2024.09.06 Friday
昨日、家内と東京六本木にある国立新美術館で開催されている二科展と、「田名網敬一 記憶の冒険」展に行ってきました。グラフィックアーティスト田名網敬一は若い頃からデザイン界で活躍していて、本展ではその膨大な作品数に圧倒されました。以前に回顧展をやっていたイラストレーター宇野亜喜良も同様で、自らの強烈な個性を出しながらも、時代が求めるものに応える力量に凄みさえ感じていました。田名網敬一はこの回顧展が始まると、すぐに他界してしまったために、命の終焉がくるまで制作に明け暮れていたのだろうと察します。享年88歳でしたが、爆発的造形力が枯れることもなく、生涯を駆け抜けたアーティストだったと言えます。生い立ちの背景を図録の文章から拾いました。「戦時中に空襲を経験し、爆撃による死者を目撃したこと、そして戦後一気に日本に入ってきたアメリカの大衆文化を浴びるように吸収したという両極端な経験は、長じてグラフィックアーティストとなった田名網の制作に決定的な影響を与えた。~略~同時にこの年代の制作群には、『性』にまつわるイメージも氾濫している。1960年代末に制作されたヌード絵画に始まり、ポルノ写真を使用した同時期のコラージュ、また田名網の手描きイラストを原画とするアニメ作品においてもかなり露骨な性的表現が見られる。~略~田名網の初期作品を論じるにあたって、『性』を避けて通ることはできない。それはしばしば戦闘機などのイメージと組み合わされることで、『戦争』という主題とも分かちがたく結びついているからだ。そもそもこの二つのテーマは、田名網にとって『恐怖』と『快楽』といった二項対立的な関係を構成していない。田名網は原風景として、祖父が巨大な水槽で養殖していた金魚が、空襲時に照明弾によって輝くばかりに照らし出された幻惑的な光景を挙げている。」(池上裕子著)ここで引用した文章は田名網ワールドの出発点に過ぎませんが、これが生涯を通して全てを語っているように思います。あの膨大なイメージはどこからきたのか、その後の交友関係もあり、同時代の芸術家同士がお互い刺激を求めながら制作に没頭し、その結果として今回の回顧展があると私は解釈しました。彼は制作を全てやり切ったと私は察しますが、本人はどうだったのでしょうか。
2024.09.05 Thursday
今日は工房の作業を休んで、家内と東京六本木にある国立新美術館で開催されている2つの展覧会を見て回りました。一つ目の展覧会は二科展で、私の工房を使って木彫を制作している後輩が出品しています。彼は二科会の会員になっていて、招待状をいただきました。二科展は大規模な公募団体で、見応えのある作品も少なくありません。後輩の長谷川聡さんは、デビューからずっと木彫をやっていて、以前には寄木造りで大きな作品をやっていましたが、今回は一木造りです。とは言っても大木を彫っているので、表現としては遜色がありません。一木造りは、大陸から仏教伝来に伴って、飛鳥時代から平安時代初期まで、この技法は仏像制作の本流でした。こうした木彫の長い伝統技法を踏まえて、現在でも同じように彼は木材を鑿で彫っていく方法を採っているのです。しかし、モチーフは現代を象徴するような非対象で、ボリューム同士を繋ぐ構造体が、彼の作品の見せ場だと思います。ボリューム各部分と相互の均衡でいかに緊張状態を作るのかが彼の求めている理想形で、それが作品成功の基準になるのだろうと私は考えています。モチーフが非対象であるならば、作品に空洞を作るのも自由で、寧ろ構造体を際立たせるために、彼は大小の穴を穿っているのです。構造体が簡潔であればあるほど、今後はどのように展開していくのか、現代彫刻が陥りやすい定番化をどうしていくかが課題です。ジャン・アルプのように形態に先んじてコトバ(思索)を探るか、デビット・ナッシュのように木材に手を加えずに主張を語らせるか、さまざまな方法論を探りながら、今後の展開を期待したいところです。さて、二つ目の展覧会は二科展の隣りで開催していた「田名網敬一 記憶の冒険」展に行ってきました。グラフィックアーティスト田名網敬一は、この回顧展開催後すぐに他界したそうで、享年88歳だったようです。若い頃から第一線で活躍していたので、そのサイケデリックな世界を私も学生時代から知っていました。しかも彼は母校の先輩で、「反芸術」を謳ったグループと行動していたようで、ダダイズムが元気だった時代に青春を送っていたことも分かりました。詳しい感想は後日改めます。今日は充実した一日を過ごしました。
2024.09.04 Wednesday
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅲ 現代抽象美学の形成 」の次の単元は「建築、新しい形態と空間の追求」で、テーマが大きいので分割して書いていますが、今回は後半です。今回はぺヴスネルとアルプ、2人の彫刻家に注目しました。「線と面との生みだす複雑さそのものにおいてさえ、ぺヴスネルの作品は最初からひとつの総体として構想されたものであり(ここには本来の意味での量はない。なぜなら、量とは、ここでは構造物の内面で移り変る空気と光のマッスだからだ)、そのため、かれの作品は、構想が芽生えた瞬間から、一種の宿命をになっている。それは生まれた瞬間から総体なのだ。芸術家はこれを最後的な創造にまで高めるため、デッサンにより、また特にしばしば模型によって、その各部分に手を加えていく。彫像がそれを閉じこめていた石や大理石の塊から切りだされてきたものによってつくられる具象的、伝統的な彫刻の場合とは逆に、ぺヴスネルの芸術にあっては、各部分は機械の部品のように組み合わされる。そして、作品の内的調和とその強い表現力が生まれるのも、まさにこうした部分部分の組合せからなのである。」次にアルプです。「ジャン・アルプが彫刻すると同時に詩を書いていたということは、けっしてなおざりにはできない事実である。かれにとっては、言語の問題こそすべてに先んじる問題であり、そのためかれは、つねに基本的な形態、形態の語彙の源泉にまで立ち帰ろうと努力しつづけた。それも、ブランクーシのように有限や無限のうちに定着された絶対を求めたのではなく、逆に、つねに動いているもの、変形の状態にあるもの、生成しつつあるもののうちに立ち帰ろうとしたのである。これこそ、アルプの好きなあの形態、あたかも感性や創造意志がじかに噴出する地点に立ち帰るように、きわめて自然にかれが立ち帰っていくあの形態が、胚種とか、発育しあるいは変様しつつある植物の組織とかに似ている理由である。」本単元は今回で終了です。
2024.09.03 Tuesday
今日の朝日新聞「折々のことば」より、記事内容を取り上げます。「いいなというときの、モチーフが思いついた瞬間というのは、記憶にないんです。坂本龍一」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「いじくり回して形にするよりも、『空白のまま、ポンと出来ちゃっ』た時のほうが力に満ちていると、音楽家は言う。たしかにいいアイデアを思いつく時も、会議がいい具合にまとまり、この意見を最初に言いだしたの誰だっけ、と顔を見合わす時もそう。思いがけず光が射すのも、先にそこに空地が開かれていたからだろう。思想家・吉本隆明との対談『音楽機械論』から。」新たなモチーフを思いつくのは音楽家も造形美術家も、同じ地平にいると私は考えています。私自身、気合を入れて力作を作ろうと意気込むと大抵ダメな作品が多く、それこそいじくり回して形にしても、新たなモチーフを諦めきれずに、せっかく思いついたイメージを捨てられない状況に陥ります。苦労を重ねた駄作の後に、ふと力が抜けた状況で出来上がったものに、ひょっとしてこれは秀作かもしれないと思ったりします。意欲や意志とは別のところに創作が息づいているのは、摩訶不思議で面白い現象です。制作の渦中にいる時は、精神的にも肉体的にも厳しくて、幾つも峠を越えていく旅人の心境ですが、その労苦がどうなるのか分からないことに不安も覚えます。努力は必ず報われるという図式は、学校教育で教わる定番ですが、創作活動にはそれがあてはまりません。でも努力しなければ何事も始まらないのですが、「光が射すのも、先にそこに空地が開かれていた」という一文は、その通りだと私も思います。空地とは何なのでしょうか。心のゆとりでしょうか。制作の渦中で自分をどのくらい客観視できるか、無我夢中の中で開かれた空地を持てるようになるのか、まさに創作活動は全人格を注ぐ高度なものかもしれないと思うこの頃です。
2024.09.02 Monday
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅲ 現代抽象美学の形成 」の次の単元は「建築、新しい形態と空間の追求」で、テーマが大きいので分割します。今回は私が注目する彫刻家に関する論考です。まず冒頭の文章を引用いたします。「彫刻家が形態の本質的諸法則や、形態がもつゆたかな可能性を意識したとき以来、内部の空間と外部の空間との関係は深刻な変化を経験した。というより、まったく新しい関係を生み出した。物象再現の伝統や大衆の偏見から解放された現代彫刻と、空間に関する新しい物理学的、数学的概念とのあいだには、はっきりした照応関係があるが、この関係は、現代芸術がいかに科学者の宇宙認識に共通したものを持ち、この認識を彫刻に固有する手段と、多様な技術をもって表現しているかを示すものである。」まず、ヘンリー・ムーア。「ヘンリー・ムーアは芸術全般、とりわけ自分自身の芸術について、長いあいだ、委曲をつくした反省を重ねてきたが、にもかかわらずかれはいかなる《頭のよさ》にもまったくわずらわされていない。かれのフォルムがありのままの《形態》からどれほどかけ離れているようにみえる場合でも、かれにこうしたフォルムを生みださせたものは、断じて主知主義的な世界観ではないのだ。」次にブランクーシ。「ブランクーシのもたらした大きな教訓は、主として、なまの形態をダイナミズム(鳥)という形で基本的な量塊にまで統合したことにあった。これはちょうど、キクラデス諸島の偶像が、なめらかな大理石でつくった卵形の仮面のなかにその神性をとじこめ、いかなる再現の欲求をもよせつけなかったのと同様である。素材の高貴さ、純粋なフォルムの表現力、偶然や逸話性の排除といった性質は、本源的な詩を形づくろうとする禁欲的な意志に支えられて、ブランクーシの作品が新しい時代の真の告知者たらしめている。具象的再現の制約をまぬがれた造形的ヴォリュームは、固有の法則で編みだした。というより、具象化の必要ーあるいは習性ーによって覆いかくされていた永遠の法則を再発見したのである。体系によってでなく、本能によって、ブランクーシはもっとも根本的な原理を見いだし、またむきだしの量塊のなかに本原的な衝動、純粋な飛躍を見いだしたのであった。」今回はここまでにします。