2024.08.17 Saturday
週末になりました。今週を振り返ると、「カルダー展」、「シアスター・ゲイツ展」、「YUMEJI展(竹久夢二)」、「ジャン=ミッシェル・フォロン展」の4つの展覧会に行ってきました。火曜日に家内を誘って2つの展覧会、木曜日に工房に出入りしている若いスタッフ2人を誘って2つの展覧会を回ってきました。世間ではお盆休みに入り、私自身も休暇気分を味わいたくて、今まで行けなかった展覧会に足を運んだのでした。私は実技と鑑賞は車の両輪のように捉え、技巧と思考を繰り返すことによって自らの創作活動の糧にしていこうとしているのです。私の鑑賞は具象・抽象また平面・立体の種別を問いません。私自身が面白そうだと思えば、会場に出かけていきます。作品と実際に対面した方が得るものがあると私は思っていて、とりわけ立体は作品の置かれた場所や周囲の空気を感じることが肝要と考えています。実際にモビールを作ったカルダー展では、浮遊する物体がぶら下がったオブジェを楽しむことができたし、常滑で作陶するゲイツの、古木の上に配置された陶彫は、その森閑とした作品群に、自らの新作に対する啓示をいただいたように感じました。それが直接自分の陶彫に反映するわけではありませんが、私の中に確実に貯蓄されていくと思っています。美術館に出かけた以外の日は朝から工房に籠りましたが、酷暑は相変わらず大変で、シャツが汗で重くなり、午前と午後でシャツを替えていました。私は午後の最も暑くなる時間に工房での作業を止めて自宅に戻ってきますが、職場の夏季休暇を利用して工房にやってきている後輩の彫刻家は、二科展の搬入が迫っていることもあり、朝から夕方遅くまで継続して木彫をやっていました。私の個展が終わったら、次に彼の二科展搬入があり、彼にとっては今が頑張り時なのでしょう。この時期が過ぎれば、工房は少しの間落ち着くと思われます。
2024.08.16 Friday
昨日、若いスタッフを連れて、東京の港区白金台にある東京都庭園美術館で開催されている「YUMEJI展」に行ってきました。YUMEJIとは竹久夢二のことで、副題に「大正浪漫と新しい世界」とあり、私は夢二ワールドの中で、とりわけ注目したのはアール・ヌーヴォーに関する作品でした。東京都庭園美術館そのものがアール・ヌーヴォー様式で、そこに呼応するように展示されていた夢二の豊かなデザインに魅了されました。図録によると「このアール・ヌーボー草創期に、美術大学に進まず、浪漫主義を牽引する藤島武二に私淑しながら独学で『画人』の道を進む夢二にとって、その台頭を伝える雑誌や出版物は彼の芸術観形成の糧となった。~略~夢二が1914(大正3)年に開店した『港屋絵草紙店』は、版画などとともに夢二デザインによる千代紙、半襟、浴衣、帯などの生活用品を手広く扱い、大衆の日常生活の美的向上を目指すとともに、文化サロンとして若き作家たちに大きな影響を与える場所でもあった。夢二が手がけた魅力的な商品群は、その感性が発する繊細さや詩的な要素に彩られており、印刷技術の発達やマス・メディアの拡大という時代を背景としながら、当時の大衆の心を熱狂させ、日本におけるアール・ヌーボーの結実と体現の舞台となったのである。」(池田隆代著)とありました。また当時流行となった美人画に関して、夢二ワールドが遺憾なく発揮されていて、展示作品にモダンな雰囲気を感じました。「ちょうど、女性たちが和装から洋装へと移行していく時代。夢二は流行を敏感に察知し、制作にあたり、海外のさまざまなファッション雑誌などを参考にした。~略~表紙には、アール・デコを意識したモダンな風俗画や、幾何学的な形態を取り入れた斬新なデザインのものが多い。また、色彩感覚に優れていた夢二ならではの大胆な色づかいが今も私たちを驚嘆させるのである。」(鶴三慧著)副題に大正浪漫が入っていても、私は古さを失わない夢二ワールドを本展で堪能しました。しかも東京都庭園美術館内装の演出が夢二ワールドを出色のものにしていました。
2024.08.15 Thursday
このところよく美術館に鑑賞に出かけている私ですが、今日は工房に出入りしている若いスタッフ2人を連れて東京の美術館2ヶ所を回ってきました。工房スタッフのうちの一人は多摩美術大学でグラフィックデザインを学んでいるため、イラストレーションの展覧会には興味関心があるはずと思って誘いました。もう一人は文学に長けた子で、とりわけ竹久夢二に関心を寄せています。2人とも女性ですが、私の個展の搬入搬出を手伝ってくれた心強い仲間でもあるのです。最初に訪れた美術館は白金台にある東京都庭園美術館で、アールヌーボー・アールデコ様式で建てられたユニークな美術館です。建物自体が国の重要文化財になっていて、それだけでも充分楽しめる空間です。ここで開催していたのが「竹久夢二展」でイラストレーターとしても画家としても大正ロマンを代表する作家です。美術館内部の装飾と展示された作品の数々が、時に融合し、時に対峙して面白い反応を齎してくれていると感じました。詳しい感想は後日に回したいと思います。次に訪れたのは東京駅ステーションギャラリーで、ここも駅舎の構造を露わにした煉瓦壁の展示室があって、建物自体に独特な趣があります。展示されていたのはベルギーのイラストレーターである「ジャン=ミッシェル・フォロン」で、その個性的な作風は私の若い頃に美術雑誌等で紹介されて、瀟洒で軽快な世界に惹かれていました。竹久夢二の世界に比べると、フォロンに乾いた空気を感じるのは私だけでしょうか。この雰囲気は私とは真逆な世界観で、真似のできない描写に羨ましさを感じていました。竹久夢二もそうですが、フォロンも一目見ただけで、その作家が分かるのは、凄いことではないかと私は思っています。他に類を見ない個性がそこにあるわけで、その世界観を構築できただけで作家冥利に尽きると言っても過言ではありません。本展でフォロンは政治色の強い社会的な作品もあることを認識しました。「ジャン=ミッシェル・フォロン展」の詳しい感想も後日に回したいと思います。今日の2つの展覧会を若い2人はどう見たでしょうか。私は充実した美術館鑑賞が出来たと満足しています。
2024.08.14 Wednesday
昨日、麻布台ヒルズのアート・ギャラリーに行った後、近隣にある六本木ヒルズに立ち寄り、そこの森美術館で開催されている「シアスター・ゲイツ展」も見てきました。私は芸術家シアスター・ゲイツを初めて知りました。本展の副題に「アフロ民藝」とあり、これは一人の芸術家の作品に留まらず、社会に提言を成すアフリカ系アメリカ人の生き方に通じる展示でもあると感じました。私はまずゲイツの生みだす大きめな陶芸とその周囲の空間演出に惹かれました。この不思議な魅力がどこからくるものか、その背景を知る必要を感じ取り、図録を購入しました。「ゲイツの黒い陶は、アフリカやアメリカ、日本、朝鮮、中国の陶芸などの幾つもの要素がハイブリッドに重ねられているが、抽象化されているとはいえ、まずはその『黒』にアフリカ系アメリカ人の『黒人としての経験』を読み取るべきだろう。ゲイツの作品の中で、それは名もなき労働者たちや公民権運動で闘った市井の人々の存在の表象であり、同時に祝福でもある。その黒の美しさこそが、『ブラック・イズ・ビューティフル』運動が掲げたものであり、それを通じてゲイツの思想は民藝に接近するのである。~略~民藝の一般的な解釈は、生活雑器などの『無名の工人の無心の作』に美しさを認めようとする美意識であり、近代化・産業化の中で失われてゆく手仕事を称賛し、保護しようとした運動である。民藝は決まった様式に縛られないことからも、現在に至るまで様々な解釈を生み出してきた。ゲイツはそれを『抵抗の美学』として捉えることで『ブラック・イズ・ビューティフル』と結びつける。」(徳山拓一著)展示品の中にはゲイツが保存を求めた書籍が書棚にズラリを並んでいて、個人的な創作活動に留まらない活動が見て取れました。それでも私が足を止めたのはゲイツが愛知県常滑市で作陶したものであり、会場一面に広がる「ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)」でした。自らの出身や成育歴、環境要因にしっかり立脚して創作活動を培っていく姿勢に、私は評価を惜しみません。ゲイツ作品群が説得力を持つのは、こんな理由があったのかと改めて思った次第です。
2024.08.13 Tuesday
モビールで有名なアメリカ人彫刻家アレキサンダー・カルダーを知ったのは、私が学生だった頃でしょうか。いろいろな有名美術館に所蔵されているモビールの作品は、その浮遊感と平面に施された色彩で、心に爽やかさを与えてくれるオブジェです。私は嘗て東京でまとまったカルダーの展覧会を見ているので、その記憶を辿ってみましたが、なかなか思い出せないためネット記事を確認してみました。カルダー展は35年前に池袋にあった西武美術館(現在はなし)で開催されていたようです。私は学生の頃より西武美術館に頻繁に行っていたので、あるいはそこで初めて眼にしたのかもしれません。カルダーは1898年に生まれ、1976年に没したアメリカ人彫刻家で、若い頃は工科技師として働き、1920年代にサーカスを題材にした針金彫刻で人気を博します。1930年代にフランスに渡り、動く彫刻モビールを考案しました。モビールはマルセル・デュシャンによって名づけられたようです。またその逆に動かない抽象彫刻スタビルも考案し、これはジャン・アルプによって名づけられたようです。今日私が家内と訪れたのは東京港区の麻布台ヒルズにあるアート・ギャラリーで、昨年開館したばかりの新しい美術館でした。「カルダー:そよぐ、感じる、日本」と題された大掛かりな展示は、壁面の演出もあって、カルダーのモビールやスタビル、スタンディングモビールを鑑賞するのに最適な空間を作っていました。本展で私は初めてカルダーの平面作品を見ました。昔の展覧会にもあったかもしれませんが、ある意識を持って鑑賞したのは初めてで、ジョアン・ミロのような屈託のない自由なフォルムが描かれていました。それでも私は抽象形態が浮遊するモビールが好きで、しかも面だけでなく線も多用して、独特な美しさを空間に描いていました。映像によるモビールもあり、風が織りなす優雅な旋回は見ていて飽きないと思いました。