているので、ロフトの拡張工事をずっと見守っていられます。因みに5年前のロフトの終了には次のようにNOTE(ブログ)に書いていました。「鉄工業者から工房のロフト拡張工事が今日終わったことを告げられました。昇降機も設置されていて、地上階からロフトまでスイッチひとつで上下するリフトに満足を覚えました。昇降機設置でちょっとしたトラブルがありました。リフトが上下する際、蛍光灯に当たってしまうので、蛍光灯の位置をずらすことになったのです。実はこれがなかなか大変でした。私は陶彫部品に仕上げをしながら、拡張工事の一部始終を見ていて、その大変さに職人さんたちの苦労を感じ取っていました。今日は夏のような気温だったので、ロフトはサウナのような蒸し暑さでした。夏場はロフトでの作業は無理があると思いました。逆に地上階はロフト用に天井を張ったので、若干涼しいような体感がありました。ロフト拡張工事が完成したことで、今まで陶彫部品を詰めた木箱が山積みされて、手狭になっていた倉庫スペースに余裕が生まれると思っています。」これは2019年5月22日のNOTE(ブログ)です。これを読んで懐かしい気持ちになりました。
    週末 素材のコラボレーション
    日曜日になりました。日曜日には主に創作活動について述べていきます。私は陶彫という技法を使って彫刻作品を作っていますが、今まで作ってきた陶彫作品の中には、陶彫だけの作品や木彫だけの作品に混じって、陶彫と木彫を併用した作品があります。その他の素材は今のところ使っていないのですが、陶彫と木彫の併用だけでも、私にとっては常に素材のコラボレーションを考える上で重要な課題になっています。別の素材同士を共存させるには、それなりに理由が必要になります。土も木も自然から摂取したもので、双方ともほっこりした印象があるので、人工的に製造された物質よりは違和感がないことが大きいと感じています。さらに、私自身が素材を加工しやすいと考えている点もあります。陶彫は焼成という最終工程があって、作品の大きさが窯によって決められてしまいます。作品に大きな板材が必要だったり、長い柱が必要だった場合は、私は迷わず木材を使います。作品として陶彫と木彫を一体化を図るために、木による板材には砂マチエールを貼り付け、油絵の具を染み込ませたり、柱を彫ったものは表面を炙って炭化させる処置を施したりしています。とりわけ木材を炭化させると、陶彫との同化感が増してコラボレーションとしては最適な効果を齎せます。陶土も焼成によって窯内で石化するので、炎神による同化が私の心に響くのかもしれません。新作も実家を解体した時に廃材となった大黒柱を使っているので、これも表面を炙ってみようと思っています。素材のコラボレーションは、単一素材よりは多少冒険がつき纏いますが、面白い効果が出ると楽しくなることも事実です。私としてはイメージ優先で、陶彫で補えないところがあれば、積極的に木材を使っていきたいと考えています。
    週末 ひたすら創作に励んだ1週間
    週末になりました。今週の振り返りを行ないます。今週は美術館や映画館に鑑賞に行くこともなく、ひたすら陶彫制作に励んだ1週間でした。日曜日は叔母の葬儀がありましたが、翌日の月曜日から今日の土曜日まで工房に籠りました。この季節になると手が荒れてきます。陶彫をやっているせいでもあるので、こればかりはハンドクリームで対応するしかありません。工房は内壁がないため、冬は滅法寒く、ストーブで暖を取りながら制作をしていますが、手が悴むことが頻繁にあります。夏は暑く冬は寒い、このあたりまえな季節感に身体が慣れてきているのも事実です。この季節は工房内ではどこにいっても寒さから逃れないので、ここでのヒートショックはありません。ただし、暑くても寒くても体力は消耗するようで、自宅に帰ってくると疲労がどっと出てきます。夕食前にソファにちょっとの間、横になるのが快適な時間です。新作は陶彫作品と実家の大黒柱に使われていた古木を組み合わせて作品にする計画です。ある程度、陶彫作品が出来てきたので、現在は古木の加工をやっています。小型のチェンソーで切り込みを入れ、刃渡りの大きな鑿でその部分を攫っていますが、全体をあまり作り込まないように留意しています。これは大黒柱の面影を可能な限り残すようにしているのです。昔、祖先が建てた旧家を長く支えてきた大黒柱に敬意を払おうという考えが私の中にあるためです。大黒柱には鉄材が貫通した穴があったり、ホゾがあったりしていますが、それはそのまま残しています。古木加工が少し進むと、陶彫作品をそこに置いて、全体の調和を考えます。大黒柱は4本に切断されていて、これは実家を解体する時に、業者がそのようにしてしまったので、その4本の寸法を私が調整する予定です。柱は一人で何とか引きずって移動できる重量になっています。そのことを考えて業者が切断したのではないかと考えています。その柱一本一本に陶彫作品を組み合わせ、ギャラリーの床に展示することになるだろうと計画を練っています。
    新聞記事より「大きく捉えきれないもの」
    今日の朝日新聞「折々のことば」より、記事内容を取り上げます。「さあ、身近なものより出来るだけ手に余るもの、自分より大きく捉えきれないものの前に立ちましょう。李禹煥」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「手を道具としか思わない画家の絵はつまらないと、韓国出身の美術家は言う。事物は眼前に見える部分だけではなく、『それにまつわる見えない部分を含んで』在る。描くという行為は事物のその見えない部分を見る訓練としてあり、画家は手で人の内と外とを行き来しながらより確かなリアリティを探しているのだと。『余白の芸術』から。」絵画や彫刻が写実的な説明要素のある作品から象徴性や抽象性を獲得した作品に変貌した時から、眼に見える範囲を超えた空間をそこに現前させ、自分より大きく捉えきれないものを提示してきました。作られたモノは単なる装置に過ぎず、そこから鑑賞者は何かを感じ取っていくのです。これは日本古来の書に似ています。書かれた墨の部分より、余白として残された部分に、書家が本来主張したいものが在ると解釈すると、余白は空虚なものではなくなり、それを残さざるをえなかった意味が見えてきます。現代の芸術作品は、どれもそうした見えない部分を表現しているといっても過言ではありません。私の作品も陶彫で作られたモノをひとつの断片として、さらに大きな世界を見取っていただきたいと考えています。私はテーマに「発掘」という言葉を掲げています。嘗て栄えた都市が地中深く眠り、それが徐々にカタチを現わしていくことで、捉えきれないものがそこにあることを示唆しています。それは人の世の移ろいであったり、文化の隆盛であったりした幾星霜の蓄積を、自分の中で再確認していく作業にも似ています。素材を焼き物にしているのも、出土品が時間に耐えてきた様相を表現できるからで、自然にあった土を使い、何か創作してきた痕跡が残ってきたことを、自分なりの造形言語で語ってみたいと思っているのです。「大きく捉えきれないもの」を考えることは全ての現代芸術に言えるのではないしょうか。
    師匠から贈られた映像作品
    今日、彫刻の師匠である池田宗弘先生から1本のCDが送られてきました。少し前に池田先生から電話があって、その時に自宅兼工房であるエルミタの作業風景を4Kの映像に収めたという話がありました。その映像を作られた映像作家の中屋重男氏から私宛のパソコンにメールが来て、私はその内容を知ることができました。私はその映像を自分のスマートフォンに落とし込んで、自分の工房に携帯していき、作業の合間に見ていました。池田先生が真鍮直付けの作品を作られている様子は、私に意欲を与えてくれます。その映像作品は「エルミタの猫 海を渡る」というタイトルがつけられていて、イタリアにある日本食レストランに、先生が作られた猫の彫刻が数体、設置されることになったことが契機になって制作されたようです。その猫の作品の中には1970年代に制作された「ああ、なんという生き方」がありました。その作品は複数の猫が餌に向かって忍び寄る様子を描いたもので、私が大学に入学して間もない頃に、東京都美術館で開催されていた展覧会に出品されていました。私はその作品を見て感動を覚えました。猫は胴体に穴が空いていて、それでいて何とリアルなことか、しかも何と生き生きとしていることか、通常の写実では表すことができない緊張感が漂っていました。その感動こそ、私がこの彫刻家に師事しようと決めた瞬間でした。あれから40年以上が過ぎて、池田先生は折に触れ、私に彫刻家としての心得や空間の捉えを教えてくださいます。どんなに時間が過ぎても、彫刻と言う表現の奥が深いために、池田先生とは常に新鮮な会話があります。それにしても「エルミタの猫 海を渡る」には美しい自然がそこかしこに映し出されていて、池田先生が東京から長野県に移られた理由が分かります。そこに佇む数多い真鍮直付けの作品も周囲の森に馴染んで、その森一帯が池田先生の世界観に染まっているなぁと感じています。