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  • 第46回如月会の搬入作業
    今日から第46回如月会が始まりました。私は昨年に続き2回目の参加となりました。出品した作品は「発掘~墳構~A」と「発掘~墳構~B」の2点です。その他では昨年のギャラリーせいほうでの個展で配った図録を多量に持ち込んで、如月展会場でも配ることにしました。「発掘~墳構~A」と「発掘~墳構~B」は10数年前に制作した小品です。あの頃はテーブル彫刻をよく作っていて、2007年に個展で発表した「発掘~円墳~」と「発掘~地下遺構~」の雛型を作ったのを契機に、こうした小品を作るようになったのでした。「発掘~円墳~」と「発掘~地下遺構~」の雛型は今回発表した「発掘~墳構~A」と「発掘~墳構~B」とは別物で、このサイズに暫く夢中になっていた時期があったのでした。搬入作業は午前11時に始まって、元校長の皆さんが集合していました。私の作品は入り口近くに展示しました。2階には写真作品が展示され、その他の媒体は1階に配置しました。午後になって、私の友人たちが画廊に来てくださいました。いろいろな話が出来て、とても良かったと思います。こうした展覧会をすれば、久しぶりな人たちとの繋がりができることが、このグループ展の目的だろうと思います。改めてここで展覧会情報をアップしておきます。ご高覧いただければ幸いです。第46回如月展の会期は令和7年2月10日(月)から16日(日)。時間は11時30分から16時30分、最終日は11時30分から14時まで。会場はみつい画廊、横浜市中区吉田町5-1。最寄りの駅はJR、市営地下鉄の関内駅で、そこから歩いて数分です。画廊は横浜の中心地にあり、近くにはみなとみらい地区や中華街があります。私は最終日に画廊におります。
    週末 今月の制作目標
    2月に入って1週間以上も過ぎてしまいましたが、今月はどこまで新作を進めていくのか、一応目標を立ててみたいと思います。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いていますので、内容としてはちょうどいいかなと思います。まず新作の形状は4本の古木材を横たえて、その両側に陶彫部品を配置します。1本の柱に左右に2組か3組ずつ配置し、その陶彫部品には橋をかけます。橋のない陶彫部品もあります。柱の両先端には、ここにも陶彫部品を配置します。その先端の陶彫部品は他の部品よりやや背を高くしています。現状では陶彫部品はほとんど出来上がっていますが、焼成を待っている部品もあるので、まだ完成とは言えません。橋の陶彫もこれから制作するのです。柱の彫り込みは、最後の1本を残して彫り終わっていますが、その他の3本についても凹みの調整をする必要があります。柱は全てバーナーで炙って炭化させます。金ブラシをかけつつ、黒く深い色合いを求めていきます。作品全体を完成させるまではもう少し時間がかかりますが、このうち古木材の加工と炭化は今月中に出来ないものか、今月の目標とするところです。橋の成形は時間を要するので、今月中に乾燥もさせるため、焼成まではいかないでしょう。実は今回の新作にはこの立体作品の他に平面作品もあるのです。それは来月の仕事になるかなぁと考えています。平面作品は絵の具の他に板材を多用します。この板材も炙って黒くしていきます。絵の具を使用すると言っても描写はありません。原初のイメージは見えていますが、立体作品との兼ね合いがあるので、具体的にはもう少し時間がかかりそうです。立体作品は60%くらいが出来上がっていて、平面作品はまだ0%です。完成は5月初旬と考えていますが、どうでしょうか。今回は小品も数点用意いたします。これもそろそろ始めていこうかと考えています。
    週末 陶彫による橋の制作
    週末になりました。今週を振り返ってみたいと思います。今週も朝9時から夕方3時までを基本とした制作に従事しました。日本列島に寒波が来ているため、横浜でも寒い日が多いのですが、報道番組で伝えられている日本海側の積雪と猛吹雪を見ていると、首都圏はそうしたことから今のところ避けられる幸運があると思っていて、毎日工房に通えることは、それだけで幸せと感じています。それでも工房は今までになく寒く、石油ストーブに手をかざしながら陶土に向き合っています。今週は古木材の加工を一旦休んで、陶彫制作に励みました。新作は古木材の両側に陶彫部品を配置して、それぞれにその陶彫部品を繋ぐ橋を作るのです。橋も陶彫部品に因んだデザインにして陶で作ります。橋を作り始めると、手仕事は一気に細かくなり、イラつくこともあります。それでもそこが新作の見せ場になると思うので、時間をかけて丁寧に作っています。火曜日の夕方に窯入れをしました。水曜日は窯が稼働中だったため、窯以外の電源を落としていて、工房が使えませんでした。それを利用して、元同僚たちがグループ展や個展を横浜でやっているので見て回ることにしました。書展に出している人は如月会にも出品しますが、勢いのある書を見せていただきました。山手にあるエリスマン邸で個展をしていた人は刺し子作家で、毎年個展を開催しています。手の込んだ作品なのに、よくやっているなぁと感心しました。管理職の時は横浜市立中学校で、当時はそれぞれの課題に取り組んでいた人たちで、私も含めて別の顔を持つ作家だったわけです。退職しても表現活動を続けていることで、私も勇気をもらいました。展覧会巡りからの帰途に、日用雑貨店に立ち寄り、如月展出品の搬入用に段ボールを2つ購入してきました。来週から始まる如月展には小品を2点出品するつもりです。来週から元校長たちと交流が始まります。ここでも私は勇気をもらえると思っています。
    「胎蔵マンダラ」について
    「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第三章 マンダラの理論と実践」の中の単元「胎蔵マンダラ」について気になった箇所をピックアップします。「この経典(大日経)は、真理そのもののあらわれにほかならない法身=大日如来が、弟子にあたる執金剛秘密主(金剛薩埵)の質問に答えて、真理を説いたというかたちをとる。その質疑応答の中心は、『一切智智』すなわち『ありとあらゆる智恵を体得する絶対的な智恵』を獲得する方法、およびその理論的な根拠におかれている。~略~もし、『大日経』の思想を端的に提示するとすれば、それはやはり『住心品』に書かれた『三句の法門』に尽きるとされている。『菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟となす。』すなわち、悟りを求める心を行動の原因とし、大いなる慈悲を動機とし、実践に最高の価値をおく、というのである。」次に胎蔵マンダラについての文章です。「胎蔵マンダラは、この世の実相を、つまりこの世のほんとうの姿を、如実に、つまりありのままに描き出す。もちろん、実相を如実にとはいっても、その視点は私たち凡人の視点ではない。大日如来の視点から見て、実相を如実に、この世のほんとうの姿をありのままに把握した様相を描き出している。~略~胎蔵マンダラのホトケたちはみな、蓮華の上に描かれている。その理由は、蓮華が女性を象徴するからという説明がある。もちろん、蓮華→女性器→子宮→胎蔵という連想だ。~略~このマンダラは大日如来の慈悲が、全宇宙のいたるところに、さまざまなかたちで働いているという真理を明らかにしている。それは、胎蔵マンダラの構造に対応する。マンダラの中心の大日如来は自性法身が、中台八葉院の四仏は受用身が、初重の残りと二重と三重は変化身が、四重は等流身が、それぞれ活動する領域をあらわしているからだ。」その後に細かい説明がつきますが、誌面の都合で割愛させていただきます。今回はここまでにします。
    新聞記事より「はじめて発見されたように見る」
    昨日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「古いこと、昔から知られたこと、誰でも見て見落としてきたことをはじめて発見されたように見るということ ニーチェ」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「これが『真に独創的な頭脳の持ち主を特徴づけるもの』だと、19世紀の哲学者は言う。同時代の誰もがあたりまえのこととして前提にしている思考の初期設定、ないしはフォーマットを解除し、あらためて虚心で眺めると、事物はこれまでになかった相貌で立ち現れてくる。『人間的な、あまりにも人間的な』(浅井真男・手塚耕哉訳)から。」ニーチェの哲学書の何冊かを私は既読していて、その影響も受けています。「悲劇の誕生」からアポロン的要素(造形・理知)とディオニュソス的要素(音楽・情動)を分けて論じたことや、「ツァラトゥストラかく語れり」にあった未来永劫という発想を、私はどこかで語ったことがありますが、これはニーチェの受け売りです。そんなニーチェの言葉に対して、私はつい反応してしまうところがあります。見慣れたものや日常の慣習をもう一度新鮮な眼で捉え直せというのは、簡単なようでなかなか難しい課題です。勿論アートを見極めるならば、新たな視点、考え方で物事を捉えていくことは必要で、時にふと立ち止まって、周囲の風景が初めて見るもののように感じることが、実は大切なことだろうと考えています。描写をしようとして掌にある植物が今まで見たことのない生命体のように感じることもありました。これをあらゆるものの中に見出していけば、既存の発想に縛られないアイデアが出るだろうと思いますが、事物の成り立ちを根本から考え直すことは、現在の多忙な私たちに出来るでしょうか。ただし、新鮮な眼を養うことを忘れてはいけないと私は考えます。世の中にあたりまえは存在しません。誰かが図った決まり事に過ぎません。自分は創作行為に励んでいる間だけは、できるだけ日常を離れ、モノを創り出すことを自分に問うています。その時だけ自らを開放する感覚が自分に宿るからです。