Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • お茶の文化
    お茶の文化と言っても茶道のことを言っているわけではありません。禅や茶の湯のことを論じるのは別の機会にして、もっと気楽な話をしようと思います。昨日のNOTE(ブログ)に先祖代々労働を美徳とする家訓について書きました。まぁ、家訓というほどのものではなく、そんな雰囲気のある家庭に育ったという程度のニュアンスです。代々自分の実家は職人の家系なので午前10時と午後3時には必ずお茶の時間がありましたが、お茶を美味しくいただくことはなく、むしろ休憩時間くらいにしか自分は感じていませんでした。何かにつけ美味しいお茶をいただいているのは家内と結婚してからのことで、今や我が家はお茶なしには成り立たない家庭の雰囲気があります。茶葉を取り寄せて茶の入れ方に拘る家内は、そうした家庭に育ったのでした。結婚とは、他人同士がそれぞれの家庭の文化を持ち寄って、時にその文化を対峙させ、融合させて新しい文化を築くものだと考えます。我が家のお茶の文化は、そのような上に成り立っていると思っています。一服のお茶による生活の潤い。今や自分が創作に向かう環境のひとつになっていると感じています。
    自分に問う
    自分の創作するものが、自分の中から自然に湧き出たり吐露できるものであればいいと思っています。モノ作りには自分への無意識な問いかけがあるのだろうとも思います。自分とは何か?自分が満足できるものとは何か?自分の生い立ち、環境、嗜好、癖など…。若い時は若いなりに多少カッコつけて理想的な自分像を追っていました。当時の作品は稚拙でカッコばかりで、もう見たくもない作品が沢山あります。哀しいかなその作品も当時の自分の造形なのです。今の作品だって数十年も経てば、どうなるかわかりません。モノ作りは言わば生涯学習であり、現状の作品のいたらなさを嘆いて、次の制作に賭ける動機になるものです。そんな自分のことを考える上で、自分は自分を取り巻く環境に思いをめぐらせます。いささか突飛な話ですが、自分はどんな血を受け継いでいるのかを考えることがあります。相原の実家は土着の家系で、先祖は貧しい小作人だったようです。昼夜を分たず働いて財を成したことで、村でも一目置かれる存在になれたと亡き祖父母が言っていました。労働の美徳。これが実家の家訓でした。先代は農家、祖祖父と祖父は大工の棟梁、父は造園業を営み、土地に根ざした職人として生計を立てていました。その身上を潰しそうなのが彫刻家である自分です。自分も土地に根ざす姿勢は変わりませんが、何を作るべきかは代々受け継がれてきた文化と呼ぶべきものがあれば、それをもう一度考える必要がありそうです。自分の中から必然として生まれる造形。これからも自分の足元を見ながら自分に問いかけをしていきたいと思います。
    知的活動と手仕事
    「キルヒナーは、1925年の自分の作品についての重要な自伝的省察において、『知的活動と手仕事の結びつきにおいて世界でもっとも美しくユニークな』芸術家という職業を彼が二元的に理解していることを明確に述べている。~略~」(「右手と頭脳」ペーター・シュプリンガー著 前川久美子訳 三元社)「右手と頭脳」という本のタイトルと、日本ではほとんど紹介されたことのないドイツ表現派の画家キルヒナーの考察に魅かれて、この本を購入しました。キルヒナーの代表作「兵士としての自画像」を窓口にして、創作活動における精神的構想または知的構想と、実践的な手仕事によるその実現を、さまざまな芸術家の作品を参照しながら述べているところに「右手と頭脳」というユニークなタイトルの所以があると思いました。「兵士としての自画像」に右手のないキルヒナーの自画像が描かれたことが契機になって、このような論証が成されているのです。簡単に言えば構想(頭脳)はアイデアで、手仕事(右手)はテクニックです。その頭脳と右手を結ぶ間に創作活動の真実が、あるいは浮かび上がるのかもしれません。大戦と大戦の間に生まれたドイツ美術のエポック。それが表現主義で、その代表とされる画家キルヒナーが、伝統的とも言える手の概念をこうしたカタチで示したことで、ヨーロッパ美術を広く思索することも楽しいと思えた一冊でした。
    三連休 木彫柱の仕上げ
    三連休の最終日です。8本の柱の仕上げ作業に明け暮れました。柱には木彫の荒彫りを施してあって、それらの彫り跡を整えていくのが仕上げ作業です。仕上げが終わった柱は下半分をバーナーで炙って炭化させます。炙り作業は次回になります。陶彫土台に柱が接着するところは柱が炭化している部分です。木が炭化している素材感と黒く焼き締めた陶の素材感の接合は、自分がとても気に入っているところでもあるのです。今日は気持ちが乗りました。三連休の最終日になって、ようやく調子が出てきたのですが、哀しいかな明日から公務員としての仕事が待っています。モチベーションを保っていくのも二束の草鞋を履く身のつらさです。また来週に持越しです。
    三連休 墓参り&制作の日
    三連休の中日です。横浜のほぼ中央に古くからある久保山墓地に家内と墓参りに行ってきました。ガソリンがないので、公共交通機関を使って半日かけて行きました。いつも自家用車で行くところを、自宅近くの停留所からJR保土ヶ谷駅までバスに乗り、そこから坂を上って久保山墓地へ。墓参りの後は相鉄線西横浜駅まで歩いて戻ってきました。震災の後、歩く機会が増えて歩くことが苦にならなくなりました。車で時間短縮するより歩いた方がいいと思うようになりました。自宅に帰ってから工房へ。木彫の柱の仕上げをやりました。昨日より今日の方が気分が晴れて気持ちよく仕事ができました。作業に気持ちが入って時間を忘れていく瞬間がやってきました。久しぶりに味わった心地よい瞬間でした。創作活動の醍醐味です。周囲が気にならず、あらゆることから解放されて、素材との対話が始まる何ともいえない瞬間です。これがなければモノ作りはやっていけません。明日も頑張ろうと思います。