Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」について
    昨日出かけた東京上野の東京国立博物館で開催している「神護寺―空海と真言密教のはじまり」展は、「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」が展覧会の主軸になっていました。私がまだ教職にあった頃、修学旅行の引率で行った京都の教王護国寺(東寺)で曼荼羅を垣間見て、それがどういうものか興味を持ったことで、私は曼荼羅を考える契機になりました。曼荼羅はざっくり言えば、密教において仏の悟りの境地である宇宙の真理を表す方法として、仏や菩薩などを体系的に配列して図示したもので、元々はインドに源があり、形態としては中国から日本に伝わった教えです。図録によると「最澄は帰国の直前、中国・越州龍興寺の順暁から密教の一部を学んでおり、唐で流行していた密教に関心をもった桓武天皇の意向を受けて、和気弘世が実現に尽力した。この灌頂の翌年にあたる大同元年(806)十月に帰国したのが、中国・青龍寺の恵果から密教のすべてを伝授された空海であった。帰国後およそ三年ののち、平安京に入った空海が拠点としたのが高雄山寺であった。~略~天長年間には現存最古の両界曼荼羅が制作された。『神護寺略記』によれば、『天長御願』すなわち淳和天皇によって発願され、灌頂院に安置されたことが記される。その制作には空海がかかわったことが想定される。そもそも曼荼羅とは、サンスクリット語の音訳であり、本質を得る、の意があり、悟りを得るという心理を示した図である。」(古川攝一著)とありました。曼荼羅は大日如来を中心とする宇宙観があり、さらに胎蔵界と金剛界の両部で構成されるのが両界曼荼羅です。ネットで調べると、胎蔵界曼荼羅が真理を実践的な側面、現象世界のものとして捉えるのに対し、金剛界曼荼羅では真理を論理的な側面、精神世界のものとして捉えているとありました。つまり胎蔵界は実技、金剛界は理論となれば、別々に成立しているものを一対にしたところが、自分の創作活動にも通じていると考えても良さそうで、少しばかり身近に感じることが出来ました。あれこれ首を突っ込むと曼荼羅の深淵に引き込まれ、現実世界に帰って来られなくなるような気がして、曼荼羅に関してはここまでにしようと思います。
    上野の「神護寺―空海と真言密教のはじまり」展
    今日は家内を誘って、東京上野の東京国立博物館へ「神護寺―空海と真言密教のはじまり」展を見に行ってきました。その後、虎ノ門にある菊池寛実記念 智美術館の「走泥社再考」展にも出かけましたが、それは別稿で書いていきます。日々、工房での作業があまりにも酷暑で辛いため、今週も美術館や博物館に鑑賞に出かけたのでした。「神護寺―空海と真言密教のはじまり」展は、テレビの美術番組で知り、神護寺にある宝物が大変貴重であることで、是非見てみたいと思ったのでした。平日にも関わらず同館平成館は多くの鑑賞者で混雑をしていました。目玉は最古の両界曼荼羅で、2016年から6年の歳月をかけて修理を行ったそうですが、これが3回目の修理になるようです。1回目は1309年、2回目は1793年と言うから、曼荼羅を後世に伝えたいと願う思いは計り知れません。図録によると「高雄山寺(神護寺の前身)は入唐後の空海が鎮護国家の修法を初めておこない、金剛界・胎蔵界両部の灌頂を初めておこなうなど、まさに空海と真言密教はじまりの聖地であった。そこから現在に至るまで、神護寺は幾多の困難を乗り越え、数多くの寺宝を今に守り伝えてきた。なかでも『両界曼荼羅(高雄曼荼羅)』は、空海自身が筆を入れたと伝えられる、現在最古の両界曼荼羅であり、神護寺を象徴する寺宝である。」(古川攝一著)とありました。両界曼荼羅(高雄曼荼羅)については別稿を起こした方がいいかなぁと思います。本展で私が曼荼羅以外に注目したのは薬師如来立像で、密教尊像ではないとしても、重量感のある体躯、威厳に満ちた表情が何とも印象的でした。五大虚空蔵菩薩坐像は空海の弟子による密教尊像で、5体が円形になるように配置された様子が荘厳な雰囲気に包まれていました。さらにもう1点、社会科の教科書で見知った「伝源頼朝像」は、私くらいの世代には馴染みのある図像で、これについては諸説あるようですが、この絵が神護寺にあったのかと改めて思いました。まだまだこれはひょっとしたら貴重な資料かもしれないと思って眺めていたものもあり、ひとつ拘れば書ききれない発見があるのでしょうが、本展は充実した展示内容で彩られていることに異論はありません。自分の浅学を恥じるばかりです。
    「フランク・クプカ」について
    「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅲ 現代抽象美学の形成 」の中で具体的な芸術家を取り上げていますが、今回の単元はチェコの画家「フランク・クプカ」です。クプカは最初の頃はアカデミックな絵画を描いていましたが、飛躍的に抽象絵画に移行した画家で、この芸術家に何があったのか、文章から読み解いていきます。「具象的再現からの断絶は、芸術家を解放する役割を演じ、その結果かれは宇宙と交わり、伝統的な表現手段にはいっさい依存せずに、体験を通してえたこの宇宙的認識を表現できる状態にまで高められるのである。こうして、芸術家と宇宙との関係は、かれ固有の資質にもとづいて確立され、しかも完全な自律性をもったものとなる。フランク・クプカがその版画集『白と黒の四つの物語』の序文で言っているように、『それ自身抽象的現実である芸術作品は、創りだされた諸要素によって構成されることを要求している。作品の具体的意味というものは、表わされる形態の型と、作品の有機的組織に固有な造形条件との組合せそのものから生まれるのである。』~略~クプカのこうした宇宙的経験ー私はかれの創造の営みを定義するのにこの言葉以外のものを見いだせないーは、溶解する、一見混沌たる宇宙とのある種の感情的合体から生まれたものであり、かれは限定しがたい激動する世界の内部に、しだいにはっきり、遊星の軌道、樹液の泡だち、植物、鉱物、天体などいっさいのうちふるえる生命の図式を見いだしていった。」クプカとモンドリアンの違いにも触れた文章がありました。「具象画家クプカと抽象画家クプカのあいだには越えがたい深淵があるにしても、かれにおける抽象様式化は、逆に、美学的であると同時に倫理的なある厳しい必然性に従い、またしだいに広範になる純粋化作用に従って発展しているからである。~略~これは、別の手段によって時に同じような結果を得たピエト・モンドリアンの行き方とは異なっている。事実、モンドリアンはときどき、その幾何学主義を通じて、キュビスム的経験を最尖端にまでおしつめたという感じを与える。ところがクプカにあっては、逆に幾何学は有機体を馴化するための技術にすぎない。」今回はここまでにします。
    東京駅の「フォロン展」
    先日、東京駅ステーションギャラリーで開催されていた「ジャン=ミッシェル・フォロン展」を見てきました。テーマは「空想旅行案内人」となっていて、山高帽を被ってコートを着た人が、空想の世界を歩いていく絵画が展覧会場で散見されました。フォロンと同じベルギーの画家マグリットのようであり、謎に満ちた瀟洒な作風が、何気なく自分を捉えて離さない感じになって、ちょっと風刺の効いた絵画の方向を私も見つめていました。フォロンの芸術家としての背景を知らなかった私は、図録を買い求め、財団理事長による著述を読みました。「フォロンは早い段階でさまざまな記号からなる自分自身の語彙を作り上げた。それは、彼の視覚的思考と哲学的なメッセージの出発点になった。人間はディスクール(さまざまな言説)の中心にいて、非人間化と常に戦っている。その人間は、フォロンの初期のドローイングに数本の線だけで描かれた未熟な生き物として出現する。時を経てこの人間は常に変化を続けるとらえどころのない存在、大きなコートを羽織り帽子をかぶったなんの変哲もない男として、誰もが簡単に識別できる人物へと発展していった。孤独に、あるいは大勢の中に描かれるこの人物は、フォロン自身の恐怖や怒り、夢を反映したもう一人の自分と言える。~略~マグリット同様、フォロンは答えを提示したがらず、想像の扉を開き自由に解釈することを推奨していた。彼は私たちの問いに謎めいた答えで返してくる。『私が自由であるように、あなたも自由に解釈するように』と、私たちに思い出させるのが常だった。~略~フォロンには病的な収集癖があり、常に面白いものを探して蚤の市を徘徊し、スタジオをガラクタで埋め尽くした。フォロンの家は『驚異の部屋』と言わんばかりに、旅先での思い出の品々や珍しいもの、取るに足りないものなど、インスピレーションの源となるモノを詰め込んだ展示ケースが所狭しと並んでいた。」(ステファニー・アンゲルロット著)環境問題や社会問題にも自らの絵画を使って提言し、また風刺を加えた世界観を構築したフォロン。単なる美しい世界に留まらず、その底辺には人間らしさを唱える哲学があって、それがフォロンを世界的イラストレーターにしている理由かなぁと思いました。
    週末 Exhibitionをアップ
    日曜日になりました。週末は創作活動について記述しています。今回は私のホームページについて書かせていただきます。私の作品のデジタル画像はカメラマンによって撮影されたもので、ホームページには私の作品と言うより、カメラマンの作品と呼ぶ方が相応しい画像が掲載されています。私にとって自作の世界観をデジタルで発信していくことは大変重要で、普段制作をしているアナログな陶彫作品とデジタル画像は表裏一体を成すものとして理解しています。デジタル画像には周囲の環境が映りこんでいて、空間を創り出す装置としての彫刻は、風景共々総体的な世界として提示する要素になっています。これも私が最終的にイメージする作品なのです。さて、今回はホームページにある Exhibition(展覧会)に、今年7月に開催した東京銀座のギャラリーせいほうでの個展の様子を画像にしてアップさせていただきました。今回で19回を数える個展で、しかも同じギャラリーで開催しているため、毎年同じ空間に配置された作品の変遷が見えるページになっています。年代ごとにクリックしていくと、自分の歩んできた創作活動の足取りが分かります。作者である私にしてみれば、その時その都度の苦労も滲んでいますが、それでも我ながらよくやっているなぁと自負もしています。1年でも健康を害すれば、こんなふうに出来なかったと思うからです。また、毎年やっているにもかかわらず、いつも満足ができていない自分に気づき、残りの人生で満足なんて得られるのかどうか疑問も出てきます。そうであるからこそ毎年個展をやっているのも事実で、今も暑い工房で汗を流しながら新作に励んでいるのです。Exhibition(展覧会)をご覧になりたかったら、私のホームページのExhibitionをクリックしてください。2024年にカーソルを合わせれば、今年7月の個展の状況が出てきます。今年の特徴はインスタレーションとしての展示形態を採っていることです。ご高覧下されば幸いです。