2025.03.02 Sunday
3月に入って急に暖かくなりましたが、もう一度寒波が来るらしく予断は許せない状況です。それでも春はすぐそこに来ていると感じていて、桜の開花予想も出ています。日本人は平安時代より花を愛で和歌を詠んでいました。季節の移り香を楽しみ、それをコトバに託すのは日本人独特の感性かもしれません。亡父の残してくれた植木畑を通って、私は工房に向かうのですが、途中に梅の大きな古木があり、満開の花を咲かせています。その白い花びらが青空に映えて、暫し足を止めて眺めていました。私は花粉症でもあるのですが、頬を撫でる爽やかな風に吹かれていると、花粉症より美しいと感じる心が優ってしまうようです。さて、今日は日曜日なので、創作活動に関する話をしようと思います。今月は陶彫作品と古木材による新作の制作が佳境に入ります。陶彫作品は8割は出来上がっています。後は乾燥を待って窯に入れる作品が幾つかありますが、今月中には終わりそうです。古木材は微調整があり、陶彫作品との関わりを調整しつつ多少彫れば、何とかなるのではないかと思っています。そのあと表面を炙って炭化させれば、これも完成に近づきます。今月は同時に平面作品と小品を始めていこうと考えています。平面作品は正方形のパネルを2点自作します。下塗りやドリッピング(吹き流し)は油絵の具を溶いて使います。多少絵の具の厚さも出るかもしれないので、揮発性油をたっぷり混ぜ込んだ油絵の具でないと保存状態が心配になるのです。油絵の具は乾燥に時間がかかるので、早めに作り始めようと思っています。陶彫の小品は4点ほど用意しようと計画していますが、陶彫には乾燥にかかる時間や焼成もあるので、これも早めに作らなければなりません。そう考えると作品全てが出揃うのはまだまだ先になりそうです。鑑賞では美術の展覧会で見たいものが複数あります。映画も同様で、今月は制作の合間を見て鑑賞を大いに楽しもうと考えています。読書は密教関連の書籍を読み終えて、再び美術系の書籍を読もうかと思っています。今月もきっと毎日工房に通うことになるでしょう。健康に留意しながら過ごしていきます。
2025.03.01 Saturday
週末になりました。今日は3月1日なので3月の制作目標を書くべきところを、週末でもあるので今週の振り返りを行ないます。月曜日は天皇誕生日の振替休日でした。この日私は乾燥した陶彫作品にヤスリをかけて仕上げをし、化粧掛けを施しました。夕方、窯以外のブレーカーを落とし、窯入れをしました。火曜日は作品の焼成中で作業は出来ませんでしたが、この日は午前中に地域の中学校で学校運営委員会があり、私は地域の一員として参加してきました。午後は家内を誘って映画「野生の島のロズ」に行きました。市内泉区に新しく出来たショッピングモールの中に映画館が併設されているので、ここに出かけたのでした。水曜日以降は朝から夕方まで工房で陶彫制作に励みました。寒さが少し和らいで凌ぎ易くなり、工房での制作に弾みがつきました。昨日の金曜日は夕方まで陶彫制作をしていた後で、例年お世話になっている税理士事務所に確定申告の資料を持参しました。この日は家内が1年間分ファイルしてきた資料を、確定申告用に取捨選択をしていました。私は親の代から付き合いのある税理士に申告をお願いしているのです。私が親から引き継いだ集合住宅を持っているため、私たちだけでは手間のかかる申告資料をまとめることができずに、税理士に任せてしまっているのです。嘗て母親が自宅に税理士を呼んで、郵送されてきた資料を全て税理士に仕分けてもらっていました。家内と私はそれを見ていて、確定申告に必要な資料を覚えていたのでした。毎年やっていることなので、少しずつ整理が楽になってきたと家内は言っていました。こうして1週間にやってきたことを羅列すると、時間は瞬く間に過ぎていくと実感しています。今月もぼんやり過ごさないように、その日その時をしっかり足元を見て過ごしたいと思いました。
2025.02.28 Friday
今日は2月の最終日です。今月はともかく寒かったのですが、報道を見ると日本各地は厳寒で積雪に覆われた地域が多く、比較的穏やかだった横浜で、寒い寒いと口にしては罰が当たるような気がします。それでも工房内は灯油ストーブ1台しかなく、しかも陶彫は水を使うために手が悴んで、寒さに耐えながら制作をしていました。新作はかなり進みましたが、目標にしていた古木材を炙ることが出来ず、炭化させて金ブラシでこする作業は来月にしました。古木材の彫り込み調整もまだまだ未完成で、来月は全体を見ながら作品としてまとめ上げていく仕事を残すだけになりました。この仕事は創作的な面白みがある一方で、骨の折れる制作工程でもあるのです。これは作品の見栄えに関わり、しかも抽象形態の場合は作品の質を左右することもあるからです。まさに完成に向かって制作が佳境に入り、作品世界に没入する瞬間が何度も訪れることがあります。そこまで作品を進めてきた労働の蓄積が今月までの仕事になりました。今月は28日間あり、そのうち全日程である28日間は工房に通っていました。今月は3回の窯入れを行ない、焼成中は工房に温度確認に出かけたため、3日間作業は出来ませんでした。さらに如月会の搬入搬出がありましたが、この日の朝は工房に行って素材整理等の作業を行っていました。陶彫作品は残すところ、陶彫部品同士を繋ぐ最後の橋を作るだけになりました。とにかく今月は頑張ったのではないかと自己評価しています。美術鑑賞は「大覚寺展」(東京国立博物館)、「ビアズリー展」(三菱一号館美術館)に行ってきました。元同僚の書道展や刺し子展にも足を運びました。映画鑑賞は「野生の島のロズ」(109シネマズゆめが丘)に行ってきました。鑑賞でも今月は充実していたように思います。読書は密教に関わる書籍を読んでいましたが、「大覚寺展」で見た大覚寺は空海が宗祖であり、真言密教の寺でもあったので、私は興味深く展覧会を見て回りました。寒い2月が終わって、もう少し暖かくなれば、制作や鑑賞がやり易くなるだろうと思っています。
2025.02.27 Thursday
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「補遺 修験道の世界」について気になった箇所をピックアップいたします。「修験道は、『修』行して『験』を獲得する『道』という意味である。『験』は『験力』を意味し、超自然的な力、いわゆる霊力をあらわしている。この修験道にいそしむ者を修験者という。おもに山中で修業するので、山に伏す者というところから、『山伏』ともよばれる。」さらに修験道とは何かを解説した箇所がありました。「そもそも、民衆が求めていたのは、高尚な宗教哲学などではなかった。そんなものは、かれらにすれば、なんの役にも立たない。求められていたのは、日々の暮らしに直結する現世利益と、臨終と死と死後にあたっての儀礼や供養であった。そこには、時として、呪いや祟りといった、おどろおどろしい領域も含まれていた。そこはまさに密教の領域だった。~略~修験道の修験道たるゆえんは、いまふれたような領域をにないながら、かつ仏教の基本を継承しつづけてきたところにある。それは仏教、わけても大乗仏教の基本理念とされる『上求菩薩 下化衆生』、つまり『おのれの悟りを求めることと、人々を救済することは一つである』という文言に尽きる。」そんな修験道の歩みは困難を極めていたようです。「明治初年は、ご存知のとおり、宗教弾圧の嵐が吹き荒れた。廃仏毀釈、神仏分離は、ひとり仏教のみならず、神道にも多大の被害をおよぼしたが、廃止令まで発布されたのは修験道だけである。それだけ、厄介な存在だったということになる。すなわち、修験道は近代化からはじき出された存在であった。そして、じつは密教そのものもまた、近代化とはあまり縁がなかった。しかし、このことが逆に、21世紀に復興する理由ともなってきている。」今まで私は時間をかけて本書を読んできましたが、真言密教の寺に伝わる曼荼羅の視覚的興味だけで、密教のさわりに触れ、その深さがどんなものであるかくらいは知ったつもりになっています。宗教はどんなものであれ、個人の死生観に関わっているところがあり、私も俄かに自らの死を意識し始めることになったら、祖先が敬ってきた顕教なり、もう一度密教を学ぶなりしてみようと思っています。今回は雑駁な理解で本書を閉じますが、再度密教に戻ってきた時は、もう少し細部を把握していきたいと思います。
2025.02.26 Wednesday
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第五章 日本密教を知るための手引き」の「訪ねてみたい密教寺院」について気になった箇所をピックアップいたします。まず真言密教の寺々の代表的な2つの寺院を取り上げます。金剛峯寺(和歌山県)「九世紀の初めに、空海がこの地に伽藍の建設を開始して以来、1200年になんなんとする間、金剛峯寺は真言宗の中核として日本の宗教界に君臨してきた。同じ真言密教でも、京都の東寺が公的な寺なら、金剛峯寺は空海の私的な寺。東寺が政治=宗教的なら、金剛峯寺は修業の場ともいえる。」次に東寺(京都)「教王護国寺とも呼ばれるが、開創以来、正式な名称は東寺だった。~略~講堂にならぶ仏菩薩の彫像の多くは、空海の指示にもとづいて制作された可能性が高く、空海の思想を知るためには絶対に見逃せない。もちろん、その出来栄えも抜群で、日本の彫刻史において、超一級といっていい。」他の寺院は名称だけ挙げておきます。醍醐寺(京都)、仁和寺(京都)、大覚寺(京都)、長谷寺(奈良県)、智積院(京都)、室生寺(奈良県)、西大寺(奈良県)、勧修寺(京都)、随心院(京都)、泉涌寺(京都)、新勝寺(千葉県)、善通寺(香川県)、根来寺(和歌山県)、深川不動堂(東京都)、高尾山薬王院(東京都)、大聖院(広島県)。続いて天台密教の寺々のうち、代表的な寺院を取り上げます。比叡山延暦寺(滋賀県)「最澄が19歳のとき、比叡山に登り、小さな庵をむすび、みずから刻んだ薬師如来像を安置したのがこの名刹のはじまりだった。~略~古代末期から中世の時代は、日本最大の宗教勢力となり、強大な僧兵をかかえて、時の政治すらたびたび左右した。また、実質的に日本の最高学府としての機能ももち、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など、鎌倉新仏教の祖師たちのほとんどがこの寺で修学している。」他の寺院は名称だけ挙げておきます。園城寺(滋賀県)、聖護院(京都)、日光山輪王寺(栃木県)、金峯山寺(奈良県)、圓教寺(兵庫県)以上です。本書にはさらに深く密教を知るためのブックガイドが添えられていましたが、これは割愛させていただきます。